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東京・西荻窪「もう一つのトトロの樹」が伐採へ スーパーゼネコンvs住民「反対運動」が広がる

亀松太郎記者/編集者
東京・西荻窪の住宅街に立つ大ケヤキ。伐採をめぐって揺れている(撮影・亀松太郎)

「もう一つのトトロの樹」。そんな異名をもつ東京・西荻窪の住宅街の大きなケヤキが、伐採の危機に瀕している。

樹齢数百年とも言われる大ケヤキの高さは約25メートル。8階建てのマンションの屋根を超えるほどだ。そんな威容から長年、神社のご神木として祀られ、近くの住民に親しまれてきた。

しかし相続によって、敷地の持ち主が代わり、スーパーゼネコン・清水建設グループのデベロッパーの所有となった。その開発のため、大ケヤキは今年8月に伐採される予定となっている。伐採後は、新たにマンションが建設されるという。

近隣住民が大ケヤキの伐採計画を知らされたのは、6月後半のことだった。

「次の世代のために貴重な木を残してほしい」。そう考えた住民たちが集まり、伐採に反対する署名活動を開始。オンラインの署名は約1週間で7000件を超え、さらに増え続けている。

「本当に素晴らしいケヤキ。ぜひ一度、見にいってほしい」。署名活動に参加した住民の一人はそう話している。

大ケヤキはJR西荻窪駅から徒歩5分の住宅街にある。鉄道の高架のすぐそばにあるため、電車からも見ることができる(作成:亀松太郎・野村徳子)
大ケヤキはJR西荻窪駅から徒歩5分の住宅街にある。鉄道の高架のすぐそばにあるため、電車からも見ることができる(作成:亀松太郎・野村徳子)

高さ25メートルの大きなケヤキ

東京都杉並区。JR中央線・総武線の西荻窪駅の北口を出て、東へ5分ほど歩く。ベトナム料理店や紅茶カフェ、ちゃんぽん屋が軒を連ねる通りの向かい。工事用のフェンスで囲まれた敷地の中に、大ケヤキは立っている。

西隣には8階建てのマンションがある。

「ケヤキはこのマンションよりも高いんです。そこから推測すると、25メートルぐらいはあるんじゃないかと思います」

マンションの住民、横田政郎さんはそう語る。

その巨大さから、樹齢を数百年と推測する人もいる。少なくとも100年以上は生きてきたようだ。

というのは、杉並区教育委員会が1996年に発行した「杉並の小祠」という報告書に、明治時代の半ば(1890年ごろ)、このケヤキの根元から徳利(とっくり)が出土したいう故事が書かれているからだ。

「ご神木」として大切にされてきた

その徳利には、埼玉県秩父市にある三峯神社の神紋が入っていたという。そこで、敷地の持ち主は小さな祠(ほこら)を作り、ケヤキをご神木として祀るようになった。三峯神社(三峰神社)と称し、4月の例祭のときには、近所の人たちに甘酒やおしるこが振る舞われた。

「私有地にある神社ですが、昔は周りの人々に開放していたので、ケヤキの大木にさわることもできました」

そんな思い出を語るのは、大ケヤキの近くの家で70年近く暮らしてきた和田将志さんだ。

「小さなころからずっと見てきて、ケヤキがあるのが当たり前だと思っていたので、なくなるのが信じられません」

杉並区教育委員会の報告書「杉並の小祠」。三峯神社(三峰神社)の欅(けやき)の話が紹介されている(撮影・亀松太郎)
杉並区教育委員会の報告書「杉並の小祠」。三峯神社(三峰神社)の欅(けやき)の話が紹介されている(撮影・亀松太郎)

相続がきっかけでデベロッパーに売却

大ケヤキが立っているのは、杉並区西荻北2丁目の土地。個人の大きな邸宅があって代々継承されてきたが、2019年に先代がなくなると住む人がいなくなり、空き家となった。

相続された敷地は2023年3月、大規模な土地開発を手がけるデベロッパーに売却された。登記簿によると、清水建設グループの清水総合開発が土地の持ち分の95%を取得した。

