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「再犯者率、過去最高」のカラクリ 犯罪白書でミスリード報道相次ぐ

楊井人文弁護士
メディアに事前配布された平成28年度犯罪白書(法務総合研究所)

朝日新聞は11月11日、デジタル版で「刑法犯の検挙人数、戦後最少を更新 再犯率は過去最高」と見出しをつけ、法務省が発表した今年度の犯罪白書について報じた。しかし、見出しの「再犯率」は「再犯者率」の誤り。再犯者率とは、刑法犯で検挙された者のうち再犯者が占める割合を意味し、前歴のある者のうち再び犯罪を行った者の割合(再犯率)とは全く異なる。実際は、検挙された初犯者が再犯者を上回るペースで減少しているため、検挙された再犯者の実数は減っているが、「再犯者率」が上昇しているにすぎない。(追記あり

NHKニュース2016年11月11日放送
NHKニュース2016年11月11日放送

朝日新聞だけでなく、読売新聞やNHKニュースも、検挙された再犯者が減少していることに触れずに「再犯者率」あるいは「再犯者の割合」が過去最高になったと報じていた。法務省が11日発表した犯罪白書(来月刊行予定)によると、昨年一年間刑法犯で検挙された初犯者は12万4411人(前年比マイナス6.3%)で、再犯者は11万4944人(同マイナス2.9%)。全検挙者のうち再犯者数が占める割合(再犯者率)は48%だった。初犯者は過去最高だった2004年の25万0030人と比べると半分以下に減少。再犯者も2006年の14万9164人をピークに年々減少している。

犯罪認知件数も、戦後最多の285万4061件を記録した2002年以来、13年連続で減少し、昨年は戦後最少の109万8969件だった。検挙率(一年間の検挙人員をその年の犯罪認知件数で割った数値)は、ここ10年ほど3割前後で推移している。

朝日新聞デジタル2016年11月11日配信
朝日新聞デジタル2016年11月11日配信

【追記】朝日新聞デジタルの記事は、見出しの「再犯率」が「再犯者率」に訂正され、記事の末尾に訂正文が追記された。(2016/11/20 13:10追記)

【解説】

「再犯率」と「再犯者率」は混同されやすいが、全く異なる概念である。一般的に「再犯率」というと「罪を犯した人が再び罪を犯す割合」と理解されている。しかし、報道された「48%」という数値は、検挙された者に占める再犯者の割合を意味する「再犯者率」である。

「再犯者率の上昇」という数値上の現象は、論理的に、(1)初犯者も再犯者も減っているが、初犯者の減り方が上回っている場合、(2)初犯者は減っているが、再犯者が増えている場合、(3)初犯者も再犯者も増えているが、再犯者の増え方が上回っている場合、の3通りがあり得る。近年の現象は(1)によるものである。年々、検挙される初犯者が、再犯者を上回るペースで減少しているため、その結果として再犯者率は上昇し、毎年「過去最高」を更新し続けているのである。この相対的な比率の現象をとらえ、「再犯者率が過去最悪(過去最高)」というのは、限りなく誤報に近いミスリードではないだろうか。(*1)

「再犯者率 過去最高」のカラクリ。初犯者も再犯者も減少している

平成28年度犯罪白書
平成28年度犯罪白書

「再犯率」を出そうとすれば、「かつて罪を犯した人」が再び罪を犯したかどうかを追跡調査しなければならない。調査方法も、追跡対象者を有罪判決を受けた者にするのか刑事施設で服役した者にするのか、追跡期間をどれくらいにするのか、同種の罪の再犯に限るのかどうか、といった問題がある。法務省の犯罪白書では、「再犯率」の一種として、出所した受刑者のうち一定期間内に再入所する者の割合を「再入率」と呼び、出所後「2年以内再入率」「5年以内再入率」などを調査している。その結果、「再入率」は横ばいか漸減傾向だった。これが俗にいう「再犯率」に近い調査結果である。法務省は「再入率」のさらなる低下を目標に掲げているが、刑事政策上重視されているのは「再入率」であって「再犯者率」ではないのである。

刑務所を出所後、再入所する割合の「再入率」は増えていない

平成28年度犯罪白書
平成28年度犯罪白書

この「再犯率」と「再犯者率」の混同問題は、日本報道検証機構が2013年2月にも指摘していたが(=「少年再犯率が最悪」は「再犯者率」と取違え)、その後も繰り返されており、今回の朝日デジタルに限ったことではない。(*2) 「再犯者率」と正確に表記しているものの、その意味を十分理解せずに「過去最高」と大きく報道し、ミスリードしているケースも少なくない。(*3)

