『聖闘士星矢』の一輝が、相手をギリシャまで殴り飛ばした! どれほどすごいパンチなのか!?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
1980年代に「週刊少年ジャンプ」に連載された『聖闘士星矢』は、壮大なワザの応酬がまことに面白い作品であった。
聖闘士たちは、敵の猛攻に耐え続け、やがて反撃に転じると、ついに拳を天高く突き上げて、ワザの名前を叫ぶ!
相手はのけ反りながら吹っ飛ばされ(背景はなぜか宇宙!)、やがてドシャアと大地に落下。
それでも相手は「まだ…終わらねえぜ」。
こんなパターンが何度も出てきたけど、それがモーレツに楽しかった。
そんな魅惑の『聖闘士星矢』世界において、ここで注目したいのは「烏星座(クロウ)のジャミアン」だ。
ジャミアンは、マンガの比較的初期に登場した「白銀聖闘士(シルバーセイント)」の1人。
白銀聖闘士は中級の聖闘士だけど、主人公の星矢たち「青銅聖闘士(ブロンズセイント)」よりは強い階級である。
なのに、青銅聖闘士の1人・鳳凰星座(フェニックス)の一輝の必殺技を食らって、なんと東京からギリシャまで吹っ飛ばされたのだ!
すごくないですか、東京からギリシャ!
首都アテネまで、直線距離で9520km! 飛行機で行こうと思っても、日本から直行便は出ていません。
これ、決して大きなエピソードではないのだが、小ネタでも勇壮な世界観をガッチリ示す『聖闘士星矢』。さすがである。
本稿では、すごすぎる「ギリシャまで吹っ飛ばしパンチ」を考えてみたい。
◆聖闘士と星座の関係
『聖闘士星矢』は「星座」が重要な要素になっている。
星座はかつて、国や時代でバラバラだったが、1912年に国際天文学連合が統合し、現在では88と定められている。
そのうち27は南天にあり、うち9つは日本からまったく見えない。
なかでも太陽が通る道筋にある星座を「黄道12星座」といい、星占いでも重要な役割を果たす(実際には、へびつかい座も黄道上にあるけど、星占いには使われない)。
で、『聖闘士星矢』の世界において、聖闘士たちはそれぞれ守護星座の名を冠した「聖衣(クロス)」をまとって戦う。
最高位の黄金聖闘士(ゴールドセイント)たちは、黄道12星座を守護星座とし、聖闘士は星座の数だけいるという。
物語の中心メンバーは、5人の青銅聖闘士で、彼らの守護の星座は、日本からも見えるものばかりだ。
天馬星座(ペガサス)の星矢……ペガサス座
白鳥星座(キグナス)の氷河……はくちょう座
龍星座(ドラゴン)の紫龍……りゅう座
アンドロメダ星座の瞬……アンドロメダ座
鳳凰星座(フェニックス)の一輝……ほうおう座
青銅聖闘士は、白銀聖闘士よりも下の地位なのに、メジャーでカッコいい星座ばかりですなあ!
一方、ジャミアンは、守護星座が烏星座(クロウ)。
天文学のルールに沿って日本語表記すると「からす座」で、うーん、あまり強そうではない……。
からす座は、5月に南の空に見える小さな星座。
その領域内で2つの銀河が衝突しており、天文学的には興味深いんだけど、地上から見る限り、もっとも明るい星が4等星という地味~な星座である。
◆マッハ23で飛んでった!
このジャミアンがギリシャまで飛ばされたのだ。
女神アテナを襲おうとした彼に一撃を加えたのは鳳凰星座の一輝で、必殺技「鳳翼天翔(ほうよくてんしょう)」で天高く吹っ飛ばした。
ジャミアンが「うわあああああ」と叫びながら空の彼方に消えると、一輝は女神を振り向きもせず、静かに言う。
「あの分ではギリシアまでとんでいったかもしれんな」。
にわかに信じがたい話だが、一輝は女性の前でカッコをつけるような男ではないから、おそらく本当なのだろう。
前述のとおり、一輝が鳳翼天翔を決めたのは東京で、聖闘士の総本山「聖域(サンクチュアリ)」があるギリシャのアテネまで9520km。
地球一周は4万kmだから、ほぼ4分の1周だ。
これを実践するには、どの方角にどんな速度で打ち出せばいいのだろうか。
地球儀で確認すると、アテネは東京のちょうど北西にある。
また、作中の描写を見ると、ジャミアンは仰角45度ほどで飛ばされている。
この角度で発射して9520kmの彼方に着弾させる速度とは、秒速7.7km=マッハ23だ! メチャクチャ速い!
◆ユーラシア大陸をひとまたぎ!
こんなことができる鳳翼天翔の威力とは、はたしてどれほどだろう?
鳳翼天翔は、手のひらを開いて右手を突き出す技だ。
その衝撃で、ジャミアンをマッハ23に到達させたのだと思われる。
一輝の体重は62kgで、この体重の人間が片手を突き出すとき、3.72kgの物体が同じスピードでぶつかるのと同じ衝撃になる。
ジャミアンの体重は56kgで、3.72kgの15倍。
この場合、一輝はジャミアンが飛んで行った速度の15+1=16倍のスピードで右手を突き出さねばならない。
すなわち、秒速124km=マッハ365。エネルギーはライフル弾1140万発分であり、このパンチなら、直径59mの岩もブチ砕ける!
こんな打撃を受けてなお「うわあああああ」と叫ぶ余力を残していたジャミアン。
かなり強靭な肉体の持ち主と感心するけど、その後、このヒトはどうなったのだろう。
地上から高速で打ち出された物体は、楕円軌道を描く。
ジャミアンは殴られた18秒後、高度100kmを通過。一般に、高度100km以上は「宇宙」と呼ばれるから、彼はここからしばらく宇宙空間を飛行します。
宇宙では呼吸ができず、体の太陽光が当たる部分は灼熱、当たらない部分は極寒、強烈な紫外線を浴びて激しく日焼け、宇宙線が脳を通過するために頭のなかで火花が散り……という苦境にさらされながらも、ぐんぐん高度が上昇。
28分12秒後、ロシアとカザフスタンの国境上空で最大高度4100kmに達する。
そして56分6秒後に大気圏に再突入し、56分24秒後にアテネの大地にマッハ23でどばあんと着弾!
飛行中、ジャミアンが眼下に望んだ国々は、
日本 ⇒ ロシア ⇒ 中国 ⇒ モンゴル ⇒ ロシア ⇒ カザフスタン ⇒ ロシア ⇒ ウクライナ ⇒ トルコ ⇒ ギリシャ。
いやあ、ユーラシア大陸を満喫できるスバラシイ空の旅ですなあ!
……などという余裕が、ジャミアンにあったかどうか。ご無事を祈ります。