セコい「反日」で終わり!? 8月の文在寅大統領は「激烈国内問題」が色濃く。無視、格差、セクハラ――。
結局、動きはなかった。
23日23時59分が韓国側からの「GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)の延期可否通告の期限」だったが、日本側への連絡はなし。つまりはこの日までに延長しない場合は通告しなければならなかったが、コンタクトがなかったため自動的に延期となったのだ。
日本の保守系メディアは「腰砕け」「やるやる詐欺」などといった見出しで記事を出したが、韓国側の反応はどうか。保守系の大手紙「中央日報」が冷静な論調の記事を掲載した。
「【現場から】GSOMIA終了でもなく延長でもなく…ぼかして終わった政府」
記事ではその理由を「この先、日本の戦犯企業に対する韓国最高裁の財産押収が現実化した際、予想される日本の追加経済報復に対応する外交的カードとして残したという観測もある」としている。いっぽうでGSOMIA終了を「アメリカのプレッシャーもあり、実際は使いにくいカード」とした。さらに今、韓国政府が講究すべきは政権支持層を気にかけつつ、米国を意識しなければならないGSOMIAではなく、「日本の経済的報復に実効性のある第3のカードを探すこと」だとしている。
8月に予想された「日韓対決」。ざっくり言うと、「徴用工判決問題」「安倍首相謝罪銅像」「光復節演説」などで双方の感情がもつれ、この24日の「GSOMIA期限」により、ついぞ安保問題に影響が出る懸念だった。
韓国側の視点でいうと、この8月は「7日の日本製鉄の即時抗告が流れを決めた」というところだったか。裁判のやり直しにより、「現金化」が少なくとも数ヶ月かかる展開になった。そのときに「勝負」に出るのなら出るのだと。
韓国側にとっての問題は、日本の「経済報復」。2019年8月28日から「ホワイト国除外」を実施した。日本側は「韓国側の輸出管理体制の不備」を理由とするが、韓国では2018年10月31日の徴用工判決への「経済報復」と認識されている。
いっぽう日本側は「1965年の日韓基本条約の立場を変えるのか?」という問いだから、話が少し噛み合わない。日本側は「原因」について問い、韓国側は「その後の事態」を問題視しているのだから。
野党との無視合戦、コロナ対策で反抗の反大統領派、豪雨でも批判を浴び……
そもそも韓国側のトップたる文在寅大統領にとっては、「日本より国内」という趣の強い8月となった。
8月10日の世論調査(韓国メディア「YTN」依頼、「リアルメーター社」調査)では出身政党の支持率が35.1%となり、保守系との差がわずか0.5%となった。新型コロナ対策が評価されていた4月27日には63.7%まで支持されていたにもかかわらずだ。
まずは野党とは熾烈な「無視合戦」があった。7月16日、国会の開会に先立ち保守系野党第一党「未来統合党」のチュ・ヨンホ院内代表が革新系与党「ともに民主党」(文大統領の出身政党)に対し、「10個の懸案」として公開質問。しかし8月4日に「答えがない」と不満を表した。
韓国第一野党による「韓国の懸案事項」10の質問
▲不動産政策の失敗の責任
▲故ペク・ソニョプ将軍告別式礼遇に関する立場
▲(元慰安婦支援団体代表)尹美香民主党議員に対する検察召喚
▲民主党所属の自治体長相次ぐセクハラ疑惑
▲チュ・ミエ法務省長官の捜査指揮権発動
▲2021年補欠選挙におけるソウル- 釜山市長候補の党公認の計画について
▲民主党のガバナンス要請意向意向ついて
▲所得主導の成長政策の放棄の意向について
▲脱原発政策
▲パク・チウォン国情院長候補者指名背景など
※順序は筆者によるもの
この10の質問のうち、「不動産問題」は韓国国内でかなり深刻に捉えられている。ソウル首都圏での住宅購入価格が上昇し続けているのだ。2017年の政権発足以来20度ほどの対策を練ってきたが、むしろ右派系だった李明博、朴槿恵の時代より悪いデータが出ている。左派政権への根本的な期待のひとつが「平等が掲げられ、暮らしがよくなる」という点。しかしこれが実現されていないのだ。これは「日本どころじゃない」話だ。
