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「出たことに後悔はない」強い意志で出場した全日本、戦い抜いた鍵山優真

沢田聡子ライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

9か月ぶりとなる試合のリンクに入る直前、鍵山優真は両手を組んで祈るような仕草をみせた。

全日本フィギュアスケート選手権(12月22~25日、大阪・東和薬品RACTABドーム)は、鍵山にとって今季初戦だった。2月の北京五輪、3月の世界選手権でそれぞれ銀メダルを獲得し、世界トップクラスのスケーターとしての地位を不動にした鍵山だが、今季は左足首故障のため、グランプリシリーズなど前半の試合をすべて欠場している。

公式練習で鍵山を観て感じたのは、ジャンプが完全に戻っていないこと、そしてスケーティングや表現に磨きがかかっていることだった。鋭い回転と着氷後の流れで高い出来栄え点を獲得してきたジャンプには、残念ながらこの全日本では常に安定感を欠く印象があった。同時に、滑りの素晴らしさには改めて感銘を受けた。オフアイスでは童顔も相まって若さを感じさせる鍵山だが、氷上でのスケーティングには老成という言葉すら使いたくなる。

初めて振り付けを依頼したシェイ=リーン・ボーン氏によるショート『Believer』では、今までにないワイルドな表現に挑戦している。アイスショーで披露した際は肩に力が入っている印象もあったが、全日本での鍵山はこのプログラムを自分のものにしていた。緩急をつけることで要所での力強さが際立ち、新しいクールな鍵山をみせてくれている。

一方、フリー『Rain, In Your Black Eyes 』は、世界の舞台での成長を支えてきたローリー・ニコル氏が振り付けている。個人的に『Rain, In Your Black Eyes 』については、さいたまスーパーアリーナで行われた2019年世界選手権でウェンジン・スイ&ツォン・ハン(中国、2022年北京五輪ペア金メダリスト)が完璧に演じたフリーの記憶が鮮明に残っている。ドラマティックな曲に託したニコル氏の期待に応え、全日本での鍵山は、持ち味である一蹴りが伸びるスケーティングを駆使して壮大な世界を描いてみせてくれた。

しかしスポーツであるフィギュアスケートは、やはりジャンプが決まらなければ点数は出ない。ショートでの鍵山は、冒頭の4回転サルコウを3.60という高い加点を得る出来栄えで成功させるが、3回転フリップ+3ループでは着氷が乱れ、少し苦手な印象があるトリプルアクセルでは回転が抜けて1回転になってしまった。それでも6位に踏みとどまりフリーでは最終グループに入ったものの、今度は冒頭の4回転サルコウで転倒、続けて組み込んでいた4回転サルコウも着氷が乱れる。ショートでミスしたトリプルアクセルは2本着氷させて五輪銀メダリストの意地をみせたものの、ハイレベルな日本男子の競り合いの中ではやはり厳しく、総合8位という結果に終わった。

フリー後のミックスゾーンでの鍵山は、戦い終えた清々しい表情だった。

「初戦という難しさをたくさん感じたこの4分間だったし、この二日間を通して、自分の今後やるべきことが明確に分かったので。本当にやっと一試合終わったので、しっかりと休んで、また怪我を治して、次に向けて頑張りたいと思っています」

「この4分間、左足は特に気にならなくて、目一杯滑れました。終わった後『よく頑張ったな』という感じで、足を確かめていたんですけど。『この全日本に出たい』って僕が言って出させてもらって、全然満足のできない演技をしてしまったので、本当に自分としてもすごく悔しい気持ちですし、申し訳ないなっていう気持ちはたくさんあります」

しかし、鍵山は「この全日本に出たこと自体に全然後悔はなくて」とも語っている。

「むしろ前向きな気持ちで臨んでいたので、だからこそ早く治して、来シーズンはもう初戦から、万全な状態で他のライバルの選手達と競えるぐらいレベルアップしていかなければならないな、というふうに感じました」

11月頃からは動けていたという鍵山だが、「そこから頑張って練習してきたつもりでしたけど、やっぱり一か月ちょっとじゃ全然完成していないな」と冷静に振り返っている。最後に、鍵山はプログラムに対する思いを口にした。

「プログラムももっともっと磨いて、ローリーとかシェイ=リーンが『パーフェクト』って言ってくれるような演技ができるように、来シーズンはもうばっちり頑張りたいと思います」

全日本でみせた二つのプログラムは、これからの鍵山への期待を大きくするものだった。怪我を完治させた時には、鍵山は必ず振付師が絶賛するような演技を披露することができるはずだ。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。2022年北京五輪を現地取材。

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