ジャニーズ事務所・宝塚、相次ぐ大手法律事務所の「不祥事対応の失敗」は、何を意味するのか
2023年は、ジャニーズ事務所(現在では、社名を「SMILE-UP.」と変更)と宝塚歌劇団という、芸能関係の組織で「不祥事」が表面化し、大きな社会問題となった。
ジャニーズ事務所は、創業者で前社長のジャニー喜多川氏による未成年者に対する性加害問題、宝塚歌劇団は、劇団員が死亡し、その原因が、過酷な長時間労働、いじめ・ハラスメントによる自殺だと遺族側が訴えた問題だった。
それぞれ「不祥事対応」を行う立場となったが、ジャニーズ事務所の問題では西村あさひ法律事務所、宝塚の問題では大江橋法律事務所という、それぞれ東京・大阪では最大手の法律事務所の弁護士が、弁護士名・事務所名を明らかにして関与したものの、いずれも、その対応自体に関して新たな批判を受けた。「不祥事対応の失敗」と言わざるを得ない。
二つの事例は、このところ、多くの「企業不祥事」において、弁護士業界にとって大きなビジネスとなっている「不祥事対応」関連業務の在り方を考える上で重要な先例だと言える。各事案における弁護士の対応や公表された調査報告書等について問題点を指摘し、その背景についても考えてみることとしたい。
ジャニーズ事務所・宝塚の問題は「巨大不祥事」化が必至だった
ジャニーズ事務所は、国内で最大手の「芸能プロダクション」会社である。創業者で前経営者であるジャニー喜多川氏が数十年にわたって多数の未成年者に性加害を行っていたというものであり、過去に例がない程の重大な性犯罪であるが、加害者本人は、生前には批判非難もされないまま既に死亡している。しかも、性加害の事実について暴露本が出版され、民事判決でも認定されるなどしていたのに、ジャニーズ事務所とメディアやスポンサー企業との関係などから性加害問題が報じられることはなく、死亡時にも、稀代の名芸能プロデューサーとして称賛されていた。
英国BBCで報道され、国連の人権理事会の調査の対象とされるなど、言わば「外圧」によって重大な問題と認識され、その社会的非難はジャニーズ事務所という企業に集中し、「巨大不祥事化」しつつあった。
その結果、「ジャニーズ事務所」という当事者企業の存続自体が許されなくなる可能性も考えられた。その場合、不祥事対応の依頼者と受託者の関係という面で、あり得ない事態となる。
一方、宝塚歌劇団は、関西でも有数の企業グループである阪急阪神ホールディングス(その子会社の阪急電鉄)の事業部門の一つである。劇団員の育成、公演の催行等の業務は「歌劇団」内部で完結し、外部の組織との関係が希薄であるが、一方で、その「歌劇団」の組織は、独立性がない大企業の一部門に過ぎず、法人格もない。
長時間労働、パワハラによる自殺という問題自体は、過去にも多く発生している。遺族側が問題にすることがなければ、社会問題化することは殆どない。しかし、人の命が失われた問題であるだけに、遺族側の対応如何では大きな問題ともなり得る。特に当該組織の社会的認知度が高い場合には、注目度が一気に高まる場合もある。過去の例でいえば、「高橋まつりさん過労死問題」が電通の違法残業問題として大きな注目を集め、労働基準法違反の刑事事件に発展し、厳しい社会的批判を受けた事例が、その典型である。
宝塚の問題も、遺族側がいじめ・ハラスメントが自殺の原因だとして真相解明を強く求めており、しかも、遺族側の代理人弁護士は、過重労働・ハラスメント問題の専門家で、電通の問題でも徹底追及を行った川人博弁護士である。しかも、当事者の宝塚歌劇団は、多くの熱狂的なファンを擁する超人気ブランドであるだけに、社会的注目度は極めて高い。この問題も、「巨大不祥事化」する可能性が高い事案だったと言える。
しかも、いずれの不祥事も、背景に複雑・困難な構造的な問題があり、世の中の納得が得られるだけの事実解明や原因究明は、もともと容易ではなかった。
大手事務所弁護士が「不祥事対応」に関与することの根本的な問題
上記の要因からすると、二つの「不祥事」は、弁護士としての関与自体に相当大きなリスクがあり、事務所名や弁護士名を公表して関与することには相当慎重になるべき事案であったが、東京・大阪の有数の大手法律事務所所属弁護士が、事務所名および弁護士名を公表する形で不祥事対応に関与した。