左派への失望という点では、文在寅大統領の盟友、パク・ウォンスン元ソウル市長のセクハラ問題も大きな問題となった。7月9日に自殺。自身の部下へのセクハラによる告訴が進むことを苦にしての行動と見られている。被告の死により捜査が難航するなか、文在寅大統領、パク元市長の出身・所属政党「ともに民主党」が被害者を「被害訴求者」と呼び続けた点が大きな批判を浴びた。いざ自分たちに問題が起きると、弱者の味方に立とうとしないのかと。
また、40日以上続いた梅雨による歴史的な集中豪雨も大きな出来事だった。約1万人が被害に遭い、30人の死者が出た。文大統領は8月上旬の休暇を返上しての対応に追われた。ここでは政権発足以降取り組んできた南北政策について小さな批判も浴びた。5日と10日、国境を挟んで流れる臨津江(イムジンガン)の上流にある黄江(ファンガン)ダムを北朝鮮側が韓国側への事前告知無しで放流。下流にある韓国の群南(グンナム)ダムの水位が上がり、危険度が上昇した。
文大統領は6日に現地を視察。「北側が事前に知らせてくれれば、郡南ダムの水量管理に大きな助けになったはずだが、それが残念ながらできない状況」と発言した。南北間では災害時の相互連絡をしっかり行うとの取り決めがあったのだ。これに対し「世界日報」がネット上のコメントを紹介しつつ批判した。「韓国政府が洪水で倒れることが北の本当の目的なのに、知らせるわけがない」。「文大統領の現実認識は過度に安易」。
新型コロナの再流行も深刻だ。8月20日には1日で324人の新規感染者が発生。3月上旬以降、最多となった。25日時点でソウル首都圏の行動制限段階を最大の「ステップ3」にまで引き上げる点が検討されている。8月15日にはソウル市当局の禁止通告にもかかわらず、”大統領反対派”の保守系団体が1万5000人規模のデモを強行。この日の行動が感染経路と見られる感染者が250人以上発生した。また「デモ中止は政権側の弾圧」と盲信する右翼系教会の感染者が病院から脱走する事件までもが起きた。
深刻な左右対立と新型コロナの再流行。17日には逆に大統領官邸側から野党に向けて対話の提案(21日開催提案)を行ったが、「不可能」と通告があったという。
前座の演説キム・ウォヌン氏の「代弁」による「セコい反日」
そういった事情のなか、日本に目が向きにくい面があったのではないか。いっぽうで日本でもよく言われる「韓国の大統領は政権後半で支持率が下がると、点数稼ぎのために反日に出る」という手法も見られなくはなかった。
8月15日の「光復節」の問題演説だ。文在寅大統領が「日本と対座する準備がある」と静かな内容で終えた一方、前座として登壇した「光復会」(日本統治下の韓国の独立運動を伝承する団体)のキム・ウォヌン会長が公式行事に不釣り合いな「親日派批判」を行った。
「李承晩は反民族行為特別委員会を暴力的に解体し、親日派と結託」
「親日清算は国民の命令」
韓国の8.15はもはや「国内の左右分裂の日」? デモに日の丸 vs 公式行事で「親日派墓暴き」演説
キム氏は元国会議員。92年から03年の間で、3度当選を果たした。00年から04年までは現在激しく対立する保守系政党から出馬し、当選した経歴もある。
「大先輩」たる李承晩元大統領を批判された保守側からの強い意見が相次いだ。するとキム氏は8月24日に革新系与党「ともに民主党」を通じて、保守系野党第一党の「未来統合党」に向けこんなコメントを発表した。
「親日庇護勢力と決別できない統合党は、土着の倭寇と一体だという国民の認識が深化するだろう」
日本を立てた国内での言い争いだ。
7日の日本製鉄の即時告訴を時間稼ぎだとして、「セコい」と評した韓国の革新系媒体があったが、そちらも十分にセコい。大統領以外の人物を立て、「反日」を言わせるとは。確信犯的に。伝統的な公式行事、演説内容を事前に知らなかったわけはないだろう。
8月の「日韓対決」
4日 徴用工判決「現金化」実効期間開始
10日 「安部首相謝罪銅像」除幕式予定(中止に)
11日 「現金化」の実効期間開始に対する即時抗告期限日(7日に抗告済み)
15日 「光復節(日本からの植民地解放記念日)」文大統領スピーチ
23日 GSOMIA 延長可否通告期限(毎年11月23日に1年ごとの自動延長となるが、破棄の場合は90日前に通告しなければならない)
その他 8月末にWTO事務局長が退任。6月から2ヶ月間が後任選定期間。韓国からも立候補中。韓国では「日本が他地域からの候補を応援するのでは」と報じられる。
参考記事