韓国大統領選で政権交代 ズバリ「文在寅大統領は捕まるのか」
9日に行われた韓国大統領選。
最大保守党「国民の力」から出馬した尹錫悦候補の勝利に終わった。革新系からの政権交代が起きたのだ。
選挙前から周囲の方々に話を聞きながら「日本での関心はどこにある?」という点を探ってきた。
韓国国内では「不動産政策(家が高すぎて買えない)」や「社会での公正の実現」などが争点だったが、当然のごとく日本での関心は違った。
対日関係はどうなるのか。北朝鮮との関係は?
あわせて、この話題が多く出てきた。
「文在寅大統領って逮捕されるの?」
韓国は大統領の前任者が逮捕される国。確かに日本ではそんなイメージがあるだろう。特に昨年下半期は朴槿恵氏が釈放され、獄中の李明博氏が治療のために入院、さらに全斗煥、盧泰愚という1990年代の逮捕経験者が亡くなったというニュースが日本でも流れた。
では、政権交代が実現した今回はどうなるのか。結論から言うと「兆候なら、ある」。
”ゴミ掃除”を「やる。やらなきゃいけない」
当の尹錫悦氏がこう発言しているのだ。以下、2月9日の「中央日報」とのインタビューでの発言。
”積弊(せきへい=チョクペ)”。日本語ではあまり使われない漢字語だ。「積み重なったちり・ごみ」という意味。韓国政治的に言うと「ふさわしくない人」。
これを清算するというのだ。
元々は金泳三政権(1992年~97年)で最初に使われた。前任者であり、政治的宿敵だった盧泰愚、そしてその前の全斗煥は「積弊」であり、捜査の対象だった。
この言葉が韓国で大きな注目を浴びるのが、2010年代中盤からだ。2014年4月16日にセウォル号沈没事故という痛ましい事故が起きた。この際、当時の朴槿恵大統領が「積弊を排除する」と発言。船長が被害者となる高校生を置いて事故現場から逃げるなど、事故の背景になるような社会の性質に釘を刺す、という意味だった。
しかし朴槿恵大統領は2016年10月に表面化した「チェ・スンシルゲート」事件により、2017年3月10日に罷免、21日から取り調べが始まり31日に拘束された。朴氏本人が「積弊」となったのだ。この件で検察側として捜査チームに抜擢されたのが…当時、朴政権との対立で地方に左遷されていた尹錫悦氏だった。
その後、2017年に当選した文在寅大統領が初めて公約に「積弊清算」を織り込んだ。尹氏は文政権により検察総長に採用される。両者は当初は”味方”の立場にあったものの、その後文政権による「検察改革」を巡って対立。尹氏は検察の世界を飛び出し、今回の立候補に繋がった。
- 検察総長辞任時の尹錫悦氏
尹錫悦と文在寅、両者は複雑に絡む関係にある。
”やらなきゃいけない”と答えた上記の「中央日報」とのインタビューで、尹錫悦氏で"自問するように"こう話したのだという。
「私が文在寅政権の初期にやったこと(積弊清算の捜査)は、大統領の司令を受けて、(保守派への)報復をしたということなのか」
「(現文在寅政権は)自分たちの政府の時、初期に行ったことは憲法の法則に従ったものであり、次の政府(新たな尹政権)がやれば自分たちの不正と不法に対する報復なのか」
さらにより具体的な方針を示すことで「清算への本気度」を伝えた。
「検察の捜査は司法部の牽制、統制を受けながら法の手続きに沿って行われる」
文在寅大統領「強力な怒り」「謝罪要求」
この発言に文在寅サイドが”激怒”した。
2月10日、大統領府の参謀会議で「強く抗議していた」と関係者が伝えている。
「尹氏は中央地検長、検察総長在職時にはこの政府に積弊がいることを見つけられなかったということか? でなければ積弊を企画モノとして作っていくということなのか。答えてもらわないと」
「現政府に対し、根拠なく積弊捜査の対象とし、それを不法に煽ることに対し強力な憤怒を表し謝罪を要求する」
韓国メディアの多くが「異例」と表現した強い反応だった。
尹氏は懲りず「公務員がターゲット」
