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企業を蝕む「第三者委員会ビジネス」

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:アフロ)

 企業、スポーツ団体、大学など、様々な組織の不祥事で設置される第三者委員会は、不祥事で信頼を失った組織に代わって、中立かつ独立の立場から事実調査・原因分析を行い、信頼を回復するために設置されるものである。これまで、多くの不祥事で設置され、組織をめぐる問題の真相や原因を明らかにすることに一定の役割を果たしてきた。第三者委員会には、法的な根拠はないし、その事実認定・判断に、法的拘束力や事実確定力があるわけでもない。それにもかかわらず、その調査結果が、依頼企業のみならず、マスコミにも無批判に受け入れられ、監督官庁や証券取引所等もが、当該問題についての「事実認定」として尊重するのは、企業が自ら設置した中立かつ独立の第三者委員会の事実認定・判断を尊重することについての「社会的コンセンサス」が形成されているからである。

 しかし、最近では、第三者委員会が、本来の目的に反する方向で利用される事例が少なからず生じている。会社執行部の意向を受け、監査法人による会計監査の妥当性や原発子会社の減損問題を調査対象から外し、問題の本質を隠蔽しようとする執行部に加担し、いわば「隠れ蓑」のような役割を果たした「東芝の第三者委員会」、直接的な証拠もなく、それを解明するための十分な調査も行っていないにもかかわらず、粗雑な推認によって依頼者に有利な事実認定を行った「東京電力の第三者委員会」などがその典型例である(【第三者委員会が果たすべき役割と世の中の「誤解」】)。また、比較的小規模の上場企業などでは、経営陣と大株主との経営権をめぐる争いに第三者委員会を利用しようとした事例や、第三者委員会が必要もなく設置され、その公表で株価が大幅に下落する事例なども発生している。

 

 そのような第三者委員会の設置の是非の問題や調査の内容に関する問題とは別に、第三者委員会を設置した当事者にとって深刻な問題になっているのが、委員会にかかる費用が膨大な額に上ることだ。第三者委員会には調査補助者に多数の弁護士、公認会計士が動員され、委員も含めて「時間制」で報酬が算定されるため、費用が高額化することが多く、さながら「第三者委員会ビジネス化」の様相を呈している。

 不祥事企業がステークホルダーに対する説明責任を果たすために設置されるという「公益的目的」が強調されていることからすれば、委員会に関する費用や報酬にはおのずと限度があるはずだ。しかし、実際には、事案の内容・範囲と比較しても、企業規模からしても、不相応な高額の費用請求によって、株主に過大な不利益が生じかねない事態も発生している。

 その最大の原因は、第三者委員会に関わる弁護士の報酬について日弁連の第三者委員会ガイドラインで「弁護士である第三者委員会の委員及び調査担当弁護士に対する報酬は、時間制を原則とする」とされ、委員長・委員や調査補助者の弁護士について(公認会計士の場合も)、業務を遂行するためにかかった「所要時間」に契約上定められた「1時間当たり報酬額」(単価)を乗じて報酬額を算定する時間制(タイムチャージ制)によって報酬が算定されることにある。

 しかし、第三者委員会の報酬額を時間制で算定することには疑問がある。特に問題なのは、調査補助業務に関わる弁護士の数である。ヒアリングや会議に多数の弁護士が参加したとして、各自が「所要時間」を計上すると、それによって、調査でかかる費用が、依頼企業の想定を超えた膨大な金額になるからである。

 時間制は、弁護士等の報酬請求において一般的に用いられる方法だ。しかし、通常の業務委託の場合は、業務の内容について協議した上で行われ、請求金額が当初想定される範囲を超える場合には、改めて協議が行われる。同じ委託業務に要する時間は、弁護士の能力によって差があり、非効率な弁護士の業務にかかった時間を、すべて依頼者側に負担させることはできない。当該業務にいくら時間がかかったとしても、その時間に単価をかけた金額が、依頼者に理解されないような金額に上っている場合には、相当な金額になるよう所要時間を削減し、最終的な請求額を、当該業務の性格や内容に応じて相当な範囲に調整する場合が多い。時間制の報酬請求額の根拠となる「所要時間」については、依頼者側と業務を受託する弁護士の側との信頼関係の下で、相応の調整を行うのが一般的だ。

