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「清水建設 宮本洋一会長、西荻窪のご神木のケヤキを覚えていますか」老木の保存を願う住民が伝えたいこと

亀松太郎記者/編集者
大ケヤキから切断された枝がクレーンで運ばれていく(撮影・亀松太郎/12月13日)

「清水建設株式会社 代表取締役会長 宮本洋一さま

 突然、お手紙を差し上げる失礼をご容赦下さいませ。

 日本経済新聞に、ちょうど1年ほど前に掲載されました宮本さま「私の履歴書」を拝読したことがきっかけとなりお便りしております。

 私は、西荻北2丁目に御社グループである清水総合開発株式会社が、今春より手がけておられる旧市川邸の大木・けやきを守る会有志のひとり・・・」

そんな書き出しで始まる手紙が、東京都内のポストに投函された。昨年12月のことだ。差出人は、杉並区の西荻窪に住む横田まさおさんである。

横田さんが清水建設の宮本洋一会長にあてて書いた手紙の控え(撮影・亀松太郎)
横田さんが清水建設の宮本洋一会長にあてて書いた手紙の控え(撮影・亀松太郎)

日本を代表する建設会社・清水建設の子会社がマンション建設のために進める工事によって、樹齢300年ともいわれる大ケヤキが切り倒されようとしている。それをなんとか止めたいという一心で、清水建設の会長室あてに送った手紙だった。

しかし宮本会長からの返事はなく、約1年がすぎた。

そして、この12月13日から、高さ約30メートルの大ケヤキの伐採が始まった。長い枝が次々と切られていった。いよいよ14日には、直径1.5メートルの太い幹がチェーンソーで切断されそうな勢いだ。

※参考記事:保存署名の「大ケヤキ」伐採工事が始まる 東京・杉並

清水建設の会長あての手紙に書いた「夢」

宮本会長にあてた手紙の中で、横田さんは、この大ケヤキが古来、小さな神社のご神木として、近くの住民に親しまれてきたことに触れている。関東大震災(1923年)や東京空襲(1945年)からも生き延びた、貴重な「みどり樹木財」なのだと記した。

その上で、次のような「夢」を書きつづった。

「私は、清水総合開発が開発計画されているあの区画を、杉並区にお譲りいただき、仮名・清水(きよみず)緑地公園とし、西荻北及び近隣地区の子供たちに開放する事を夢みております」

横田さんは、地元住民からの寄付やクラウドファンディングなどのアイデアをあげながら、「その可能性に向けての、何らかのアドバイス、ご意見を宮本さまから賜れればとの思いで、ご連絡差し上げました」と、私信を送った理由を伝えた。

実は、宮本会長への手紙には、もう一つ、別の理由がある。それは、宮本会長が、この大ケヤキがある西荻窪で幼少期を過ごしたという事実だ。

「西荻駅の周辺は、私にとって懐かしい街」

日本経済新聞の「私の履歴書」。各界の著名人の出生から現在に至るまでの半生を描く名物コラムだ。その2022年11月のシリーズに登場したのが、清水建設の宮本会長だった。

日本経済新聞の連載コラム「私の履歴書」。2022年11月4日に掲載された回で、清水建設の宮本洋一会長の生い立ちが紹介された(撮影・亀松太郎)
日本経済新聞の連載コラム「私の履歴書」。2022年11月4日に掲載された回で、清水建設の宮本洋一会長の生い立ちが紹介された(撮影・亀松太郎)

4話目のタイトルは「杉並」。宮本会長が西荻窪で過ごした少年時代の思い出がつづられている。

「幼少期のホームタウンは東京・杉並の宿町(しゅくまち)(現在の桃井、善福寺、上荻、西荻北の一部)。当時周辺は畑や田んぼが広がって農家の馬車も通り、道によく馬糞(ばふん)が落ちていた」

「5歳になり、西荻窪駅近くにあるミッション系の西荻幼稚園(現西荻学園幼稚園)に入った。記憶にあるのはクリスマス会。当時歌った賛美歌は今でも歌える。そのクリスマス会は善福寺の東京女子大のチャペルを借りて開かれた」

「西荻窪駅の周辺は、中央線が高架になり、昔とは様変わりしているが、私にとっては懐かしい街である」

宮本会長が通った幼稚園と大ケヤキの距離は約300メートル。目と鼻の先といってもよい近さだ。「三峯神社のご神木だったケヤキを見上げたことがあるはずです」と、横田さんは推測する。

清水建設は「子どもたちに誇れるしごとを。」というコーポレートメッセージを掲げ、SDGsにも力を入れている(撮影・亀松太郎/2023年6月)
清水建設は「子どもたちに誇れるしごとを。」というコーポレートメッセージを掲げ、SDGsにも力を入れている(撮影・亀松太郎/2023年6月)