これに対する、尹候補の陣営「国民の力」の反応はクールなものだった。
「気分が悪いとしたら、それが積弊でしょう」(イ・ジュンソク代表)
尹氏もまったく「懲りない」。
2月13日、韓国行政学会と韓国政策学会、中央日報が共同開催した討論会にて、就任時には確実に「公務員」をその矛先にすることを公言している。
「政治陣営に媚びへつらい、忠誠を誓って出世を狙う人に対しては新しい政府がその正しくない行いを見つけ出し、観察するのは正常な過程」
「そういった公務員たちは取り除かなければならない。国家と国民に対する害を及ぼす弊害が非常に大きい」
偉い人にヘコヘコばっかりしてる人は許さない、と。
韓国メディアは「具体的には職権濫用罪を適用しての捜査となる」と見ている。
ただし尹氏はこれについて「過度なことはやらない」とも明らかにした。
「多くの公務員は、行政指導について処罰を受けるのではないかという不安を持っているようだが、そこまで刑法を拡大解釈するものでもないとも見ている」
文氏に捜査及ぶか…「原発関連データ偽造疑惑」
では、実際のところこの尹氏側の「意気込み」は実現可能なのだろうか。
韓国一般紙政治部の元デスクは言う。
「韓国で大統領の前任者が無傷だったことはないですよね…この5年間、野党に留まってきた保守系とすれば復讐心もあるでしょう。ただし、大統領選では敗れたものの、国会では引き続き革新系が絶大な力を持っている。簡単ではないと思います」
確かにそうだ。大統領と議会は「ねじれ」の構造になる。
2020年の総選挙の結果、全議席300の割合は「革新系180、保守系103」となっている。尹大統領は「積弊清算」を進めるにも猛烈な反対を覚悟せねばならない。
そして何より重要なのは「疑惑・不正があるのか」という点だ。当然のごとく「何もないのに捕まえられない」。夕刊の経済紙「アジア経済」社会部のキム・ヒョンミン記者は「あくまで個人的な意見」としてこう言う。
「この件については多様な意見がありますが、個人的には『ない』と見ています。理由は拘束に値する容疑がない、という点です。唯一あるとすれば、慶尚北道の月城(ウォルソン)にある原発閉鎖正式決定(2019年12月)関連の疑惑でしょう。早期の閉鎖決定の根拠となった『経済効果データ低評価偽造』疑惑です。この裁判の結果『大統領の関与があった』となったとなれば、捜査が及ぶ可能性が出てくるでしょう」
- 関連ニュースを報じるKBS
これは2018年4月上旬に始まった出来事だ。脱原発を進める文政権は事故の多かった月城原発の1号機の早期閉鎖を望んでいた。この頃、文在寅大統領が補佐官に「閉鎖は決まったの?」と質問したとされる。
閉鎖には世論の納得が必要だ。その後大統領側に提出された資料を作成した産業通商資源部所属の公務員が「文在寅政権の意向を酌んで採算性を意図的に低く評価した疑い」をかけられている。要は大統領への忖度で「1号機は儲かりませんよ」と虚偽報告した疑いだ。
2020年10月20日に大田地方検察庁が捜査を開始した。ちなみにこれを指示したのは…当時検察総長だった尹錫悦氏。当時から政権側は「尹氏は”政治”をやっている」と猛反発していた。
その後の捜査の結果、公務員2人が2021年6月に証拠隠滅の疑いなどで起訴された。この裁判の行方次第で、文在寅大統領への捜査の可能性も出てくるのではないか。つまり「文大統領側からの指示や関与があったのか」。
ちなみにこの公務員こそが、尹氏が選挙戦中に口にした「権力にヘコヘコする公務員」と一致する。さらに尹氏は「原発推進」も公言する立場だ。
尹氏は”やる気”だ。しかしいざ検察による捜査着手となった際、いまだ国会で絶大な力を誇る革新系の反発はどれほど熾烈になるだろうか。5月10日に就任後、確実にひとヤマありそうだ。
【参考記事:韓国の「前大統領壮絶史」ふりかえり 4人が刑務所行き 歴代大統領の41.5%に検察出頭歴あり(筆者による)】