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「なぜスタッフ間にもめ事が起こる?」根本原因を探求した医療法人の院長がやり遂げた風土改革とは

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロ)

事件事故の背景にある「言えない」関係

世の中では日々多くの事件事故が報道されていますが、記者会見をすると、大抵聞かれるのが「おかしいと気づかなかったんですか」といった質問。それもそのはず。1つの重大な事故はいきなり起こるのではなく、小さな事故が29あり、その背後には300の潜在的異常がある(ハインリッヒの法則)からです。筆者が提供する模擬会見でも必ずこの質問をして、日常の改善、リスクマネジメントにつながるきっかけの創出には努めていますが、その場の訓練だけでは難しいと限界を感じることもしばしば。7年前に組織開発の現場を見てから、本質的リスクマネジメントには、日々300の異常を発見して改善につなげる「組織開発」の発想が必要だと思い、筆者の訓練に入れるようにしてきました。

「組織開発」とは、組織内で働く人同士の関係性を深め、組織をよりよい方向へと活性化させていく考え方で、組織の雰囲気を変える、言いやすい環境を作るといった風土改革とも言えます。一人ひとりの能力を開発するのが人材開発ですが、組織開発ではチームでの能力開発をすることで組織を持続的に成長させることを目的としています。

リスクマネジメントからは遠いと感じるかもしれませんが、いやいや実はとても密接です。組織におけるリスクマネジメントには、「パフォーマンス改善、価値創造と保護」(ISO31000:リスクマネジメント国際規格)も含まれているため、組織開発の導入は不可欠なのです。第三者委員会の報告書の中にも多くは組織風土改革の必要性が記載されます。

では、どうしたら日々の「ちょっとした違和感」に気づき、将来リスクを予測し、改善、創造といった健全な成長のループを構築していけるのでしょうか。今回は、スタッフ間のもめ事にリスクを感じ、風土改革に取り組んだ熊本県にある医療法人ウェルビーイング 健軍熊本泌尿器科の髙橋渡(たかはし・わたる)院長に話をお聞きしました。(2023年11月28日 インタビュー)

■動画解説

もめ事の原因は組織の雰囲気かもしれない

髙橋院長が最初に「これは何とかしなくてはいけない」と思ったのはいつですか。

―髙橋院長:私が熊本(県)市の医療法人ウェルビーイング 健軍熊本泌尿器科の経営を始めたのは2017年。以前からあった医療法人を引き継ぐ形であったため、もともと従事していたスタッフと新しいスタッフで経営をスタートしました。現在は、常勤医師、非常勤医師、事務長、看護師、事務員、臨床検査技師、非常勤含めて12名が働く規模となっています。

危機感をもったきっかけは、人が辞めていく事態が続いた時です。辞める理由は、パートナーの転勤など人それぞれでしたので気にしていなかったのですが、辞める人が続いたんです。ちょっとしたもめ事が起きて私が仲介しなくてはならないことも起きました。「言いたいことが言えなかった」「何でこれをやってくれないの」「自分はこんなに頑張っているのに」「何であんなに冷たい対応なのか」といった小さなことです。その時には「困ったなあ、個人のキャラクター性かなあ」と思う程度でしたが、実際に辞めていく人が続いたので「何とかしないといけない。これは個人的理由ではなく、もしかしたら組織の雰囲気、風土の問題かもしれない」と感じるようになったんです。

そこで風土の問題に気づくってすごいですね。通常は個人の資質や性格の問題として放置してしまいがちだと思います。気づいてからどう行動したのでしょうか。

―昨年、事務長として日野圭(ひの・けい)が入職してから大きく動きだしました。彼がスタッフとの面談やいろいろ情報収集してくれたのです。正直、どんなことをしたらいいのかは試行錯誤でした。最終的には、日野が「エンゲージメントを高めるプログラムがいいのではないか」と提案してくれましたので、実践することにしました。

