シリアへの越境人道支援の期間終了が迫るなか、アル=カーイダ支配下の「解放区」で初のコロナ感染者
国連安保理での否決合戦
シリアへの越境人道支援の延長の是非をめぐって、国際連合安全保障理事会では、ロシア・中国と欧米諸国の対立が続いている。
非常任理事国のドイツとベルギーは7月7日、アレッポ県のバーブ・サラーマ国境通行所とイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所の2カ所を経由する支援の仕組みを維持したまま、7月10日に終了するその期間を2021年7月10日までの1年間延長する決議案を提出した。だが、ロシアと中国は、トルコ占領地域に設置されているバーブ・サラーマ国境通行所を除外すべきだと主張して拒否権を行使し、13カ国が賛成していた決議案を否決した(「ロシアの意向に沿って縮小を続けるシリアへの越境人道支援(解説)」を参照)。
7月9日、今度はロシアが、越境人道支援をイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所経由に限定したうえで、期間を1年延長するとした決議案を提出した。だが、米国、英国、フランス、ドイツ、ベルギー、エストニア、ドミニカ共和国の7カ国が反対で廃案に追い込んだ(なお、ロシア、中国、ベトナム、南アフリカの4カ国は賛成、チュニジア、ニジェール、インドネシア、セントビンセント・グレナディーンの4カ国は棄権した)。
そして7月10日、ドイツとベルギーは、2カ所を経由する支援の仕組みを維持したまま、7月10日に終了するその期間を2021年1月10日までの半年間延長する新たな決議案を提出した。しかし、これに対してもロシアと中国は、シリア、とりわけイドリブ県の情勢を踏まえ、シリア政府を経由した人道支援を拡充すべきだとして、拒否権を行使し、否決した(なお、ロシアと中国を除く13カ国は賛成票を投じた)。
バーブ・サラーマ国境通行所は、トルコが占領する「オリーブの枝」地域とトルコのキリス県オンジュプナル国境通行所に面している。一方、バーブ・ハワー国境通行所は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が主導する反体制派が支配するいわゆる「解放区」とトルコのハタイ県チルヴェギョズ国境通行所に面している。
このうち、「オリーブの枝」地域への人道支援は、占領国であるトルコがイニシアチブをとるかたちで継続が期待できるが、「解放区」は、安保理が定める越境人道支援が認められなくなった場合、これまで以上に深刻な人道危機に見舞われる危険がある。
越境人道支援が認められる期間はあと1日もない。
「解放区」で新型コロナウイルス感染者確認
こうした危機的タイミングのなか、バーブ・ハワー国境通行所に設置されているバーブ・ハワー病院の事務局は7月9日、勤務する医師1人の新型コロナウイルスへの感染が確認され、病院を閉鎖、患者、医師、職員らを隔離したと発表した。
感染が確認されたのは、神経外科医のマフムード・サーイフさん。
1週間ほど前にトルコから帰国し、バーブ・ハワー病院で勤務していたが、5日前に発症、検査の結果、9日に感染が確認されたという。
病院事務局によると、サーイフさんはこの間、院内で数十人と濃厚接触していたという。
シャーム解放機構支配下の「解放区」でシリア人の感染者が確認されたのは今回が初めて。
反体制系サイトのEldorarや英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、7月10日にも2人の新規感染者が確認されたという。
感染が確認されたのは、小児外科医のナースィル・ムフリフさんと口腔外科医のムハンマド・ビータールさん。いずれもバーブ・ハワー国境通行所の病院に勤務する医師。
院内感染の可能性も高いが、2人もサーイフさんと同じく、最近になってトルコから帰国したばかり。
事態を受けて、自由イドリブ保健局は声明を出し、「解放区」内のすべての病院、医療センターでの外科手術と外来診察を1週間休止することを決定、職員に対して予防対策の徹底を要請した。
また、「解放区」でモスクなどの管理を行う宗教問題局は、バーブ・ハワー国境通行所の病院で新型コロナウイルス感染者が確認されたことを受けて声明を出し、「解放区」のモスクでの金曜日の午後の礼拝を中止するとともに、平日の昼と午後の集団礼拝については、各自が礼拝用の絨毯を持参して行い、礼拝時間も10分に短縮することを決定した。
なお、シリア保健省の公式発表によると、7月10日現在の国内での新型コロナウイルス感染者数は計394人、うち死亡したのは16人、回復したのは126人。
ただし、この統計には、「解放区」、米国やトルコの占領地での感染者数は含まれていない。
(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)