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消費増税の使途変更のウラ事情

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
2016年6月1日に消費増税の再延期を表明した安倍首相。今度はどう表明するか。(写真:ロイター/アフロ)

安倍晋三首相は、9月25日に、消費増税による増収分の使途を変更するとともに、2020年度の財政健全化目標の達成を先送りすることを表明する見通し、と報じられている。

高齢者だけでなく現役世代にも手厚い「全世代型社会保障」を掲げ、消費税率を10%に引き上げる際に借金返済に充てる予定だった財源を、子育て支援や教育無償化など歳出拡大に振り向ける意向で、これにより財政収支が悪化することから、2020年度の基礎的財政収支を黒字化する財政健全化目標を先送りするという。

そもそも、2012年の民主・自民・公明3党合意に基づく社会保障・税一体改革では、消費税増税時の増収分は、全額社会保障財源に充てることとした。消費税率5%から8%への増収分(2017年度で8.2兆円)は、すべて社会保障財源となっている。そして、2019年10月に予定されている10%への増税時の増収分も、新たに社会保障財源とすることとしている。

目下の予定では、5%から10%への増税による増収分14兆円のうち、社会保障の充実に2.8兆円(税率1%分に相当)、残り11.2兆円を社会保障の安定化に使うこととされている。この社会保障の安定化とは、具体的にいえば、基礎年金の国庫負担の財源不足の穴埋め(国庫負担割合の2分の1への引上げ)に3.2兆円、消費税率引上げに伴う社会保障4経費増への対応に0.8兆円、後代への負担のつけ回しの軽減に7.3兆円である。後代への負担のつけ回しの軽減とは、目下の社会保障経費を赤字公債等で賄っているところを、消費税の増収分で賄えるようにすることである。赤字公債の発行が抑制できる分、今の社会保障給付から恩恵を受けられない将来世代が負う借金返済の負担を軽くできることになる。

この後代への負担のつけ回しの軽減分7.3兆円の一部を、子育て支援や教育無償化など歳出拡大の財源に充てようという話が出てきた。「全世代型社会保障」の理念を打ち出し、高齢者偏重を見直して現役世代向け施策を拡充するため、財政収支の改善が遅れることから、2020年度の財政健全化目標の達成を先送りする。そうした説明だ。

表向きはそうだ。しかし、実情はむしろ正反対。2019年10月に予定通り消費税率を10%に引き上げても2020年度の財政健全化目標の達成が困難となり、その未達は「アベノミクス」の失敗が原因と批判されるのを恐れて、目標達成の先送りの口実として「全世代型社会保障」を掲げて、借金返済に充てる予定の財源を歳出拡大に充てる。これが実情ではなかろうか。

その痕跡は、過去の議論の経緯にいくつも残されている。まず、「全世代型社会保障」は今回初めて示された考え方ではない。社会保障・税一体改革における社会保障改革の具体策を検討した社会保障制度改革国民会議が2013年8月に取りまとめた報告書に、「全世代型の社会保障に転換することを目指」すと記された。4年前のことである。前掲の消費税増税時の増収分を借金返済(後代への負担のつけ回しの軽減)に充てることも、これを踏まえて決めていたことだった。

消費税率の10%への引上げは、2012年8月に民主・自民・公明3党が賛成し、2015年10月に行うことが決まったが、2度にわたり延期された。さらに、2016年8月には、完全失業率が3%まで下がる中、事業規模28.1兆円(うち財政支出13.5兆円)の経済対策を発表し、財政出動した。その結果、2014年6月に「基本方針2014」として安倍内閣が閣議決定していた2020年度の財政健全化目標の達成が見通せなくなった。

2020年度の基礎的財政収支の赤字は、2016年7月時点での内閣府の見通し(中長期の経済財政に関する試算)では、5.5兆円にまで縮小したのに、2017年1月時点の見通しでは8.3兆円に拡大した。その背景には、内閣府の見通しよりも名目経済成長率が低かったことがある。「アベノミクス」で経済成長を喚起し、インフレ目標を掲げて物価上昇率を2%まで引き上げることを目指したにもかかわらず、である。

このままでは、2020年度に財政健全化目標が達成できず、さりとて目標達成をあきらめると、「アベノミクス」ではデフレ脱却と経済成長促進がうまくいかなかったことを自ら認めたと解される。消費増税を2度も先送りしたものの降ろさなかった2020年度の財政健全化目標の達成という旗を、どうすれば守れるか。

今年6月に閣議決定した「基本方針2017」で、2020年度の財政健全化目標の書きぶりを、「基礎的財政収支を2020年度までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す。」と改めた。基礎的財政収支を黒字化できなくても、債務残高対GDP比が下げられれば、目標は達成できたことにする。そうとも読めるような文言だ。この文言のいきさつは、拙稿「消費増税『3度目延期』の布石は打たれたか 骨太方針2017で財政健全化棚上げの危機」で触れられている。

しかし、債務残高対GDP比を引き下げるにしても、基礎的財政収支を大幅に改善できなければ実現できない。この文言で、目標のハードルを下げたつもりだったがそうではなかった。その根拠は、拙稿「財政健全化目標を債務対GDP比に代えてもぬか喜び」に示されており、財政健全化目標を、基礎的財政収支に代えて債務対GDP比としても、財政収支改善の必要性から決して逃れることができない様がわかる。

もはや、消費税率を10%に上げても、歳出の大幅に抑制しなければ財政健全化目標を2020年度に達成できない。目標が達成できなかったのは「アベノミクス」が失敗したからではない、と理解される「論理」が必要となった。それが、「全世代型社会保障」を強化するため財政収支の改善が遅れることから目標達成を先送りする、という説明だったのか。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

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