一方、宝塚の問題については、不祥事の当事者すらはっきりしないという特殊性があった。本来、法人格すらない「宝塚歌劇団」は、調査を依頼する契約主体にはなり得ないはずだ。しかし、調査報告書の公表のリリースなどは「歌劇団」「当団」などの名前で行われており、あたかも歌劇団が依頼の主体であるかのように見える。法律事務所にとっては、依頼者が不明確なまま調査を受託することはあり得ないが、調査報告書にも、通常記載されている「調査受託の経緯」が記載されていない。そういう意味で、外部弁護士の調査受託案件として特異性を有する事案だったと言える。
二つの「巨大不祥事」の「危機対応」への弁護士関与の経緯と態様
企業不祥事への弁護士の関与は、不祥事企業から独立した「第三者としての対応」と、不祥事企業に寄り添う、「危機対応(危機管理)」業務の二つに大別される。
「第三者としての対応」は、第三者委員会など、企業から独立した客観的な立場で事実調査を行い、原因究明・再発防止策の策定などを行う。「危機対応」は、企業の不祥事対応について当事者に助言・指導を行い、側面からサポートする業務で、「危機管理業務」などと言われる。
前者であれば、企業から独立した立場で調査を実施し、成果物としての第三者委員会報告書を当該企業に提出する。その内容について説明責任も含めてすべて受託者側が負う。事案の重大性にもよるが、報告書の公表の時点では、委員会側が記者会見等を行って質問に答えるのが一般的である。
一方、「危機対応業務」の場合は、あくまで対応の主体は当該企業であり、弁護士は助言・指導を行う立場であり、通常は表に出ることなく、「裏方」「黒子」に徹する。
ジャニーズ事務所の問題では、最初に登場した弁護士は、林真琴弁護士(元検事総長)だった。
2023年5月26日、第三者委員会的な位置づけの「再発防止特別チーム」の設置が公表され、林弁護士は、その座長として記者会見に臨んだ。そして、8月29日、林弁護士は、調査報告書公表の記者会見に臨み、報告書の内容を説明し、当時の藤島ジュリー景子社長に辞任を求めるなどした。林弁護士のジャニーズ事務所問題への関わりはそこで終わり、その後に登場したのが、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田裕弁護士だった。
危機管理業務を担う「顧問弁護士」の立場であれば、通常は、表に出ずに企業側に助言・指導を行うが、木目田弁護士は、積極的に表に出て対応した。
9月7日の記者会見では、藤島ジュリー社長と、東山紀之氏、井ノ原快彦氏とともに記者会見に登壇、ジャニーズ事務所の社名を維持し、その新社長に東山氏が就任し、藤島ジュリー氏は、社長は辞任するが、代表取締役には留任することなどを発表した。
10月2日の2回目の記者会見にも、社長に就任した東山氏と副社長に就任した井ノ原氏とともに登壇、ジャニーズ事務所の社名を「株式会社SMILE-UP.」と変更し、被害者への賠償を終えたら廃業すること、従前の業務を引き継ぐ新会社を設立することなどを発表した。
しかし、会見時間を2時間に制限したこと、1社1問、再質問なしという制限を設けたことなどが、参加者側からの反発を招いて記者会見が紛糾。会見後に、指名から除外する記者を意味すると思われる「NG記者リスト」を作成・配布していたことが発覚し、大問題となった。
一方、宝塚の問題については、9月30日に劇団員が死亡した後、10月7日に、団員の死亡について事実関係や原因を把握するため、外部の弁護士による調査チームを設置することが発表された。
11月14日、劇団の理事長らが記者会見を開き、大江橋法律事務所の9名の弁護士チームによる調査報告書を公表し、併せて理事長辞任も発表した。しかし、その調査報告書では、長時間労働は認めたものの、遺族側が強く訴えていた「いじめ・ハラスメント」の事実は「確認できなかった」との調査結果が示された。それに対して、遺族側代理人が猛反発し、ただちに記者会見を開いて調査報告書を批判し、調査のやり直しを求めた。