エンゲージメントは、ご存じの通り組織と社員の深いつながり、信頼関係を指す言葉です。自律型組織・人材、自らが主体的に動く組織、その目標設定の立て方、キーワードにも。

日々のちょっとしたもめ事は、1つ1つは大したことがなくて、要するにコミュニケーションが不十分、確認不足といった類のものです。でも、それが積み重なると仲が悪くなって関係性が悪化してしまう。その度に私が介入してもそれは単なる対症療法であって、根本的な解決には至らないし、何度も繰り返されてしまい、最後は一緒に働きたくなくなってしまう。この根本要因は何なのか、を考えました。わかりやすくいってしまうと、結構シンプルで仲が悪い、関係性が悪いこと。この部分にアプローチするには、エンゲージメントを高める、組織で働く意味を明確にして、お互いの関係性をよくすることだろう、となったわけです。人事評価制度や福利厚生を充実しても関係性は改善しないと思いました。関係性をよくするだけではなく、将来的には自分で考えて行動できる人材を育成していきたい、と思ったのです。

12の質問で数値化、隙間時間で負担なく実施

エンゲージメントを高める、関係性をよくする、自律型人材育成プログラムとは具体的にはどのような内容で、どう進めたのですか

―参考ツールとして有名なギャラップ社「12の質問」を使いました。「12の質問」とは、エンゲージメントを確認する質問で、各自が点数をつけます。例えば、職場で自分が何を期待されているのかを知っている、仕事をうまく行うために必要な材料や道具が与えられている、職場で最も得意なことをする機会を毎日与えられているといった職場環境についての質問や、上司または職場の誰かが自分を一人の人間として気にかけてくれている、職場の誰かが自分の成長を促してくれる、職場で自分の意見が尊重されている、といった相互の人間関係の在り方についての質問などがあります。これらの質問に対して評価点をつけて現時点でのエンゲージメント力を数値化します。

私たちのスタッフ間で一番低い項目は「この1週間のうちに、よい仕事をしたと認められたり褒められたりした」でした。そこで最初の目標は「ほめる」「感謝する」を設定。毎週振り返る中で、ほめる、感謝する、が定着して目標が達成できたら、次の目標に挑戦していきました。

皆さん、多忙だと思いますが、どうやって集まったり、時間を捻出したりしたのですか。

―そこも皆で話し合って決めたのですが、月2回1時間のランチ会議と週1回15分朝会議の組み合わせです。日常業務の中で時間を工夫して捻出しました。ランチはちょっと豪華なお弁当を提供したり、朝は報告時間をつかったり、といった具合です。今年2月から7月まで半年間のプログラムでした。3か月目には中間報告会など6か月目に総括発表会を行い、振り返って共有しました。

健軍熊本泌尿器科提供:豪華ランチを皆で食べた後、テーマ振り返り(月2回)
健軍熊本泌尿器科提供:豪華ランチを皆で食べた後、テーマ振り返り(月2回)

スタッフが思っていることを発言できて業務改善も

質問項目をみるとあまり難しい内容ではなさそうですね。実際に変化はあったのでしょうか。

―数字を1点上げるにはどうしたらいいだろうかって皆で考えて行動してみるので、押し付けられている感じはありません。私も事務長も話し合いには参加せず見守って、スタッフだけで決めてもらう形にしました。

最初は一部のスタッフだけが発言していましたが、最終的には全員が発言できている状態になりました。普段あまりしゃべらない人がどんどん変わってきて、積極的に発言するようになった変化には驚き、成長を感じました。発言も医院をどうしたらいいのかといった内容で、「ああ、こんなにクリニックのことを考えてくれていたんだ」と発見もあり、感動の連続でした。言葉にする大切さを感じました。皆が思っていることをきちんと出せる場ができてよかったと思います。