2016日11月11付夕刊(左が毎日新聞、右が読売新聞)
2016日11月11付夕刊(左が毎日新聞、右が読売新聞)

他にも、実態を表している「生のデータ」を自ら分析するのではなく、法務省(法務総合研究所)が行った比較分析などの「分析結果」を検証するのでもなく、そのまま借用して「事態の悪化」を印象づける報道がみられた。

たとえば、毎日新聞はこの犯罪白書に関して「高齢者検挙最悪19.9%」と、高齢者の検挙が増えているかのような印象を与える報道をした。しかし、ここで使われた指標は、全検挙者を年齢層別に分類した場合の高齢者(65歳以上)の「割合」にすぎず、実数のデータを見ればここ10年近く高止まりで推移していることがわかる。人口10万あたりでみても、高年齢者は各年齢層のうち最も低い水準で推移しているのである。(*4)

毎日新聞がニュースにした「高齢者検挙最悪19.9%」のグラフ

平成28年度犯罪白書
平成28年度犯罪白書

人口10万人当たりの検挙された高齢者は横ばいで推移している

平成28年度犯罪白書
平成28年度犯罪白書

また、読売新聞も「刑務所入所 女性が1割…15年、割合最高」を見出しにとり、刑務所入所者に占める女性の「割合」に焦点を当てて報じていた。実際は、女性の検挙人数は減少傾向にあり、女性受刑者の実数もほ過去10年は横ばいで推移している。ただ、男性受刑者が減少しているため、女性受刑者の割合が相対的に増えているにすぎないのである。

読売新聞がニュースにした「刑務所入所女性1割 割合最高」。実数は横ばいで推移しているが、受刑者全体が減っているため、女性比率が上昇している

平成28年度犯罪白書
平成28年度犯罪白書

こうした「犯罪白書」報道から見て取れるのは、メディアの「発表」依存と「悪いニュース」志向という病理である。

実は、今年の犯罪白書は全部で約300ページもあるが、メディア向けには7ページの「説明資料」も事前配布されていた。そこで挙げられたトピックは「高齢者」「女性」「再犯」の3つで、主要紙の切り口もこの3つのどれかから選ばれ、クローズアップされた指標も「説明資料」に載っていたものばかりだった。

受刑者全体に占める女性や高齢者の比重が増えつつあるのは事実であるが、犯罪の大部分を占めている男性や高齢者以外の検挙人数や受刑者数が減少しているという実態とあわせて理解する必要があると思われる。しかも、一時期は刑務所不足と言われていた頃が嘘のように、刑事施設収容率は昨年65.1%にまで低下し、過去20年間で最低水準にある。しかし、このことは「説明資料」に載っておらず、どの主要メディアもニュース化していなかった

この例に限らず、各種「白書」報道は恒例行事のように行われているが、要注意である。情報も視点も官公庁の発表に依存しているとの疑いの目で接した方がよい。

<注>

(*1) 今回の朝日新聞の紙面版(11日付夕刊)の見出しも「検挙者最少を更新、再犯者率過去最高 刑法犯、認知件数は13年連続減」であったが、これだと「全体として犯罪は減っているが、再犯者だけが増えている」との誤った印象を与えてしまう恐れがある。記事本文にも「初犯者は減り方が再犯者の減り方を上回っている」との説明はなかった。

(*2)  日本経済新聞2012年11月16日付夕刊14面「犯罪白書 再犯率、最悪の43% 65歳以上の検挙数増加」、NHKニュース2013年2月22日「少年の刑法犯・去年 9年連続で減少 非行少年の再犯率は過去最悪に」、読売新聞2013年11月15日付夕刊1面「犯罪白書 昨年の検挙者 再犯率 最悪45.3% 16年連続で増」、

(*3) 朝日新聞2012年11月16日付夕刊「再犯率、仕事ないと5倍 刑法犯の再犯者率、最高 犯罪白書」、読売新聞2014年11月14日付夕刊「再犯者率最悪47% 犯罪白書 17年連続上昇」、毎日新聞2014年11月14日付夕刊「犯罪白書 刑法犯200万件下回る 再犯者率最高46.7%-14年」、毎日新聞2015年2月26日付夕刊「少年犯罪:いじめ原因減少 再犯者率34.9%、最多-2014年」

(*4) 検挙される高齢者は5万人前後で高止まりで推移しているが、受刑者は増えつつあり、受刑者の高齢化という現象が生じていることは事実である。

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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