調査報告書からすると、調査の性格、調査手法、その事実認定のレベルとしては、「内部調査」に近いもののように思えるが、敢えて事務所名、弁護士名が公表され、しかも、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」などと、その調査の独立性・外部性を強調した。そうであれば、調査結果等について当該弁護士が記者会見に同席して説明するのが当然だが、調査担当弁護士はなぜか記者会見には全く姿を見せず、宝塚側が説明を行った。
調査報告書については、いじめ・ハラスメントを認定しなかったとの調査結果に加えて、劇団員のうち4名がヒアリング調査に応じることを「辞退」したことを劇団側が明らかにしたのに、調査報告書ではそのことに言及がないことなどが批判された。
さらに、歌劇団が調査を依頼した大江橋法律事務所に、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社である阪急阪神ホールディングスの関連会社の役員が所属していることが明らかになり、調査担当弁護士の「独立性」についても問題が指摘された。
弁護士名・事務所名を公表して「巨大不祥事」に関与した理由
ジャニーズ事務所問題も宝塚問題も「巨大不祥事化」の可能性が高く、不祥事対応に関与することによる弁護士や事務所のリスクも大きいと判断すべき案件であった。
しかし、木目田弁護士は、本来は表に出ないのが通常である危機管理業務で、記者会見にまで同席した。逆に、大江橋法律事務所の調査チームは、弁護士名も公表され、宝塚側が「外部の独立した弁護士による調査チーム」と強調しているのであるから会見に出席して説明し質問に答えるのが当然のはずなのに、公の説明の場には全く姿を見せなかった。
両者で、このような「真逆の対応」になったのは、なぜなのか。
ジャニーズ事務所の10月2日の会見の直後に発売された中央公論2023年11月号に【不祥事対応のエキスパート弁護士が語る危機管理の要諦】と題する記事が掲載されているが、巻頭の「ニュースの1枚」のページがある。そこには、9月7日の記者会見で、藤島ジュリー氏、東山氏、井ノ原氏と並んで、木目田弁護士が会見に同席している写真が掲載され、その説明文に「記者会見に同席した木目田裕氏のインタビューは40頁から」と書かれ、「危機管理の要諦」について語った記事が紹介されている。
木目田弁護士の会見への同席は、まさに、ジャニーズ事務所問題に「不祥事対応のエキスパート弁護士」として関わっていることをアピールするものと言える。
また、同記者会見の後、「NG記者リスト問題」が表面化し、厳しい社会的批判を浴びたが、そのリストを作成・配布したコンサルティング会社FTIの日本法人は、木目田弁護士がジャニーズ事務所に紹介したことが、同事務所のリリースで公表されている。FTIの代表の野尻明裕氏と木目田弁護士は東京大学法学部の同級生で、2017年に、【弁護士、コンサルが明かす謝罪ビジネス最前線】と題する日経ビジネス記事において、西村あさひ法律事務所の危機管理チームを率いる木目田弁護士と、ボックスグローバル・ジャパン社の野尻氏が登場し、「危機感を募らせる経営者らが頼るのが、専門の知識とノウハウを持った大手弁護士事務所や危機管理のコンサルティングなどを担う総合PR会社だ」などと紹介されている。
中央公論の記事の発売時期・内容からすると、ジャニーズ事務所からの受託は、「危機管理のエキスパート」としての仕事をアピールしようとする意図があったように思える。
宝塚の問題でも、大江橋法律事務所が関与したのは、事務所側の意向もあったのではないかと思える。
前述したように、この問題も、「巨大不祥事」に発展するリスクが高い案件である。担当弁護士・事務所名の公表を前提に調査を依頼された場合、しがらみが何もなければ、受託を躊躇するはずだ。
もともと、関西で有数の企業グループである阪急阪神ホールディングスと、関西で最大手の法律事務所の大江橋法律事務所である。両者の間に何らかの関係があったとしても不思議ではない。それが高リスク案件を敢えて受託することにつながったのではないだろうか。
10月2日ジャニーズ事務所記者会見の問題点