近隣住民の保存運動で「伐採延期」に

この大ケヤキは、年間売上高2兆円のスーパーゼネコン・清水建設の100%子会社である「清水総合開発」が、マンション建設のために購入した土地に立っている。

昨年8月に伐採される予定だったが、住民の保存運動が起き、1万件以上の署名が集まった。さらに、杉並区から清水総合開発に対して、「樹木の保存」や「樹木医の診断」を求める要望が出された。

そんな動きを受け、大ケヤキの伐採はいったん延期となった。

その後、清水総合開発は複数回、樹木医の診断を実施。今年10月、近隣住民向けの説明会を開き、「木の根元の腐朽が進行して、非常に危険な状態のため、伐採するほかないと判断した」と説明した。

一方、大ケヤキの保存を求める住民からは「我々が依頼した樹木医の引っ張り試験では、倒木の恐れはないという診断が樹木が出ている」という反論が出たが、清水総合開発は「安全確保のために伐採するしかない」という主張を続けた。

その説明会の最後、横田さんが手を挙げて質問した。

「清水建設の宮本会長が西荻北のご出身ということはご存知ですか?」

清水総合開発の担当者たちは虚をつかれたような表情を浮かべて「存じ上げません」と答えた。横田さんは「そうですか」と言いながら、こう続けた。

「宮本会長は(三峯神社があった)庭で遊んでおられたのではないかと思います。僕は会長にお手紙を書いたんです。一度、会話していただけると嬉しいです」

杉並区教育委員会の報告書「杉並の小祠」。三峯神社(三峰神社)の欅(けやき)の話が紹介されている。4月の例祭のときには、近所の人たちに甘酒やおしるこが振る舞われたという(撮影・亀松太郎)
杉並区教育委員会の報告書「杉並の小祠」。三峯神社(三峰神社)の欅(けやき)の話が紹介されている。4月の例祭のときには、近所の人たちに甘酒やおしるこが振る舞われたという(撮影・亀松太郎)

「切った木を残してもらえると希望がつながる」

大ケヤキの伐採工事は12月13日の朝から始まった。高所作業車に乗った作業員が、クレーンから垂れたロープを枝の周りに巻きつけて落下しないようにして、チェーンソーで枝を切っていく。

敷地の前の道路では、スマホで伐採の様子を撮影している住民たちもいた。

「木が切られるのを見て、涙が出るのは初めて」

「切られた木を少しでも残してもらえると、希望がつながる感じがする」

「切った枝を希望する人に配ってもらえたらいいのに」

そんな声が聞こえてきた。

足を止めるのは、大ケヤキの伐採に反対している人ばかりではない。前日に作業の様子を見ていた女性は「私は切るのに賛成」と話していた。

「近所に住んでいるけれど、強い風が吹いたときに(ケヤキの枝や葉が)が揺れる音が大きくてうるさいと思っていたから」

同じ日に話を聞いた男性は「ニュースで知って、切られる前に見にきたんですが、想像以上に力強い樹木でした」とコメントしていた。

だが、大ケヤキの前を通る人々のほとんどは、立ち止まらない。大ケヤキを見上げることもなく、スタスタと通りすぎていく。

大ケヤキはJR西荻窪駅から徒歩5分の住宅街にある。鉄道の高架のすぐそばにあるため、電車からも見ることができる(作成:亀松太郎・野村徳子)
大ケヤキはJR西荻窪駅から徒歩5分の住宅街にある。鉄道の高架のすぐそばにあるため、電車からも見ることができる(作成:亀松太郎・野村徳子)

もしいま清水建設の会長に質問できたら?

いよいよ、本格的な伐採が進められようとしている。

大ケヤキ自身はなにを思っているのだろうか。「どうか切らないでほしい」と願っているのか、それとも「もう十分に長く生きることができた」と満足しているのか。

当然ながら、その声を聞くことはできないのだが。

「もしいま、宮本会長に質問できるとしたら、何を聞きますか?」

12月13日の夜、横田さんにたずねると、こんな答えが返ってきた。

「西荻窪のご神木のケヤキを覚えていますか、と聞いてみたいですね」

ご神木だった大ケヤキの「歴史」がわかる動画(近隣住民提供)

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記者/編集者

大卒後、朝日新聞記者になるが、3年で退社。法律事務所リサーチャーやJ-CASTニュース記者を経て、ニコニコ動画のドワンゴへ。ニコニコニュース編集長として報道・言論コンテンツを制作した。その後、弁護士ドットコムニュースの編集長として、時事的な話題を法律的な切り口で紹介するニュースを配信。さらに、朝日新聞運営「DANRO」の創刊編集長を務めた後、同社からメディアを買い取って再び編集長となる。2019年4月〜23年3月、関西大学の特任教授(ネットジャーナリズム論)を担当。現在はフリーランスの記者/編集者として活動しつつ、「あしたメディア研究会」を運営。在住する東京都杉並区のニュースを取材している。

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