「8.15文在寅演説」はどうなる? 勢いづく国内の反大統領派にはあの「靴ぶん投げ男」の姿も。
15日は「韓国側からのアクションの機会」
8月の日韓対決の次なるヤマは、8月15日の「光復節」と見られている。日本による植民地支配からの解放記念日だ。
例年、大統領による演説があるが、この夏には文在寅大統領が日本について何を語るのか。
8月のここまでの「徴用工判決関連の期限日」や「安倍首相謝罪銅像関連」の動きは、日本側の反応のほうが大きく、韓国側は静観に近いものがあった。いっぽう15日は韓国側からのアクションがある。
これに向けて、韓国内の状況紹介をひとつ。
7月16日に事件を起こした「大統領に靴をぶん投げた男」のその後を見ると、あるポイントが切り取れる。
文在寅大統領、靴を投げつけられる。現行犯逮捕の50代男性「偽の平和主義者」「国から出ていけ」と叫ぶ。
「靴投げ男」の正体とその後
チョン・チャンオク氏(57歳)。新進の右翼系市民団体「南北ともに国民連合」の共同代表だ。北朝鮮国民を苦しめている金正恩体制と親交を図る点への怒り、経済政策への失敗への怒りなどから犯行に及んだ。
7月16日、国会の開会演説を終え、正門前に待機していた車に乗り込もうとした文在寅大統領に向け、「共産主義者は国から出ていけ」などと叫び、履いていた靴を投げた。靴は大統領に当たらず、赤いカーペットの上に転がった。本人は事件直後にこう口にしていた。
「本来ならば国会の傍聴席で野次ろうと思ったが、コロナのために封鎖されていた」
その後、国会の外になんとなく残ったが、警備員に注意されるようなことはなかった。そこで突発的に靴を投げた。事の流れはそういったところだ。
ここまでが筆者が17日に記した記事で報じた内容だが、その後も動きがある。
16日の事件後現行犯逮捕され、翌17日に警察側から「事件は重大」とされ拘束令状が出ていたが、19日の7時間に及ぶ取調べ後、これが裁判所から棄却され釈放となった。
- 事件時の様子
16日の現行犯逮捕時、もみくちゃになりながらも現地記者団の質問に答えていた。
――靴を投げたのは計画したことだったのか?
「いいえ」
突発的な犯行だったということ。その後、釈放され21日にソウル市内光化門の東和免税店前で「記者会見」を開催。こう口にしている。
「人に当てようとしたのではなく、常識と道徳を放り出した横着な左派に向かって投げた。目標は(国会の出入り口から、大統領の車の間に敷かれた)レッドカーペットであり、それは命中した」
成功した、という言い分だ。
本人はふだん、ソウル郊外の安山市でミュージカル劇団の運営を行っているという。1995年、ミュージカル俳優として活動時に演技指導していた女子高生に対する性的暴行で逮捕歴がある。本人もこの点は認めており、事件後の活動のなかで「私は無罪だが相手の一言により、告発された」と説明している。
一連の出来事は、韓国では基本的に「珍事件」として見られている。もちろん、要人警備という観点では大問題だが。大統領の警備担当部長は処罰人事により勤務待機の処置に。
その後、当の本人はというと……
「おじさん右翼の間でまあまあのスター」
となっている。
保守・右派市民団体主催の記者会見に臨むチョン氏
”反文在寅派”には絶好の機会が訪れている
この「保守・右派の市民団体の動き」が8月15日の文在寅演説に向けてのポイントのひとつだ。前述のとおり、このチョン氏も保守系市民団体の一員だ。
文在寅大統領にプレッシャーをかける立場にある保守は、「いまが反撃のチャンス」と見ている。政権交代が起きた2017年大統領選での候補(第一党出身者候補)の得票率が「24%(文在寅大統領は41%)」まで低下、また2020年国会選挙の結果により、議席数が約「3分の1」と劣勢に追い込まれた。
しかし、最近は逆に文在寅政権の支持率が住宅政策の失敗などから急降下。8月10日に発表された世論調査(韓国メディア「YTN」依頼、「リアルメーター社」調査)では出身政党の支持率が35.1%となり、保守系との差がわずか0.5%となった。新型コロナ対策が評価されていた4月27日には63.7%まで支持されていたにもかかわらずだ。