木目田弁護士が自ら前面に出てサポートしたジャニーズ事務所の危機対応全体の問題点については、拙稿【ジャニーズ事務所・会見、“危機対応”において「不祥事」が発生した原因とは】でも指摘した。
木目田弁護士は、社長らが行う2回の記者会見に自ら同席し、同社の危機対応をサポートする立場であることを自ら積極的に社会に表示したこと、記者の質問に答えて説明するなどしたことにより、同会見で会社側が発表した方針や記者会見対応に法的・コンプライアンス的に問題がないとのお墨付きを与えることにもなった。
そこでの木目田弁護士の発言には、いくつかの問題があった。
第1は、問題になった「NG記者リスト」でNGとされていた記者で唯一司会者に指名された佐藤章氏からの質問への対応だった。
「ジャニー喜多川氏の性加害について東山氏がどのような認識で、どのような対応をしたのか」という、会見までの経緯からすれば「当然予想された質問」が行われたが、それに関連して、
と質問したのに対して、東山氏が答えた後に、木目田弁護士が回答を引き取り、
と言い切った。
しかし、ジャニー喜多川氏との関係性、事務所内での立場如何では、性加害の事実を認識していてそれを止めなかったという「不作為」でも幇助犯等の共犯が成立する可能性があることは否定できない。「共犯にはならない」というのは法律的に誤った回答だ。
この点については、会見直後に元検事の若狭勝弁護士がYouTube動画(【ジャニーズ】顧問弁護士が幹部の刑事責任を否定)で誤りを指摘しており、質問者の佐藤氏は、木目田弁護士に対する懲戒請求を所属弁護士会に行ったと報じられている。(【ジャニーズ事務所木目田弁護士に懲戒請求 泥沼化する騒動の行方】ガジェット通信等)(なお、佐藤氏は懲戒請求については、自らのYouTubeでの発言では「懲戒請求が行われた」と述べているだけで、自分自身が懲戒請求を行ったことは公表していない。)
このような質問が行われる背景には、そもそもジャニー喜多川氏の性加害問題について一定の責任があることが否定できない東山氏を新社長とすることに無理があったのではないか、との疑問がある。
そのようなジャニーズ事務所側の方針をサポートする立場で会見に同席した木目田弁護士が東山氏に有利な方向で発言し、その内容が法律的に誤っていると指摘されていることは、対応上の問題だと言える。
もう一つ重要なのは、ジャニー喜多川氏の未成年者への性加害が長年にわたって継続していたことが、ジャニーズ事務所の内部でどのように認識されていたのか、問題の隠蔽に、同事務所関係者はどのように関わっていたのか、という点だった。
それは、まさに今回の「不祥事の核心」であり、その点について、十分な事実解明が行われることが、「不祥事対応」の大前提になるはずである。
ところが、今回、「第三者委員会」として設置された林真琴元検事総長を座長とする「再発防止特別チーム」では、膨大な数の被害者のうち僅か20名の聴取を行っただけで、被害の全貌は明らかにされていない。しかも、性加害の事実をジャニーズ事務所内部で誰がどのように認識し、どのように対応してきたかについては殆ど調査を行っていない。
調査報告書でも、ジャニー氏の姉の故メリー喜多川氏による隠ぺいが行われたこと以外は殆ど書かれていない。性加害が長期間表面化しなかった原因として「メディアの沈黙」を指摘しているが、その「沈黙」に、ジャニーズ事務所側がどのように関わっていたのか、という点について事実解明はほとんど行われていない。
10月2日の記者会見での木目田弁護士の発言の第2の問題は、この点に関わるものだった。
と質問されたのに対して、
と答えた。
しかし、再発防止特別チームの調査報告書公表の際の記者会見で、林座長は、
と述べており、事実調査は、再発防止策の提言に必要な範囲で行ったに過ぎないこと、被害事実の確認も一部にとどまっていることを、林座長自身が認めている。
「徹底した事実調査が行われている」という木目田弁護士の説明は、再発防止特別チームの説明とも食い違っている。
不祥事対応は、まず、その不祥事に関する事実解明から始まるのであり、その点についての不適切な説明は、危機対応に関わる弁護士の対応として問題だと言わざるを得ない。
このような木目田弁護士の会見での発言の問題は、記者会見に当たっての基本方針にも関係している。
