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中国で愛され続ける『ドラえもん』 なぜ中国人学者は新種の化石に「のび太」と命名したのか?

中島恵ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 中国・四川省で発見された新種の恐竜の足跡化石に、中国人学者が、日本の人気アニメ『ドラえもん』の「のび太」に由来する学名をつけたことが日中両国で話題となっている。

中国で新種発見、肉食恐竜の足跡化石に「のび太」の名前がついた

 その化石の学名とは「エウブロンテス・ノビタイ」。学名はラテン語の文法で表記されることになっており、「のび太」に人名を示す接尾辞「イ」をつけて、「ノビタイ」と命名された。

名づけたのは39歳の研究者

 名づけたのは、この化石を発見した中国地質大学の准教授で、同大学化石研究チームのメンバーでもある邢立達(シン・リーダー)氏。

 邢(シン)准教授は1982年生まれの39歳。幼い頃から日本のアニメ『ドラえもん』が大好きで、2020年に中国で公開された『映画ドラえもん のび太の新恐竜』の中で、のび太が新種の恐竜に自分の名前をつけたことから、今回の命名につながったという。

 邢准教授は今回の命名に関して公開したメッセージの中で、「のび太とドラえもんは多くの中国の子どもたちにとって、非常に大きな存在です。(中略)ドラえもんは私にとってもかけがえのない楽しい子ども時代の思い出です。感謝の気持ちをこめて、新発見のこの化石に『のび太』の名前をつけました」と語っている。

 この邢准教授のように、中国の20代、30代の若者にとって、『ドラえもん』はとくに大きな存在であり、今も絶大な人気がある。

90年代から中国のテレビで放送開始

 中国のテレビで日本アニメ『ドラえもん』が放送開始されたのは1991年。今から30年も前のことであり、ちょうど1980年代前半生まれの子どもたちが小学生くらいだった頃だ。

 当初は『機器猫』(機械の猫)と翻訳されたが、その後、『小叮当』(ドラえもんが首につけている鈴の音のイメージ)、そして、『哆啦A梦』(日本語に近い発音)に変わり、現在でも中国語では『哆啦A梦』と呼ばれている。この名前を知らない中国人は、中国中を探してもほぼいない、といってもいいほど有名だ。

 2000年代、中国では国産アニメの保護・育成などを理由に、テレビで日本など海外アニメの放送をしなくなったが、ネットでは視聴することができ、『ドラえもん』人気はこの30年間、まったく衰えることがなかった。

 記憶に新しいのは、2015年に中国で公開された映画『STAND BY ME ドラえもん』(中国語タイトルは『伴我同行』)の爆発的な大ヒットだ。

 同映画は2014年に日本で公開され、日本でも大ヒットとなったが、日本での最終興行収入は約84億円だった。それに対し、中国での最終興行収入は5.28億元(約105億円)と本家の日本の記録を大幅に超え、中国で公開された日本映画として歴代1位を記録した。

 テレビでは長い間、放送禁止となっていたが、ネットで視聴していた長年のファンたちがスクリーンで見ようと殺到した証拠だろう。

 なぜ、中国で『ドラえもん』はこれほどまでに人気があるのか?

 中国の20代、30代に話を聞いてみると、多くの人たちが語るのは、「ドラえもんが自分の心の拠り所だった。友だちや親友、兄弟のような、かけがえのない存在だったから」という言葉だ。

中国の30代以下は一人っ子

 中国政府が1980年以降、2015年まで「一人っ子政策」を実施していたことは周知の通りだ。

 前述した化石を発見した邢准教授も1980年代生まれなので、一人っ子世代に当たるが、彼らは両親から大事にされていたものの、両親は共働きで、兄弟や姉妹がいない家庭環境で育った人が多い。

 受験競争が激しいことから、中国では、学校内では友だちができても、日本の小学生のように、放課後に公園に寄り道して遊ぶ、というような経験はほとんどない。

 外で思いっきり遊ぶ友だちも、家でケンカする兄弟もいない、勉強漬けの日々の中で、ひとりで家のテレビで見ていたのが日本のアニメ『ドラえもん』であり、ドラえもんが数少ない、心の友だちだったのだ。

 また、ドラえもんの相棒、のび太に共感したという若者も多い。

『ドラえもん』が中国のテレビで放送されていたころ、中国にはまだ独自のアニメというものはほとんどなかったが、中国の物語で主役となる役柄といえば、力強い存在、成績優秀で目立つ、特別な才能を持った人であることが当然だった。

 だが、ドラえもんと一緒に、ほぼ主役級の役柄として登場するのび太は、そうした輝かしい存在とはまるで正反対だ。

ダメなのび太に共感

 のび太といえば、勉強はダメ、スポーツも苦手で、気が弱い。何をやってもトップになるようなことはない、平凡で目立たない少年だ。心は優しく、正義感もあるのだが、どこにでもいるような普通の子どもに過ぎない。しかも、多くの中国人と同じく「一人っ子」だ。

 中国ならば、のび太は間違いなく「負け組」の部類に入るだろう。どう考えてもアニメの主役になれるような“立派”な人間ではない。しかし、そんなのび太が、なんと日本のアニメではほぼ主役級となって、ときにはスカッとするようなことをする。

 のび太がドラえもんと一緒にトラブルを解決したり、夢のようなことを叶えたりするところに、中国の若者たちは共感し、感動した。弱い自分自身と重ね合わせ、夢や希望を持って、弱肉強食の厳しい中国社会で生きることができたのだ。

 だからこそ、『ドラえもん』は今も中国で「特別なアニメ」であり、愛され続けているのである。

 以前、広東省の日系企業の工場で取材した若者は、社長(日本人)が日本からお土産に買ってきてくれたどら焼きを初めて見て感動し、日持ちしないのに、わざわざ故郷の両親に郵送した、という話を聞いたことがある。

 それくらい、ドラえもんは中国の若者の心を掴んでいた。

 それにしても、まさか中国で発見された新種の恐竜の化石に「のび太」の名がつけられる日が来ようとは……。作者の藤子・F・不二雄さんもきっと天国で驚いていることだろう。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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