すると保守派は新型コロナ感染流行の状況下にあって、8月15日の大規模デモ開催を予告。8月11日には念入りに「プレデモ」まで行った。
チョン氏、「靴烈士」としてもてはやされる
その流れの一端に、「靴ぶん投げ男」がいる。
本人が共同代表を務める「南北ともに連合」の主旨は「北朝鮮人権団体」は2020年4月に設立された新しい団体で、しかもチョン氏はその筋の運動家として有名なわけでもない。
しかし、事件の後、「靴烈士」というあだ名がつけられその筋からは大人気なのだ。
デモの場でも靴を投げるパフォーマンスが行われることも。2017年の大統領選以降、また与党から少数派にまで追いやられた保守系の支持者が「逆襲の場」に定めたYouTubeでも、相次いで「靴烈士」を支持する動画が相次いでアップされている。
- 有力保守系団体の公式アカウントより
この現象は「珍事件」には留まらない。7月27日、韓国最大手の経済紙「毎日経済新聞」がこう報じた。
■文大統領の写真に靴を投げる…再び火が着いた表現の自由の論争
「警察は一部集会の靴投げに介入した。去る25日午後5時ごろソウル市中区で行われたデモでは、200人ほどの参加者のうち6人がステージに上がり文大統領の顔写真に靴を投げようとしたが、中断された。参加者3人が靴を投げた後、主催者側が『警察がこのパフォーマンスに対し、司法処理する可能性があるとしている。警察の要求に対して強くはいけない』と中断を要請した。現場からは、『いつから表現の自由がそんなふうに禁止となったのか』などの反発が殺到した」
警察が介入するほどの出来事なのだ。8月15日、あるいは今後「禁断」のパフォーマンスを行う流れがあるだろうか。同紙は警察側にも取材し「現時点でどんな法を適用し拘束するのかははっきりと決まっていない」とするコメントを掲載した。
別の視点からいうと、「安倍首相謝罪銅像」が「私有物の造形物」として撤去までは命じられず(外務省から「賛同しない」とのお達しは出たが)、「文大統領の写真に靴」は禁止となったということでもあるのだが…。
10日開催予定だった除幕式中止…「安部首相謝罪像」を巡る謎。「撤去しろ」と韓国内極右団体から抗議も。
決戦は8月15日。当局は「コロナ」を理由に中止要請を出すが……
この日に向け、すでに韓国警察には、保守系市民団体から計1万8000人規模のデモが申請されているという。
しかし12日、ソウル市当局は新型コロナの感染拡大防止を理由に、当日の集会の中止要請を出した。あくまで要請だが、開催時の処置は「すべての手段を通じ、新型のコロナ拡散の危険を遮断する」と強い姿勢に出る。
強硬開催、これによる衝突はあるだろうか。少なくとも保守派は新型コロナを理由に中止となった場合、「弾圧」と訴えるのは必至だ。
いっぽうで左右の信条に関係なく、8月15日への雰囲気が少しずつ出来上がりつつあるのも確かだ。
豪雨により40人以上が死亡、7000人近くが被災という甚大な被害をもたらした梅雨が、8月14日に明けるという予報だ。
また、8月10日に8月17日(月曜日)が公休日となることが決定した。文在寅大統領が「豪雨被害の国民の慰めとなるように」と定めたのだ。つまり光復節の8月15日(土曜日)から日・月と3連休となる。本来なら「デモにじっくりと取り組める日程」だがどうなるか。
国内の反対派による猛追のなか、文在寅大統領の演説が行われる。何を語るだろうか。日本自体を意識、というよりはまずは国内の右派を意識して強い言葉を言う。そんなかたちになるのではないかと筆者は予想する。
8月の「日韓対決」
4日 徴用工判決「現金化」実効期間開始
10日 「安部首相謝罪銅像」除幕式予定(中止に)
11日 「現金化」の実効期間開始に対する即時抗告期限日(7日に抗告済み)
15日 「光復節(日本からの植民地解放記念日)」文大統領スピーチ
23日 GSOMIA 延長可否通告期限(毎年11月23日に1年ごとの自動延長となるが、破棄の場合は90日前に通告しなければならない)
その他 8月末にWTO事務局長が退任。6月から2ヶ月間が後任選定期間。韓国からも立候補中。韓国では「日本が他地域からの候補を応援するのでは」と報じられる。