真っ二つに割れた樹木医の診断「もう一つのトトロの樹」は切り倒される運命か
東京都杉並区の住宅街にそびえる28メートルの大ケヤキ。その高さは、隣接する8階建てマンションの屋根をも越える。地元では「もう一つのトトロの樹」とも呼ばれるこの巨木が、新しいマンションの建設のために切り倒されるのかどうか。瀬戸際に立たされている。
近隣住民の反対運動を受けて、伐採が延期されてから1年。この間に、複数の樹木医が大ケヤキの「健康状態」を診断した。それぞれが専門的な機器を用いて調査したが、診断の結果は異なっていた。
土地を所有するデベロッパーが依頼した樹木医は「木の内部が腐って空洞になっていて、根元から倒れる危険がある」と判断した。一方、住民が依頼した樹木医は「木を引っ張る試験の結果、倒れるリスクは低いことがわかった」と判定した。
異なる診断を受け、デベロッパーがどんな判断をするのか、注目される。
住民の反対で大ケヤキの伐採は「延期」
昨年8月、スーパーゼネコン・清水建設グループのデベロッパーがマンション建設のため、この大ケヤキを伐採しようとした。しかし、近くの住民の反対を受け、伐採は延期された。そのときの経緯は、以下の記事でレポートしたとおりだ。
※参考記事:東京・西荻窪「もう一つのトトロの樹」が伐採へ スーパーゼネコンvs住民「反対運動」が広がる
※参考記事:杉並「もう一つのトトロの樹」伐採が「延期」 住民・自治体・デベロッパーの反応は?
1年が経過したいまも、大ケヤキは従来の姿で立ち続けている。マンションの建設工事は始まっていない。その間に、伐採に反対する署名は増え、1万3607件に達している。
昨年9月の杉並区議会ではこの問題が取り上げられ、住民の運動に理解を示す議員と、疑問を呈する議員の双方から質問が出た。地域全体がこの木の運命を見守っている状況だ。
デベロッパーが依頼した樹木医は「倒れる危険性が高い」と診断
そんな中、樹木医による大ケヤキの健康診断が行われた。清水建設グループのデベロッパー・清水総合開発は昨年10月と11月、樹木医に大ケヤキの調査を依頼した。さらに今年2月、他の樹木医にも調査してもらい、セカンドオピニオンを得た。
一方、伐採に反対する住民グループは、別の樹木医による診断を要望。清水総合開発もこれを受け入れ、今年4月、樹木医による調査が実施された。
清水総合開発が依頼した樹木医はいずれも、大ケヤキの根元近くに大きな空洞ができていて、倒れる危険性が高いと判断した。空洞ができた原因は、根元に生えた「ベッコウタケ」というキノコの一種が木の内部を腐らせたためだという。
地面から高さ60センチの空洞率は、50%を超えていた。2月に調査した樹木医は「非常に危険な状態。有効な支柱の設置などの特別の事情がない限り、植え替えをすべきである」と診断した。
住民グループが依頼した樹木医は「倒木リスクは低い」と診断
ところが、住民グループの依頼を受け、4月に調査した樹木医の判断は異なっていた。
担当した樹木医・吉岡賢人さんは「仮に空洞率が高くても、倒れるリスクが大きいとは言い切れない。ヨーロッパの最新の研究によると、木の内部が空洞でも、パイプのように構造的に安定している場合がある」と説明する。
吉岡さんは今回、木をロープで引っ張ったときの傾きなどを最新の機器で計測。そのデータをもとに、コンピュータのソフトウェアで、強風を受けたときに木が倒れるリスクを分析した。その結果、「樹木の耐風性は低下しておらず、倒木リスクは低い」と判定した。
「ヨーロッパでは、樹木診断するときに(1)外観目視と(2)内部の腐朽診断に加えて、今回のような(3)引っ張り試験(プリングテスト)を実施します。3つがそろって初めて、樹木の健康度が適切に診断できるといえます」(吉岡さん)
木の勢いは衰退しているか? 外観の評価も分かれた
樹木診断の2つ目の要素である「腐朽診断」は、木の内部が腐って空洞になっているかどうかを専用機器で測定する診断だ。そして、1つ目の「外観目視」は、木の枝の張り具合や葉のしげる様子を外から観察して、木の健康状態を評価する手法だ。
この外観目視について、2月に調査した樹木医は「木の根元に生えているベッコウタケの影響で、幹の腐朽が進行していて、枯れ枝も発生している。木の勢いは衰退していて、著しい被害が見られる」と判定した。
しかし、4月に、実際に木に登って、幹や枝の様子を間近で確認した吉岡さんは異論を述べる。「立派な木で、経験豊富な老人と相対しているようなすごみを感じた。枯れ枝はあるが、木が生きていく上で当然のこと。木の勢いが衰退している兆候は見られなかった」としている。
住民グループ「診断は葉がついている時期に行うべき」
樹木医の異なる診断をどう見ればいいのか。
園芸・造園学の専門家で、『街路樹は問いかける』(岩波書店)などの著書がある藤井英二郎・千葉大学名誉教授の見解はこうだ。
「7月に撮影された木の写真によれば、葉の大きさや色は健全といえる。木の枝の状況からすると、いくぶん被害の影響を受けているが、あまり目立たない状態と判断するのが妥当である」
また、住民グループの熊本一規さんは、2回目の樹木医の調査が、冬の2月に実施された点に疑問を投げかける。
「東京都の街路樹診断マニュアルによれば、『診断は着葉期(5~10月)に行うのが望ましい』とされています。ところが、2月は木の枝に葉がまったくついていない時期です。このような時期に、木の外観を観察しても、正しい判断ができるとは思えません」
※参考資料:東京都建設局「令和3年度 街路樹等診断マニュアル」(PDF)
清水総合開発の判断はどうか。取材を申し込むと、メールで次のような返答があった。
「樹木医の方を含めてご意見を伺いながら、これらの検討結果の内容を精査しております」
この9月中には、清水総合開発と住民グループの話し合いが予定されている。長年、ご神木として地域の住民に愛されてきた大ケヤキが存続できるのかどうか。今後の展開が注目される。