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2015年冬 ひと味違う「注目CM」はこれだ!

碓井広義メディア文化評論家

テレビ番組もそうですが、CMは時代を映す鏡です。その時どきの世相、流行、社会現象、そして人間模様までをどこかに反映させています。 この冬、流されているCMの中から、注目作を選んでみました。

中外製薬 「風で吹きこまれるいのち」篇

不思議なものを目にした時、人は瞬時にして過去の体験を振り返り、記憶のデータベースを検索し、類似した何かを探そうとする。このCMを見た人の多くもそうするはずだ。しかし、残念ながら結果は芳しくない。何物にも似ていないからだ。

組み上げられた無数のプラスチック・チューブが、まるで動物の骨格のように動き、砂浜を歩行する。しかも船の帆のような白い布が横に広がっている。そう、この“生きもの”の動力は風なのだ。動いては止まり、止まっては動く予測不能なテンポは、風の吹くままを体現したもの。まさに“風で吹きこまれるいのち”だ。

「新しい世界は、見たこともない創造から始まる。」というコピーにふさわしく、見る者のイマジネーションを強烈に刺激するこの作品。タイトルは「砂浜の生物」を意味する「ストランドビースト」で、作者はオランダの芸術家、テオ・ヤンセンである。風がやみ、一瞬立ち止まったビーストが見る夢は、果たして、未来か、それとも過去か。

ペプシ 「桃太郎Episode.2」篇

ペプシネックスゼロのCM「桃太郎エピソード・ゼロ」篇は衝撃的だった。いきなり現れた「巨大な鬼の一族」。島の住民をおびやかす彼らの全身は赤黒く焼けただれ、ぶすぶすと煙を立ち上らせていた。なぜ侵略するのかも不明であり、その存在自体が実に怖かった。

立ち向かうのは小栗旬さんが演じる桃太郎だ。伝説にのっとり、犬、サル、キジなどの仲間を集めて鬼が島へと向かう。いずれの動物も人間の姿をしており、それぞれに得意技を持っている。

今回の「エピソード2」で描かれるのは、犬が背負っている過去だ。狼に育てられた人間の赤ん坊だった彼。だが、成長した時、母親狼は鬼に殺されてしまう。青年は母の形見を身に着け、自らを「犬」と名乗って復讐を誓った。

想像力をかき立てるストーリー。スタイリッシュな映像。ハリウッド並みの精緻なVFX。長編映画の一部を見ているような贅沢感が広がっていく。この冬も、「その先が見たくなる」CMの代表格だ。

TOTO 「ネオレスト 菌の親子」篇

ネット社会を痛烈に批判した『ネット・バカ』の著者ニコラス・G・カー。その新作が『オートメーション・バカ』だ。飛行機から医療まで、社会のあらゆる部分が「自動化」された現在、利便性に慣れるあまり、それなしではいられない事態に陥っていないかと警告する。

カーの言い分も分かるが、こと温水洗浄トイレに関しては譲れない。悩める人々に福音をもたらした世紀の発明品だと思っている。1982年に登場した、戸川純さんの「おしりだって、洗ってほしい。」というCMも衝撃的だった。コピーは巨匠・仲畑貴志さんだ。

その後も進化を続け、新製品では見えない汚れや菌を分解・除菌し、その発生さえ抑制するという。これではトイレに生息する“菌の親子”、ビッグベンとリトルベンもたまったものではない。

除菌水の威力を見た息子菌(寺田心くん)が言う、「悲しくなるほど清潔だね」のせりふが泣けてくる。ごめんね、リトルベン。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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