今年2月から7月までの半年間ということは、もう終了していますが、維持できているのでしょうか。終わった途端に元に戻るってことはないですか。

―11月の現在でも感謝の言葉を伝え合う習慣は続いています。半年間で習慣化できたといえます。プログラムが終わっても自分達で何かあればすぐに話し合いをする、どうしたらいいかのアイディアを出し合って行動する、といった流れができています。

一番の成果は、私が介入しなくても、スタッフが自分達で業務改善ができるようになったということです。朝礼もスタッフが運営してくれるようになりました。以前は言われたことだけやっていたのですが、今は自分達で自ら進んで業務改善するようになりました。前は私が気づいたことを改善していたのですが、細かい点はわかりませんよね。それが自分達で発見して改善してくれるので効率的になっているのです。その結果、患者は増えたのに残業は増えていません。それと、何より嬉しいのは、前は笑い声がなかったのに、今はよく笑い声がきこえてくること。患者さんからも「受付の方の言葉遣いが丁寧になってとても感じがいいです」とおほめの言葉をいただきました。私は何も指示していません。自然にあふれ出てきているのでしょう。

そうそう、最近また嬉しいことがありました。エンゲージメントプログラムを提供してくれているメンバーの宮地裕子(みやち・ゆうこ)さんが定期的にヒヤリングしてくれているのですが、「うちのスタッフ間で、院長にもちゃんと感謝の言葉を伝えていないから伝えなくちゃ、といった声がありました。院長の患者さんへの声掛けがすごく優しい、対応の丁寧さを見ていると影響を受ける、院長がスタッフだけでなくスタッフの(職員)家族のことも気にかけてくれるやさしさに感謝したい。もっと感謝を院長にも伝えなくちゃ、と話し合っている」と聞きました。直接聞くのもいいんですが、第三者から聞く感謝の言葉は別のよさがありますね。

第三者から聞く感謝の言葉のよさ、それは新鮮。直接伝えるのが恥ずかしい場合には、人づてに伝えるのもありってことですね。これからの目標について教えてください。

―今回私たちのクリニックで実践したことをもっと他のクリニックにも伝えたいと思っています。医療現場はさまざまな資格の人達がいますが、国家資格の種類やあるなしでの溝が案外あるんだとわかりました。でも、何のために働くのか、を明確にして言葉にして感謝し合っていけば、自然と溝は埋まり、改善し合う雰囲気が出てきます。それに、どんどん職場は明るくなって楽しくなって、笑い声に満ち溢れて幸せな気持ちで働けるようになると実感しました。この取り組みを日本中のクリニックに広げていきたいですね。今回のインタビューに応じたのも少しでも広まることを願って受けました。

改革前の状態を語ってくださる人はなかなかいませんので貴重な機会をいただきました。今回取り組んだプログラムの名称はあるのでしょうか。

―実は組織変革のプロから指導を受けながら、現場では日野事務長がうちの実態に合わせてアレンジしたプログラムになっています。彼は製薬企業、民間病院、現クリニックの勤務経験を経て、エンゲージメントに関しては課題を感じていたようです。今回、プログラムを通じて組織の変化を実感し、当院だけではなく少しでも「組織に違和感」を感じている全国のクリニックへエンゲージメントされた組織を提供していきたいという思いからiCP(アイシーピー)という形で事業化する方向性のようです。iCPとは「愛に満ちたクリニックをつくりましょうプロジェクト」の略です。名称としてどうですか石川さん、広がりそうですか。

そのまんまですね(笑)。わかりやすくていいんじゃないでしょうか。愛に満ちたクリニックで誰もが診療を受けたいですし、広がるイメージが湧いてきます。関係性をよくすると、思考の質がよくなり、行動の質も高まり、結果の質が高まるといった法則(ダニエルキム、成功の循環モデル)があります。幸せだと不正や不祥事は起こりませんから、究極のリスクマネジメントだと思います。幸せになれるリスクマネジメントの言葉が浮かんできて、私も温かい気持ちになりました。本日はありがとうございました。

<参考サイト>

健軍熊本泌尿器科

https://takahashi-urology.com/

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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