約1カ月後、この土地の所有者が代わったことが周辺の住民にも伝わった。ただ、「ケヤキはご神木として長年守られてきたのだから、伐採されることはないだろう」と、多くの人は考えていた。

ところが6月19日、状況は一変する。

敷地の建物や樹木の「解体工事」を説明する書類が、隣のマンション住民の郵便受けに投函された。そこに、大ケヤキを含めたすべての樹木が伐採され、撤去される予定であることが記されていたのだ。

しかも計画では、樹木の伐採・撤去は8月に実施されるということだった。

近隣住民に配られた解体工事の計画書。その工程表に、樹木の「伐採・伐根」が8月に実施予定だと示されていた(撮影・亀松太郎)
近隣住民に配られた解体工事の計画書。その工程表に、樹木の「伐採・伐根」が8月に実施予定だと示されていた(撮影・亀松太郎)

拒否された住民への説明会

慣れ親しんだ大ケヤキがわずか1、2カ月で消えてしまう。驚いた住民の一部は7月6日、解体工事の窓口となっている日本ユナイテッドヘリテージの担当者と会い、マンション住民全体に対する説明会の開催を求めた。

「担当者は新しいマンションを建設するために、大ケヤキを伐採しなければいけないと語りました。そして、説明会を開くと約束し、清水総合開発らと調整すると説明しました」

住民の一人の熊本一規さんはそう語る。

しかし7月14日、日本ユナイテッドヘリテージの担当者から「説明会は開催できない」という断りの連絡が届いた。

住民たちは近くの飲食店に集まって対応策を協議し、大ケヤキを守るための署名活動をおこなうことを決めた。

伐採間近!西荻北2丁目・樹齢数百年のご神木けやきを切らないで!

オンライン署名サイト「change.org」にそんなタイトルのページが掲載されたのは、7月20日のことだ。街頭での署名活動も始まった。オンライン署名は7月29日17時の時点で7000件を超えている。

大ケヤキの伐採に反対する署名活動は、ネットと紙の両方でおこなわれている(撮影・亀松太郎)
大ケヤキの伐採に反対する署名活動は、ネットと紙の両方でおこなわれている(撮影・亀松太郎)

「もう一つのトトロの樹」と呼ばれるワケ

住民たちはインスタグラムX(旧ツイッター)といったSNSも活用。そこには、こう書かれている。

「もう一つトトロの樹、西荻けやきを守ろう!」

なぜ、この大ケヤキが「もう一つのトトロの樹」と呼ばれるのか?

実は15年前、同じ西荻窪で、樹齢100年以上と見られるケヤキがマンション建設のために、伐採されそうになったことがある。そのケヤキは近くの住民から「トトロの樹」として親しまれる存在だった。

住民たちが必死に署名活動をした結果、「トトロの樹」がある土地は杉並区に買い取られ、区立公園となった。

「こういう大きな木は、自然が少ない東京の街にとって、本当に大切な財産だと思います。この木に助けられたという声もたくさん聞きました」

「トトロの樹」の前でカフェを営み、その保存運動に奔走した山中啓倭子さんはこう語る。

いま伐採されそうな大ケヤキも、同じようにマンション建設のために消え去ろうとしている。そんな共通点から、西荻窪の住民たちは「もう一つのトトロの樹」と呼んでいるのだ。

西荻北4丁目の「トトロの樹」。杉並区が買い取って「坂の上のけやき公園」となった(撮影・亀松太郎)
西荻北4丁目の「トトロの樹」。杉並区が買い取って「坂の上のけやき公園」となった(撮影・亀松太郎)

なぜデベロッパーは大ケヤキを伐採するのか?

