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震災、原発事故とSNS 「分断」はいつ生まれたのか?

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
SNS(写真:吉澤菜穂/アフロ)

 今から8年前、2011年3月を思い出してほしい。当時、刻一刻と変わる原発事故後の危機的な状況の中で、最も早く情報をアップデートしていたのはSNS 、とりわけ140字以内で素早い発信が可能なツイッターだった。

 ジャーナリストだけでなく、科学者も積極的に発信した。原発事故を取り巻く事実やデータはあっても、それをどう解釈していいのかわからない。そんな中で、彼らの情報発信はユーザーたちによって積極的にシェアされていった。

 あの時、議論の中心にはどのような人たちがいて、その後の分布図はどう変わっていったのか。

議論の中心にいた科学者とジャーナリスト

 私は日経サイエンス2019年4月号で「SNSが加速するタコツボ社会」というレポートを寄稿した。そこで協力を得たのが、早稲田大学の田中幹人准教授、吉永大祐研究員らの調査だった。

 彼らは2011年〜2013年、各年3月の「福島」を含む600万件のツイートを共引用分析し「分断」の様相を明らかにした。

 レポートを元に、簡単に結果を紹介しよう。2011年3月、ツイッターのインフルエンサーたちのネットワーク図を見ると議論の分布図がわかる。このネットワーク図では、一緒にリツイートされているアカウント同士が近くになる。

 中心にいたのは、当時、東京大教授だった物理学者の早野龍五さん、そしてツイッターを活用した情報発信で注目を集めていたジャーナリストの津田大介さんだった。

 彼らは同時にリツイートされており、ネットワーク図では「社会的に類似の位置付けを与えられる」(「SNSが加速するタコツボ社会」より田中氏の発言)。早野さんは原発事故、福島の状況について放射性物質の測定データを提示し、発信は一つの物差しとなっていた。

 NHKや共同通信などのアカウントとも距離が近く、彼らを介して、中心にいた科学者の発信は広がっていった。

 (現在、早野さんが発表した福島県伊達市の住民の個人被曝線量を解析した論文について疑義、批判が生じている。この件についての詳細は日経サイエンス2019年4月号「福島第1原発事故 個人被曝線量の解析論文に疑義」を参照してほしい)

 着目すべきは、政府発表に対して懐疑的、あるいは批判的だったクラスターとの接点もあったことだ。「地震はアメリカが起こしたもの」というおよそデマや陰謀論に近い主張を繰り広げるインフルエンサーもいるにはいたが、影響は極めて限定的だった。

1年後には起きていた「分断」

 ところが1年後になるとどうか。科学者を中心とする科学クラスターは議論の中心から大きく外れて、周縁に位置している。他のクラスタとの間にコミュニケーションが存在しない、成立しにくくなっていることが分かる。

 端的に言えば「分断」が生じている。津田氏らジャーナリスト、科学系マスメディアのアカウントも同時に中心から大きく外れ周縁に位置するようになった。

 さらに時間が経過した2013年になると、科学クラスターの周縁化はさらに進み、福島を巡るツイッター上での議論の中心は、福島の放射能汚染は政府発表よりもさらに深刻であると主張する懐疑派クラスター、反原発を主張するクラスターになった。

 2011年以降、科学者の発信は確かに注目されたが、ビッグデータから見ると中心にいたのは最初期だけであり、実際のところ1年後には周縁に位置していた。事故直後にあった科学者を中心に、意見が全く異なるクラスターがゆるやかに接続するという状況は、わずか1年後に変わったことがデータから分かる。

SNSは公平か?

福島県飯舘村(2018年2月、筆者撮影)
福島県飯舘村(2018年2月、筆者撮影)

 福島を巡るツイッター上の議論の傾向は今でも変わらない。

 科学的な議論を支持するユーザーには科学クラスターの声ばかりが届くように、政府や科学者に懐疑的なユーザー、反原発を支持するユーザーも同じように支持するクラスターの声しか届かない。異なるクラスターを声高に批判したツイートが同じクラスター内で拡散していくのも、日常的な光景だ。

 各クラスターはタコツボ化している。

 当時、全国紙の記者でツイッターを使っていた私の実感からすると、もっと科学クラスターの発信はもっと中心に寄っていると思っていたが、データはそれを裏付けていなかった。私もまたタコツボの中にいたのだ。

 アメリカのトランプ大統領誕生で注目された「分断」も、SNSで起きるエコーチャンバー(共鳴箱)現象も遠い海外の事例ではなく、日本でも2011年以降に起きていることがわかるだろう。

 イタリア・IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキらのフェイスブックの研究によると、科学ニュースを好むユーザーは科学ニュースばかりを読み、陰謀論を好むユーザーは陰謀論ばかりを読んでいた。

 彼らの研究で、特定の情報ばかりに多く触れると、フェイスブックでつながる友達も同じ傾向の人たちで固まることまでわかっている。

「分断」が問題な理由

 私が「分断」を取り上げている理由はこうだ。分断が進むと対立陣営をいかにして言い負かすかという勝敗をつけるための議論に時間が費やされてしまい、本当に議論が必要な問題が前に進まなくなる。

 福島にはまだまだ多くの人の知恵や力が必要な問題はたくさん残っている。福島第1原発の廃炉、食とマーケットの関係、漁業、メディアの伝え方……。

 バイアス(偏り)がない人は存在しない。人は何かしらのバイアスととも生活している。SNSも同じだ。自分の周囲にどのような人がいるのか。共鳴箱の中に自分がいないか。

 少しだけでも時間をとってオフラインで、福島を考える。そんな時間も必要だろう。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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