 ところが、第三者委員会と委託者の企業との関係は、顧問弁護士とクライアント企業との関係とは異なり、依頼者の企業の指示に従うことなく、独立・中立の立場で、調査等を実施するのであり、企業側は第三者委員会の動きをコントロールすることができない。依頼者から独立した立場とされる第三者委員会は、いかなる方法でいかなる調査を行うのか、調査補助者にいかなる調査を行わせるのか、すべてを決定する立場にある。調査スコープも、第三者委員会主導で、依頼企業と協議して決定する。このような立場にある委員会の委員長・委員の報酬を「時間制」で決めることにすると、自らの判断で調査範囲を拡大させれば、それによって、所要時間が増大し、報酬も増えることになってしまう。

 上記のガイドラインも、「時間制を原則とする」としているが、注記で「委員の著名性を利用する『ハンコ代』的な報酬は不適切な場合が多い。成功報酬型の報酬体系も、企業等が期待する調査結果を導こうとする動機につながりうるので、不適切な場合が多い。」とされていることからも、ハンコ代的な報酬や、成功報酬型の報酬のような不適切な方法ではない算定方法として「時間制」を「原則」とするものであり、「時間制」が常に適切な報酬の算定方法だとする趣旨ではない。

 委員長・委員の報酬算定については、委員会の設置期間、その間に予定されている委員会の回数、時間、調査への関与等を考慮して、「ハンコ代」と言われるような不当に高額ではない、相応の「定額報酬」とするのが適切であろう。

 私自身について言えば、過去、第三者委員会委員長を務めた際には、報酬は、月額100万円と決めていた。一つの委員会の活動に殆ど専念せざるを得ないような負担の大きい委員会においても、それは変えなかった。会社側との対立的な状況となった九州電力「やらせメール問題」第三者委員会では、会社側から「タイムチャージによる請求」を強く勧められたが、月額100万円を譲らなかった。独立した立場で会社側に対して厳正な調査を展開していくことで自らの報酬が増えるのはおかしいと考えたからである。

 調査補助者については、依頼者の企業との契約において、「職務の遂行に際しては、第三者委員会の指図のみに従う」などと定められるのが通例であり、依頼者からではなく、第三者委員会のみから指示を受け、その指示にしたがって調査業務を遂行すべき立場である。実際に、調査補助者がそのような立場なのであれば、時間制で報酬を算定すること自体に問題はない。しかし、その場合の各調査補助者の「所要時間」や報酬額は、当然のことながら、第三者委員会の設置目的や、委員会から調査補助者への「調査指示」に照らして合理的なものでなければならない。その点については、調査補助者が、「下請」であるとすれば、「元請」の立場にある第三者委員会側が責任を持つべきである。とりわけ、委員長は、委員会の事務を総括する立場として、調査補助者の報酬請求額について管理すべき責任がある。

 最近では、第三者委員会担当弁護士名簿を整備し、企業などの組織から第三者委員会の要請があった際に、適任者を紹介する制度を設置し、第三者委員会担当弁護士名簿への登録のために研修を義務づけるなど、弁護士会として、第三者委員会の設置に積極的に関わろうとする動きが見られる。しかし、ガイドラインを一通り理解させる程度の研修で、第三者委員会の公的使命を担える人材の養成と紹介につながるとは思えない。逆に、多くの弁護士に、第三者委員会に関連する業務について「弁護士にとっての旨味」を認識させ、弁護士業界における「第三者委員会のビジネス化」をますます助長しているように見える。

 第三者委員会は、内部者中心の取締役会の構成など、従来の日本的ガバナンスの下で、重大な不祥事への対応において必要な外部性・客観性を確保するための方法として定着してきた一つの「日本的システム」であり、法的根拠はないのに、その調査結果が社会的に尊重されるという特別の効果を生じさせるものである。それだけに、特別の効果を生じさせるに相応しい実体を備えた委員会であることが必要だと言えよう。

 本来の目的に反して第三者委員会が設置される事例があることに加え、「第三者委員会ビジネス」が横行しているように思える現状からは、不祥事企業の再生どころか、「企業を蝕む存在」になっている第三者委員会も少なからずあると言わざるを得ない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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