10月2日の会見は、ジャニーズ事務所が、「ジャニーズ」という名称を完全に廃止して被害者への補償を行って廃業すること、新会社を設立して再出発することを説明するための会見にしようという目論見だったようだが、創業者で経営者だったジャニー喜多川氏の性加害の重大性からすれば、ジャニーズ事務所には重大な説明責任がある。
記者会見では、正確に、誠実に説明を尽くし、会見参加者の、そして世の中の理解・納得が得られるまで徹底して質問に答えることが必要だった。そのために、記者会見の時間を十分に確保する必要があった。
ところが、実際には、時間を冒頭説明も含めて2時間(質問時間は1時間20分)と制限し、質問は「一社一問」「再質問はなし」ということを、予めジャニーズ事務所の側で「ルール化」した。
その中で、ジャニー喜多川氏の性加害問題への東山社長の関与、法的責任、或いは、今回の「不祥事」について事実解明が十分に行われたと言えるのかなどの「厳しい質問」も、危機管理のエキスパートであれば想定していたはずだ。
問題になった「NG記者リスト」にNGと記載されていたのは、まさに、このような「厳しい質問」をしてくることが予想される記者達であった。後述する10月10日のリリースに書かれていたように、記者会見で「NG記者も当てる」という方針で臨んでいたのであれば、このような質問を想定し、十分に検討して正しい回答を用意しておくべきだった。
宝塚の調査報告書の問題点
大江橋法律事務所の弁護士チームによる調査報告書は、そもそも「内部調査に近いもの」なのか、「外部の独立した弁護士による調査チームによる調査」なのか、という点が判然としないが、調査報告書の内容としても、いじめ・ハラスメントを否定するだけでなく、劇団側の見解・意向に相当配慮し、遺族側の指摘に対する反論に終始し、問題の原因を、劇団員の死亡直前のスケジュールの過密等の特殊な要因中心にとらえようとする姿勢がうかがわれる。
調査報告書「第4 本件事案が発生した原因についての考察」の冒頭には、以下のような記述がある。
「業務以外」「個体側の脆弱性」などという表現で、自殺の原因が、劇団側の問題以外にあった可能性を示唆し、「精神障害の発症の有無、 発症の時期」にまで言及し、「原因特定は困難」などと述べている。
劇団側以外に自殺の原因があると劇団側が認識し、それを調査担当弁護士側がそのまま引き継いで調査に当たったことを示しているようにも思える。亡くなった劇団員を「個体」と表現するのも無神経だ。
そのような考えで調査を行ったとすれば、「独立性を持つ外部弁護士調査」の姿勢自体に重大な疑問があると言わざるを得ない。
根本的な問題は、この調査は、いったい何を目的として行われたのか、という点だ。
調査報告書の冒頭で、「本件調査の目的」は、「劇団員の死亡が確認された出来事」(本件事案)に関する事実関係及び原因を調査すること、とされている。しかし、本来、劇団側が調査チームを設置する目的は、自殺の原因につながる「劇団側の問題」があった可能性があることを認識し、問題の有無を明らかにし、その問題による同種の問題の再発防止のために、劇団側について徹底した調査を行うことではないのか。
どのような目的で、どのような基本姿勢で調査を行ったのかについて、調査担当弁護士は公の場で質問を受け、明確に答えるべきであった。
記者会見後のジャニーズ事務所側の対応
ジャニーズ事務所は、10月2日の会見での「不祥事対応の失敗」のために、その後は、会見の後始末に追われることになった。
その後、ジャニーズ事務所が公式に行ったのは以下の対応だった。
- 10月5日、前日夜のNHKニュースで「NG記者リスト」について報じられたことを受け、「弊社記者会見に関する一部報道について」と題するリリースを出し、「NG記者リスト」の作成は、FTIコンサルティングが勝手に行ったことで、ジャニーズ事務所は関わっていないと発表した。
- 10月7日、「弊社に関する一部インターネット記事について」と題するリリースで、「スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』」などと断定的な見出しを付した記事に反論した。
