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“儲からない”ビジネスが続くヒミツとは? 〜中国発!シェア経済の実態

宮崎紀秀ジャーナリスト
こうしたシェア自転車の「墓場」が各地に生まれている。北京にて

 中国で急成長したシェアビジネス。中国発シェア自転車は、国境を越えついに日本にも参入を果たした。新大発明とまで賞賛され、追い風にのるかのように見えるシェア自転車だが、その足元では様々な問題が生じていた。中国に突如湧き起こったシェア経済ブーム。その実態に迫る3回シリーズの最終回。

死亡事故をめぐり裁判も

 その1例が、シェア自転車の安全管理に対する懸念である。ある民事裁判がその警鐘を鳴らす。

「個人が使う自転車とシェア自転車は完全に用途が違います。個人の自転車なら、他人に乗られたくありません。だから家の中や比較的私的な場所に停めます。しかしシェア自転車は、営利のために公共の場所に停めてあります。他の人に乗ってもらうためです。だからその用途や機能に思いもよらない危険性がないかを考えなくてはなりません」

シェア自転車をめぐる少年の死亡事故。遺族の代理人を務める張黔林弁護士
シェア自転車をめぐる少年の死亡事故。遺族の代理人を務める張黔林弁護士

 張黔林弁護士(44歳)は、そう話す。シェア自転車に乗って死亡事故にあった少年の遺族の代理人である。遺族は「安全管理に問題があった」としてシェア自転車会社に損害賠償を求めている。

 去年3月、上海市で子供4人がシェア自転車にのり、そのうち11歳の少年が、左折するバスに巻き込まれて死亡した。少年の自転車が道路を逆走していた事実もあり、事故自体は警察の調べで、被害者とバスの双方に落ち度があったと結論付けられた。

少年がバスに巻き込まれた瞬間
少年がバスに巻き込まれた瞬間

 少年たちが乗っていたシェア自転車はダイヤル式の鍵を採用していた。本来は、解錠するための4桁の暗証番号を知るために、スマホでQRコードをスキャンする必要がある。その番号にダイヤルを合わせた上、鍵についているボタンを押さなければ解錠できない仕組みだ。しかし、少年たちの証言によれば、このボタンを押しただけで鍵が開いたためという。おそらく、最後の利用者が、施錠した後、ダイヤルを回して揃った暗証番号を乱すという手間を省いたのだろう。

 少年たちはスマホを持っていなかった。にもかかわらず、路上に停めてあったシェア自転車に乗ることができ、その結果、事故に遭った。遺族の主張を要約すれば、「子供が簡単に開けられるような鍵をつけた自転車を、公共の場所に置くのは、安全管理上の落ち度」である。張弁護士によれば、シェア自転車側は責任を認めておらず、判決はまだ出ていない。張弁護士は主張する。

ボタンを押しただけでダイヤル式の鍵が開いたという
ボタンを押しただけでダイヤル式の鍵が開いたという

「10歳前後の子供を24時間見張っているわけにはいきません。しかも自転車は公共の場所に停めてあるのです。短期間に数十万台の、自転車を投入し、公共の場所に停めて営利活動をしているので、(シェア自転車の)会社は社会や人々への影響を考える必要があります」

中国各地に出現した自転車の“墓場”

 もう1つの問題は、中国メディアでも盛んに取り上げられるようになったシェア自転車の「墓場」である。乗り捨て自由が売りのシェア自転車だが、あまりの無秩序ぶりを見兼ねた各地の行政当局は、交通や通行の障害になるように駐輪されていた自転車を回収する措置に出た。そうして集められた大量の自転車は、積み上げられたり野晒しにされたりして、誰にも利用されないまま放置されている。こうした「墓場」が中国各地に出現しているのだ。中国メディアの報道によれば、シェア自転車会社に引き取りを要求しても会社側が応じないという状況が多々発生しているらしい。こうなればただの粗大ゴミである。

当局が回収し放置されたままの自転車の「墓場」。北京にて
当局が回収し放置されたままの自転車の「墓場」。北京にて

 この「墓場」について「シェア自転車が拡大方式を続け自転車が過剰に投入されたための必然的な現象」だと指摘するのは、浙江工業大学の呉偉強教授(54歳)である。呉教授は、大学の所在地である杭州市の政府に政策提言するシンクタンクの副院長でもある。