8月に伐採される予定の「もう一つのトトロの樹」。住民たちの反対運動が広がるなか、開発を進めるデベロッパーはどう考えているのだろうか。

大ケヤキの土地の所有者であり、解体工事の発注者でもある清水総合開発に取材を申し込んだ。対面での取材は実現しなかったが、同社管理本部の担当者から、文書で回答があった。

「当該敷地は、弊社らで集合住宅を建設する目的で取得したものです。取得に際し、弊社らも、欅の木の威容を目の当たりにし、まず、この欅を残した形での敷地活用計画を検討しました。しかし、敷地条件を鑑みると、建物の形状如何に拘わらず、欅の根の一部を切ることなしに計画を進めることができないことがほどなく分かりました」

このように、当初は大ケヤキを残すことを検討したと述べ、次のように続けた。

「大きな樹木の根の一部を切った場合、建物の完成直後はもとより、将来を見据えると、当該樹木の自立(安全)を担保できないとの見解が植栽業者から提示されたことを考え併せ、大変残念ではありますが、当該欅等の樹木は伐採させていただき、新たな植栽をもって本件計画を進めさせていただくことが良いとの判断に至りました」

大ケヤキの伐採を決めた理由について、清水総合開発はこう説明した。

清水総合開発に取材を申し込むと、文書(PDF)で回答があった。写真はそれを印刷したもの。担当者の個人名はこちらでモザイク処理した(撮影・亀松太郎)
清水総合開発に取材を申し込むと、文書(PDF)で回答があった。写真はそれを印刷したもの。担当者の個人名はこちらでモザイク処理した(撮影・亀松太郎)

住民への説明は「適切に進めてきた」

今後の事業計画については、「まだ詳細が定まっておらずお話しできる段階に至っておりません」としつつ、「新たな建物と新たな植栽を、是非とも地域の皆様に温かく見守っていただけるように、これから計画を詰めていきたいと考えております」と記している。

また、近隣住民への説明については、「杉並区の要綱、ご指導等に沿って適切に進めて参りましたが、ご要望に応じて引き続きご説明を続けております」と述べている。

一方、隣のマンションに住み、伐採反対の運動をする熊本さんは「適切な説明とは言えない」と反論する。

「(窓口となっている)日本ユナイテッドヘリテージの担当者に、マンション住民全体への説明会の開催を求めましたが、断られました。こちらの要望に対して、適切な説明はされていないのです。それ以降、特に連絡はありません」

大ケヤキの伐採を決めた清水総合開発は、清水建設の100%子会社。清水建設は単独売上高1兆円超のスーパーゼネコン。そのキャッチコピーは「子どもたちに誇れる仕事を。」(撮影・亀松太郎)
大ケヤキの伐採を決めた清水総合開発は、清水建設の100%子会社。清水建設は単独売上高1兆円超のスーパーゼネコン。そのキャッチコピーは「子どもたちに誇れる仕事を。」(撮影・亀松太郎)

指導を求める「要望書」を杉並区に提出

熊本さんたちは7月25日、杉並区役所を訪れ、解体工事の発注者などに適切な指導を求める「杉並区長あての要望書」を提出した。

要望書の中で、熊本さんたちは、発注者である清水総合開発などが説明義務を果たしていないとして、杉並区の「解体工事に関する指導要綱」に違反していると主張している。

また、杉並区の「みどりの条例」にも違反していると主張する。

「みどりの条例の9条には、『何人も、現存する樹木を保全するよう努めなければならない』と書かれています。しかし、発注者などは樹木保全の努力をしていません」(熊本さん)

2008年に「トトロの樹」の保存運動にたずさわった山中さんは、「もう一つのトトロの樹」の署名活動にも参加している。

大きなケヤキがよく見えるカフェのテーブルに、「もう一つのトトロの樹」の保存を呼びかける署名用紙。その脇のカードにこんな言葉が書かれていた。

「すばらしいケヤキです」「一度 見に行っていただきたいです」

2008年に守られた「トトロの樹」の前のカフェに置かれた署名用紙。カフェ店主の山中啓倭子さんは「もう一つのトトロの樹を直接見て、その素晴らしさを感じてほしい」と話している(撮影・亀松太郎)
2008年に守られた「トトロの樹」の前のカフェに置かれた署名用紙。カフェ店主の山中啓倭子さんは「もう一つのトトロの樹を直接見て、その素晴らしさを感じてほしい」と話している(撮影・亀松太郎)

記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者を経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長として報道・言論コンテンツを制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースを配信。さらに、朝日新聞運営「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを買い取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営。在住する東京都杉並区のニュースを取材している。

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