- 10月9日、「故ジャニー喜多川による性加害に関する一部報道と弊社からのお願いについて」と題するリリースで、弊社は現在、被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数あるという情報にも接しており、これから被害者救済のために使用しようと考えている資金が、そうでない人たちに渡りかねないと非常に苦慮しております。そのような事態を招かないためにも、報道機関の皆様におかれましては、告発される方々のご主張内容についても十分な検証をして報道をして頂きますようお願い申し上げます。などと述べ、報道機関に対して、告発者の主張内容についても十分な検証をするよう要請した。
- 10月10日、「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」と題するリリースで、「ジャニーズ事務所も西村あさひも、写真あり指名リストの作成・共有などには一切関与していない」旨の山田CCOによる関係者のヒアリング結果及び関係資料の確認結果を公表した。
ジャニーズ事務所は、公表したとおり、10月17日に、社名をSMILE-UP.に変更したが、それ以外に行ったことは、上記のとおり、失敗会見の後始末と「言い訳」「開き直り」のリリースだった。
プレスリリースについての助言・指導は、危機管理業務における主要なものであり、その内容に、木目田弁護士らが関わっていないことは考えにくい。
特に、10月10日夜に急遽発表した、5000字にも上るリリースは、「NG記者リスト」の問題に関して、木目田弁護士側の言い分を述べるために行ったと思える内容であった。
会見の2日前の打合せの場で、「指名候補記者リスト」及び「指名NG記者リスト」との記載があり、それぞれの下に記者の所属及び氏名が記載されているリストが一部の参加者に対してのみ席上配布されたとし、
とする一方で、
などと述べている。
「NG記者リスト」に記載されている記者等であっても指名して質問に答える方針であったのに、FTI側が、その方針に反して、「写真入りの指名NG記者リスト」を会見場に持ち込み、さらに、そのリストが流出したことが問題だったと言いたいようだが、資料の枚数が足りなかったのであれば、追加で印刷すれば済むことだ。「2~3名で一枚という割り当て」であったとしても、危機管理を担い、会見で登壇する予定の者には当然配布されるはずだ。「当該資料を見ていない」と強弁しているのは、明らかに不合理だ。
また、「写真入り」のリストの作成・会場への持込みを認識していなかったとしても、「写真なし」の「指名NG記者リスト」が作成されていたことを、会見の2日前に認識していた以上、それがどのように使われるのか、会見に登壇する弁護士として把握しておくのは当然だ。
そして、新たな問題の引き金になった可能性があるのが「被害者でない可能性が高い方々が、本当の被害者の方々の証言を使って虚偽の話をされているケースが複数ある」などと述べた10月9日のリリースだった。
その4日後の10月13日、ジャニー喜多川氏による性被害を受けたと訴える「当事者の会」に所属していた40代の男性が亡くなった。遺書のようなメモがあり、自殺とみられている。
男性は一部メディアで性被害を告発した後、「うそはすぐバレる」「金が欲しいんだろう」「虚言癖がある」「デビューできなかったくせに」といった誹謗中傷がSNSに多数投稿されたという。
亡くなった男性への誹謗中傷について
とされている。
男性の遺族が公表したコメントでは、今年5月にジャニーズ事務所側に男性が被害を訴えた後、5か月以上連絡は一切なく、さらに、9月に再度告発をしたあとも、なんの応答もなく放置され、彼の焦燥感、悩みは深まっていたとされている。
ジャニーズ事務所は、10月2日の記者会見では、被害者の補償に向けて「被害者救済委員会」を設置するなどして、膨大な数の被害者に速やかに対応すると説明していたはずだ。【前記拙稿】でも述べたように、ジャニー氏による性加害の認定は、加害者が死亡しているため、被害者の供述だけで認定せざるを得ない場合も多い。ジャニー氏本人にタレントデビューを約束されて性被害に遭い、そのまま約束が果たされず、ジャニーズ事務所に所属することもなく夢を断ち切られたという事案などでは、在籍の確認もできない。そこでは「虚偽の告発」を補償の対象としないことも必要かもしれないが、それを強調して、逆に「真実の被害申告」に対する誹謗中傷につながるとすれば、さらなる被害を生むことになる。
