今年のお盆は「家で読書」も悪くない!?(読書案内 その2)
いつものような「帰省」がままならない、今年のお盆。ならば、「家で読書」も悪くないのでは? ということで、前回に続いて、最近の「新刊」の中から選んだオススメ本です。
<小説>
泉 麻人 『夏の迷い子』
中央公論新社 1760円
表題作の主人公は、施設で暮す認知症の母と一緒に古い写真を眺める63歳の息子。ふと子供時代に起きた、お祭りの夜の出来事が甦ってきます。「テレビ男」は、嘱託として会社に残りながら、図書館で新聞の縮刷版を楽しむ男の話です。彼のお目当ては、昔のテレビ欄。ある日、奇妙なタイトルの番組を思い出します。懐かしさとほろ苦さ。全7作の短編小説のモチーフとなっているのは、著者ならではの「昭和の記憶」です。
安藤祐介『夢は捨てたと言わないで』
中央公論新社 1760円
それはスーパー「エブリ」社長の突飛な発想でした。バイトで働く無名の芸人たちを準社員に登用し、「お笑い実業団」として支援しようというのです。店内催事場でのライブやマネージメントを担当するのは栄治。不本意な仕事ながら、お客も従業員も彼らを応援するようになる。やがて売れない歴15年のコンビがテレビのお笑いグランプリに挑戦。笑いと涙の芸人物語は思わぬ展開を見せていきます。
アガサ・クリスティー、田中一江:訳『雲をつかむ死 新訳版』
ハヤカワ文庫 1210円
事件はパリ発ロンドン行きの飛行機の中で起きました。死亡した女性の首には、蜂に刺されたような謎の傷。乗客の一人だった名探偵ポアロが、この密室殺人に挑みます。ミステリの女王のデビュー100周年と、生誕150周年を記念しての「新訳」シリーズです。当然ですが、旧訳と同じ文章はありません。たとえば、「本物の貴族」は「生まれつきの貴族」に、「空中楼閣」は「砂の城」となり、名作に分かりやすさが加わりました。
<エッセイ>
亀和田武『夢でもいいから』
光文社 1980円
7年前の『夢でまた逢えたら』に続く、待望の回想エッセイ集です。著者は記憶のタイムマシンで過去と現在を自由に行き来します。インタビューした時に尾崎豊が見せた、イメージとは異なる気弱な微笑。ワイドショーの司会者としてスタジオで対決した、オウム真理教の上祐史浩。リアルタイムの現場と生身の人間ほど面白いものはない。本書はエッセイでありながら、秀逸な同時代史となっています。
<伝記>
山田邦紀 『今ひとたびの高見順~最後の文士とその時代』
現代書館 2860円
高見順は昭和を代表する作家の一人ですが、本書は単なる評伝ではありません。著者が企図したのは「高見順を通して見た昭和史」だからです。プロレタリア文学から出発した高見の作家活動は、社会の動きと深くからみ合っています。著者は、森繁久彌や山崎豊子の文章、さらに歌手・淡谷のり子の証言なども交え、「昭和」という時代を複層的に描いていきます。まさに「いやな感じ」の今、高見とその作品が光芒を放つ。
<本>
岩波新書編集部:編『岩波新書解説総目録1938―2019』
岩波新書 1100円
岩波新書の創刊は昭和13年(1938)11月。寺田寅彦『天災と国防』をはじめとする9冊が店頭に並びました。岩波茂雄は、刊行の辞に「挙国一致国民総動員の現状に少からぬ不安を抱く」と記しています。それから80余年。本書は約3400点の内容を総覧できる、初めての総目録です。生き方に結びつく知識を得るために、また世界を認識するための足場として、この「知のアーカイブ」を活用していきたい。
坪内祐三『本の雑誌の坪内祐三』
本の雑誌社 2970円
今年の1月13日未明、坪内祐三さんが亡くなりました。急性心不全。61歳8カ月でした。『ストリートワイズ』『古くさいぞ私は』などの著作で知られますが、雑誌を読むのも、雑誌に書くのも好きだった坪内さん。本書には「スタッフライター」を自称した『本の雑誌』の記事が収められています。執筆した特集はもちろん、対談や座談会がすこぶる面白い。また23年分の「私のベスト3」も、極上のブックガイドと言えるでしょう。
<人生相談>
鷲田清一『二枚腰のすすめ~鷲田清一の人生案内』
世界思想社 1870円
新聞の「人生相談」6年半の分が収まっています。著者は、相談に「答える」のではなく、「乗る」ことを選ぶ。たとえば三角関係の悩みに対して「たぶんあなたはライバルに負けます」と言い切ります。そして「でも私はあなたを肯定します」と続けるのです。また、自分勝手な夫への不満を訴える妻には、あえて「家族解散」を提案。読む側も結論だけでなく、「ねばり強い腰」を持つための思考プロセスを共有できるのです。
<テレビ>
ペリー荻野『テレビの荒野を歩いた人たち』
新潮社 1760円
コラムニストで時代劇研究家の著者が、「テレビの開拓者たち」の体験談をまとめた一冊です。たとえば、『渡る世間は鬼ばかり』などで知られるプロデューサーの石井ふく子さんは、惚れ込んだ小説をドラマ化したくて、原作者である山本周五郎の家に通いつめました。時代が変わっても「やっぱり家族のドラマにこだわりたい」と言います。他に脚本家の橋田壽賀子さん、作曲家の小林亜星さんなど、総勢12人の貴重な証言が並んでいます。
<社会>
貴志謙介『1964 東京ブラックホール』
NHK出版 1870円
「東京オリンピック」が開催された1964年。今でも何かと語られることが多い年ですが、それは本当に「明るい年」だったのか。NHKスペシャル『東京ブラックホール2 破壊と創造の1964年』の制作に携わった著者が、時代の深層を掘り起こしていく。自民党の一党支配。新幹線や五輪道路の汚職。非正規労働者の搾取。そして地方という「犠牲のシステム」。2020年の“自画像”がそこにあります。
熊代 亨 『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』
イースト・プレス 1980円
著者は精神科医にしてブロガーで著述家。過去と現在の社会を比較しながら、「消えた生きづらさ」と「新たな生きづらさ」について語ったのが本書です。清潔で美しく、安全で快適な街。際限のない健康志向。自由選択になった人間関係。等しく求められるコミュニケーション能力。進歩したはずの私たちは、昭和の人々よりも幸福になれたのか。令和時代特有の社会病理が明らかになっていきます。
田原総一朗『戦後日本政治の総括』
岩波書店 2090円
どんな失政にも疑惑にも無責任でいられる。現在の政治と政治家の劣化にあきれる人は多いと思います。では、なぜこうなってしまったのか。本書は86歳のジャーナリストが総括する体験的戦後政治史です。直接取材してきた田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎など歴代首相たちの功罪。その後の自民党政権の凋落。そして安倍晋三という悪夢。通底するアメリカの対日戦略、特に日米地位協定問題に注目です。