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開設から10年目を迎えた、BPO「放送倫理検証委員会」

碓井広義メディア文化評論家

BPO(放送倫理・番組向上機構)は、NHK、日本民間放送連盟とその加盟社によって設置された第三者機関だ。放送における言論・表現の自由を確保すると共に、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応している。

「放送と人権に関する委員会」、「放送と青少年に関する委員会」、「放送倫理検証員会」という3つの委員会を持つが、特に「放送倫理検証員会」は放送局に対して厳しい勧告を行うなど強い権限を持っている。

今年、開設から10年目を迎えた「放送倫理検証員会」の活動とその意義を考える。

社会的存な在感を高めてきた10年

この10年における、BPO「放送倫理検証委員会」(以下、検証委)の活動を高く評価したい。その理由は、“もの言う”委員会という積極的な姿勢にある。発足当初は、一種の駆け込み寺、もしくは静かな御目付け役という印象が強かった。また、「第三者機関といいながら身内を守る組織ではないか」と揶揄する声もあった。しかしその後、検証委は活動そのものによって、社会的な存在感を高めてきた。

「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」

多くの取り組みの中で、特筆すべきものが3件ある。一つは、2009年11月に検証委が公表した「最近のテレビ・バラエティー番組に関する意見」だ。まず、ジャンルとしての50年以上の歴史を踏まえ、「テレビの中核的な番組スタイルこそ、バラエティーだった」としている。また、「バラエティーと民主主義は二人三脚」という言葉もある。その上で、「しかし、バラエティーは危機なのだ」と訴えていた。

内容のポイントは、(1)バラエティーのどういうところが嫌われているか、(2)視聴者像、(3)作り手は何を心がけて仕事をすべきかの3つ。たとえば(1)に関しては、「嫌われる5つの瞬間」として、1:下ネタ、2:イジメや差別、3:内輪、仲間うちのバカ騒ぎ、4:制作の手のうちがバレバレ、5:生きることの基本を粗末に扱うなどを挙げている。特に5は、視聴者像とも深く関わる重要な指摘だった。

「若きテレビ制作者への手紙」

二つ目は、2011年7月の「若きテレビ制作者への手紙」である。「テレビ東京『月曜プレミア!主治医が見つかる診療所』・毎日放送『イチハチ』 情報バラエティー2番組3事案に関する意見」と題された意見書と共に提示された。

この「手紙」は、まさに若手制作者に向けて、“噛んで含める”ように、制作プロセスでの基本的注意点を語っている。たとえば、ネットの情報は鵜呑みにせず、正しい情報を選りわけること。また、プロデューサーから「事実関係を確認せよ」という指示が出たら、取材対象に直接訊いただけでよしとしないことなどだ。全体として、実にやさしく、かつ丁寧に制作者を諭している。

ここに綴られているのは、いずれも制作現場での“常識”ばかりだ。つまり、それまでの常識が通用しなくなっている現実があり、当たり前のことが、当たり前に出来ていないことを意味する。文面からは、委員会の危機意識がひしひしと伝わってきた。

「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」

最後が、2015年11月に出された「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」だ。意見書全体から、誤った意識と方法による報道に対する強い憤りと、この問題が今後、放送の自律や表現の自由に影響を及ぼすとことへの懸念がひしひしと伝わってきた。

しかも、意見を向けた相手は三者だ。最初に、当事者である記者に対して、重大な放送倫理違反があったと指摘。報道番組で許容される範囲を大きく逸脱した取材方法や表現を用いたことを強く批判している。

次にNHKについて、内部における「やらせ」の概念は、視聴者が持つ一般的な感覚と距離があることを指摘。報道番組における、事実の「わい曲」を問題視している。また、セクショナリズムの弊害など、組織的な問題点にも言及していた。

さらに、政権与党に対して、個々の番組に介入すべきでないこと、またメディアの自律を侵害すべきではないことを強調。この問題をきっかけにして、政権によるメディア・コントロールがさらに強まることを警戒・けん制する内容に、委員会の矜持(きょうじ)を強く感じた。放送に関わる者全員が読むべき、筋の通った意見書だった。

今後の課題

こうした検証委の“敢えて言う”姿勢は、放送界が表現の自由、報道の自由への圧力をはね返す大きな原動力となっている。

しかしその一方で、作り手が自らの首を絞めるような、不誠実な番組作りが後を絶たないことも事実だ。検証委の働きかけが、実際の制作現場でどのように生かされているのか、いないのか、再確認していく必要がある。

また視聴者の番組や放送局に対する目は、より厳しいものになっている。検証委と視聴者のコミュニケーションの強化も今後の課題の一つと言えるだろう。

*2016年8月26 日付「毎日新聞」に、この文章の短縮版が掲載されました

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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