10月9日のリリースで報道機関に虚偽の告発への検証を求めたことは、誤った対応だったと言わざるを得ない。ジャニーズ事務所側が「虚偽の告発」に言及したことが被害者に対する誹謗中傷を拡大し、性加害の被害者の自殺という最悪の事態の引き金になった可能性がある。
調査報告書公表後の宝塚歌劇団の対応
歌劇団は、11月14日に調査報告書を公表し、遺族代理人弁護士からも、マスコミからも厳しい批判を受けた後、亡くなった劇団員が所属していた宙組に加えて花、月、雪、星組と専科の全俳優約400人らへの聞き取りを進め、さらに生徒約80人への調査を行う方針だと報じられている。そして、これらの調査結果を踏まえて、過密な公演日程や過度な指導などの実態を調査し、組織風土を改善するための改革案を作成し、それを検討する第三者委員会を設置する方針と報じられている。
とのことだ。
しかし、その前提となる調査結果が、批判を受けた外部弁護士チームの調査報告書と、当事者の歌劇団側による劇団員の聴取結果だというのであれば、そのようなものは「第三者委員会」とは言えない。単なる「外部者による改革案検討委員会」だ。それを「第三者委員会」とマスコミに説明するのも、些か無神経と言うべきだろう。
劇団員の死亡以前からこの問題を報じてきた週刊文春による追及報道も続いており、今後の展開は予断を許さない。
大手法律事務所の「不祥事対応」が招いた困難な状況
ジャニーズ事務所問題、宝塚歌劇団問題で、東京・大阪で一流と言われる大手法律事務所が「不祥事対応」に関与した。しかし、いずれも新たな批判を招き、今のところ、「失敗」と言わざるを得ない状況となっている。
ジャニーズ事務所は、「NG記者リスト」問題で批判を受け、会見のやり直しが必要との意見もあったが、前記のようなリリースで「言い訳」を述べる以外に表立った動きはなく、10月2日の会見では新会社の社長を兼務する方針とされていた東山氏の社長就任の辞退が報じられ、新会社の社長には別の人物を招聘すると言われているが、方針変更についての記者会見も公表も全く行われていない。被害者への補償については、ようやく35人に金額の提示が行われたとされている。こうした中で、3回目の記者会見を行うことが必要となるが、これまでの2回の記者会見に同席した木目田弁護士が、どう対応するのかが問題となる。
宝塚の問題は、大江橋チームが行った調査には多くの問題があり、そのまま最終的な調査結果にすることはできないと考えられるが、再調査は行わず、その調査結果や当事者の歌劇団が行う聴取結果を前提に「第三者委員会」を設置するという、本来の「第三者委員会」の性格からは考えにくい話まで出ている。
いずれにしても、一流の大手法律事務所が関与して行った「不祥事対応」であるだけに、やり直しも、体制のリセットもできないことが、困難な現状を招いているように思える。
大企業にとって、大手法律事務所は、消費者にとっての「一昔前のデパート」のような存在だ。デパートは品揃えが豊富で、大抵のものは揃っているし、品質面でも問題はない。それと同様に、各法律分野についての専門家も含め有能な弁護士をそろえ、文献・資料も豊富に保有している大手法律事務所に依頼すれば、ほとんどの問題に適切に対応してくれると信頼されている。大手法律事務所に頼んでおけば安心というのが一般的な感覚だ。
しかし、「不祥事対応」については、それと同じように考えてよいのだろうか。リスクのレベルが高い非定型的事案では、関連する社会的要請を全体的にとらえるコンプライアンス的視点が必要となる。そこでは、法律の解釈・適用とは異質の判断と対応が求められる。一方で、【企業を蝕む「第三者委員会ビジネス」】でも述べた弁護士費用・報酬の問題は、「不祥事調査」全般に当てはまる。
事案の性格・内容、その背景を見極め、「危機対応」のための最適な体制を選択していくことが必要であろう。