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「自作の曲を演奏できなかった作曲家、JASRACに敗訴」の背景情報

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

「自作の曲を演奏できなかった作曲家、JASRACに敗訴」というニュースがありました。見出しだけ見ると、JASRACが理不尽にも自作曲の演奏を禁止したかのように見えますが実際はもっと複雑な話なので、背景情報を含めて解説します。なお、同じ事件を扱った弁護士ドットコムの記事も合わせて読むと理解が深まります。

流れとしては、

判決などによると、のぶよしさんは2016年5月、東京・八王子市にあったライブハウス「X.Y.Z.→A」でライブを開催するため、自分で作詞・作曲したオリジナル曲を含む12の楽曲の利用をJASRACに申し込んだ。 しかし、「X.Y.Z.→A」と間で、著作物の使用料相当額の清算ができていないとして、JASRACに利用申し込みの受付を拒否された。のぶよしさんは2018年、ライブが開催できず、精神的苦痛を受けたとして、約220万円の支払いをもとめて提訴した。

ということです。このライブハウスは当時JASRACと訴訟中であったファンキー末吉さんが経営に関与していたライブハウスです。こちらの裁判はJASRAC勝訴で終わりましたが(関連過去記事)、2016年5月の時点ではまだ判決が確定していませんでしたので著作権使用料の清算は当然に終わっていませんでした。なお、上記に「自分で作詞・作曲したオリジナル曲を含む12の楽曲」と書いてあるように、利用を申請したのは自作曲だけではなく他人の曲も含まれていたと思われます。自作曲だから許諾されなかったというわけではありません。また、言うまでもなく、わざわざ係争中のライブハウスでやらずに、別のライブハウスで演奏する分には何の問題もありません。(追記:その後、別のライブハウスで普通にJASRACの許諾を取ってライブを実行できています、また、その際に支払った著作権使用料が作曲家たるのぶよしさんに支払われていない(JASRACの著作物管理は不適切である)との訴えも行なわれていたのですが、JASRACはちゃんと音楽出版社に支払いを行なった証拠を提出しています)。

さて、大前提の話として、JASRACのような著作権管理団体には応諾義務という法律上の義務が課されています。所定の料金を払いさえすれば、利用者は自由に音楽作品を利用でき、JASRACはそれを拒むことはできません。ライブハウスで、J-POPだろうが洋楽カバーだろうが自由に演奏できるのは店舗が演奏者に代わってJASRACに著作権利用料を払ってくれているからです。

ここで、ライブハウスのJASRACへの利用料金の支払い法には、月額の包括許諾(サブスクのような方法)と個別の曲ごとの許諾があります(通常は前者が使用されます)。そして、包括契約の月額料金が未払いの場合には、個別曲の許諾はしない(しなくても応諾義務違反ではない)というのがJASRACの運用です(これが許されてしまうと、真面目に月額料金を払っている店に対して不公平だからという理由です)。

実は、この件については、提訴の時点(2019年)に記事を書いていました(「所定の料金を払っても演奏を許諾しないJASRACについて」)。そこでは、

追記^2:訴状にアクセスできていないので推測するしかないのですが、有名なディサフィナード事件高裁判決において、傍論とは言え「包括契約の清算をしていない当事者による個別許諾要求を拒否しても応諾義務違反にはならないが第三者の個別許諾要求を拒否すると応諾義務違反」とされていることから、今回、許諾を求めている人はのぶよしじゅんこさんら第三者なので許諾を拒否するのは違法というのが原告側のロジックなのではと思います。

と書いたのですが、まさにその通りの流れだったようで、のぶよしじゅんこさんは第三者なのでその個別許諾要求を拒否するのは応諾義務違反で違法であり許されないという原告側主張に対して、裁判所は、

(応諾義務を免れる)『正当な理由』があるかどうかは、演奏者と店舗経営者の関係、その店舗における使用料相当額の清算状況、演奏者が演奏利用申し込みをした経緯、演奏の目的・営利性、その店舗が使用料相当額を支払っていないことについての演奏者の(認識の)有無、代替する演奏機会の確保の困難性などを総合的に考慮して決すべきである

との判断枠組みを示し、

のぶよしさんが、(1)「X.Y.Z.→A」のライブに20回以上出演していたこと、(2)夫が末吉さんと30回以上共演していたこと、(3)末吉さんとフェイスブック上の友人関係にあること、(4)「X.Y.Z.→A」が使用料相当額を支払っていないことを認識していたこと――を認定して、「正当な理由」があったといえると判断した。

ということのようです。要は、裁判所は、のぶよしさんは「第三者」ではなく、ライブハウス側の人間であり、ライブハウスに代わって演奏利用を申し込んだのだと判断したと言うことになります。この判断については訴状を読まないとコメントしにくいです。

なお、今、JASRACの作品データベース(J-WID)で調べると、のぶよしさんは自作曲全曲の管理をJASRACから引き上げているようです(いつ引き上げたのかは不明)。NexToneのデータベースにも登録がない(そもそも、現時点で、NexToneは演奏権を管理していないですが)ので、自己管理の状態になっていると思われます。ゆえに、自作曲を自分で利用する分には自由に行なえる状態になっています。作詞家・作曲家にとってJASRACと契約することは別に義務ではありませんので、JASRACと契約しないことも本人の自由です。自作曲のマネタイズが難しくなる面はありますが、それは致し方ありません。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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