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社会保障費の削減で少子化対策の財源捻出など絶対に絶対にできるはずがない理由

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
社会保障費は放っておいても増える一方(写真:イメージマート)

 「次元の異なる少子化対策」を目指す政府が1日に示した「こども未来戦略方針」の素案は疑問だらけ。年3兆円の規模感で財源に消費税などの増税は行わない、当初検討されていた医療保険など社会保険料上乗せは「国民に実質的な追加負担を求め」ないと否定。代わりに社会保障費の削減などで捻出するとありますが無理でしょう。その理由を述べます。

本来の使途ですら青天井で拡大するとわかっている

 他ならぬ政府(厚生労働省)が公表している社会保障給付費(税+社会保険料)の見通しだと18年の総額121兆5408億円が40年には188.2兆円~190兆円にふくらみます。実に1.5倍。今と同レベルの保障を維持するだけでこうなるのです。

 言い換えると税と社会保険料の規模も今より1.5倍増加します。実際には働き手(生産年齢人口)の急激な減少で現役世代の負担はもっと大きくなるはずです。他方、40年段階の高齢者(65歳以上)は現在より増加する見込み。

 つまり本来の使途ですら青天井で拡大するとわかっている社会保障給付費を削減して予算を捻出するなど出来ようはずもありません。

年金は減らしようがないし欧州主要国より恵まれてもいない

 では類型別に見てみましょう。まずトップの年金保険は減らしようがない。というのも2017年まで段階的に引き上げてきた収入の範囲内でまかなうと決まっているから。現実には働き手の減少で40年段階の収入も減少するから年金の受取額も減るはずです。それで我慢しろというわけですから待っているのは苦しい老後。そうと決まっている抑制策は既に発動され、なお16兆5000億円(18年比)の負担増が見込まれているのです。

 よく高齢者は出産・子育て世代(家族支出)より優遇されているといわれるデータが社会支出の国際比較(GDP比)。確かに日本の高齢者に当てられている支出は家族の約6倍と欧州主要国に比して突出して高い。でも高齢者の支出自体が欧州主要国より目立って恵まれているわけでもありません。単に家族向け支出が少ないだけで世代間闘争は意味がないのです。

 なおアメリカは高齢者・家族とも日本より図抜けて低い。「カネは要らないから口も出すな」のお国柄で比較対象とするのは無理があります。

医療費拡大は避けようがない

 良くも悪くも抑え込む手段を講じた年金保険に代わって急激にふくらむのが医療費(類型別2位)。40年には18年の1.5倍~1.7倍になります。高齢者増は医療費増へ直結するので、この要素は如何ともしがたい。加えて新たな医薬品や医療機器の登場で薬価を中心に高額化するのもほぼ避けられません。

 手を突っ込むとしたら人件費しかなさそうです。医療は公定価格なので診療報酬を引き下げて医師や看護師の収入を減らすとか、処方箋薬局を全廃して薬剤師の収入になっている「調剤技術料」や「薬学管理料」をなくして薬剤師をAIに置き換えるといった劇的な手法を取り入れるしかない。

 でも現実的でしょうか。看護師は慢性的な人手不足に陥っているし、勤務医の収入も減少傾向。さらに削って医師不足まで起きたら……というよりコロナ禍で露呈したようにどうやらもう足りないらしい。

 高齢者にも応分の負担を、も始まっています。自己負担率は1割から2割へと引き上げられたのです。年収200万円以上が対象ですが月に換算すると16万7000円。割とつましく生きている者にも適用されています。大半の者が自己負担する3割まで引き上がるのは確実。

介護保険は上がる一方なのに従事者の収入は低いという無理ゲー

 類型別3位ながら増加率は2.5倍と最大なのが介護。主として高齢者対象だから高齢者が増える以上止めようがありません。介護保険料は制度開始の2000年で月額2911円(全国平均)が21年になると6014円(同)と既に上がる一方。つまり今後も絶対に増えるのです。

 それでいて介護職員の年収は高くて400万円台と正規雇用者全体の平均給与を100万円近く下回っています。人手不足も深刻。現時点で無理ゲーを強いられているのに削減などできようはずもありません。

扶養控除廃止は必ずやってくる

 素案で「検討課題」と位置づけられた扶養控除廃止も見逃せません。児童手当の所得制限をなくして高校生まで範囲を広げる代わりに高校生を養う保護者に認められてきた年間38万円の所得税への「扶養控除」をなくそうという動きです。

 「控除」とは課税対象額から差し引ける仕組みで、なくなれば分母がふくらむので負担増というか実質増税。その分だけ現金給付されるという説明ながら要するに一得一失で、どこが次元の異なる対策なのかと突っ込まれても仕方ありません。

 この「行って来い政策」には既視感満々。必ずやってくるでしょう。

 始まりは09年発足の民主党政権が掲げた「子ども手当」。0歳から15歳まで1人につき1月26000円を給付するとうたったものの財源が手当てできず半額の1万3000円へ落ち着きました。11年からは一度廃止した児童手当をなくすとした所得制限ともども復活させます。代わりに廃されたのが同年齢の子どもを養う保護者に認められていた「年少扶養控除」。

 さらに所得制限復活で年収約960万円以上だと手当自体が受け取れなくなります。当然「話が違いすぎる」と憤怒の声が上がって代替措置の「子ども1人月5000円」の「特例給付」が登場したのです。それも22年10月支給分から1200万円以上の世帯で廃止。名目は待機児童対策に充てる財源とされました。

 ちなみに保育所の受け入れ可能数増と待機児童数減は17年頃から明らかに相関していて解消に向かってるのに、つまり「特例給付」の理由が解消されているのに元へ戻そうという動きはみられません。

 なおここの控除に関する記載は筆者自身が「不正確だな」と自認するほどザックリ。なぜかというと正確に述べたら物凄い文章量になるから。あえてわかりにくい制度設定にして負担増を「見えない化」しているのではと疑うほどです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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