「社会の需要を超えて自転車が投入されているのは、公共の資源をコスト無しで使っており、その分のコストを考える必要がないからです。もし公共の資源に対しコストを払う必要があれば、投入の規模はコストに基づき決まり、過剰にはなりません。もし過剰になれば、それを管理するコストも(シェア自転車会社が)払わなくてはならないからです」

「乗り捨て式はいずれ矛盾を生む」と指摘する呉偉強教授
「乗り捨て式はいずれ矛盾を生む」と指摘する呉偉強教授

 呉教授は、シェア自転車の乗り捨て式は、いずれ社会の秩序や法規との間に矛盾を生み、管理部門もその混乱を続けないために有効な措置を取らざるを得なくなると指摘する。そのため、乗り捨て式のシェア自転車は必ず行き詰まると断言する。

「何の制限もない乗り捨て式は、ある人には便利でも、町の秩序に混乱をきたせば、他人や社会全体にとっては不便になります。都市に混乱をきたすものは、長期的には存在できません。その時がシェア自転車には致命的になります」

消えた保証金

 さらに、シェア自転車に対する人々の「信用」を大きく揺るがす事象があった。預けた保証金が返って来ない事態が起き始めたのだ。北京のシェア自転車「酷騎」もその1つだ。

「保証金の返還を一時停止する」。張り紙を見入るシェア自転車「酷騎」のユーザー
「保証金の返還を一時停止する」。張り紙を見入るシェア自転車「酷騎」のユーザー

 去年11月、北京市内の商業ビルの入り口付近に人が集まっていた。近づいてみると、人々は「自転車の今後の使用と保証金の返還について」と題された張り紙を熱心に見入っていた。その商業ビルに事務所を構えていた「酷騎」のユーザーたちだった。

 そこには「北京の事務所では、保証金の返還事務は一時的に停止します」と明記されており、「酷騎」の維持管理については、今後、四川省の別の会社に委託するものの、債務は含まれないとも書かれていた。

 「酷騎」の保証金は1人あたり299元(約5080円)。中には保証金に加え、100元(約1700円)ほどチャージしたお金も返ってこない、という女性もいた。張り紙には、いくつかの携帯電話の番号も記されていたが通じるはずはない。警備員がいてビルの中には入ることは許されなかったが、会社はすでに、もぬけの殻という話だった。集まったユーザーたちは、「倒産したかどうかは知らないけど、お金を持って行っちゃった」「詐欺だ」などと口走っていた。中には、集団で訴訟を起こそうと呼びかける人もいたが、保証金と会社がどこかに消えてしまった今となっては、途方に暮れる以外になす術はなかった。

刑事告発された「酷騎」の自転車
刑事告発された「酷騎」の自転車

すでに20社あまりが倒産や運営停止

 その約1か月後の12月21日、中国消費者協会は、寄せられた被害の訴えが21万件にのぼったとして「酷騎」を資金集めに関わる詐欺の疑いで刑事告発した。

 保証金の取り付け騒ぎが起きたのは「酷騎」のみではない。今年2月に交通運輸省が行ったブリーフによれば、中国には77ブランドのシェア自転車あるが、そのうち20余りがすでに倒産または運営を停止した、という。そもそもビジネスとして成り立たないのではないか、という疑問が生じる。

「利用費だけでは利益はでない」

「単純に自転車の利用費だけでは、利益はほとんどでません。でたとしても薄利にすぎません」

 そう明かすのは倒産した重慶のシェア自転車「悟空」の創業者、雷厚義さん(26歳)である。利用費で利益が出ないなら、どのような「儲けの仕組み」があるのだろうか。

「利用費だけでは利益がほとんどでない」と語る「悟空」の創業者、雷厚義さん
「利用費だけでは利益がほとんどでない」と語る「悟空」の創業者、雷厚義さん

「シェア自転車をオフラインの顧客を増やす手段であると考えました。オフラインの顧客数が利益を生むのです」

 オフラインの顧客とは、ネット上のアクセス数などで数えられるバーチャルな顧客に対し、ネットを離れても存在する顧客、例えば、実体店に足を運んで物を買ってくれる人と理解すれば良いだろう。そのオフラインの顧客を抱えることで、「広告収入や商店に顧客を呼び込むなど、派生的な利益を生む方法を開拓できると考えた」という。

 雷さんによれば、「悟空」の自転車の1台の値段は車体と高性能の鍵を合わせ約700元(約1万1900円)。1台あたり1日5元(約85円)ほどの売り上げを想定し、8か月から9か月でコストを回収できると考えた。

 しかし、実際はそうはいかなかった。

 「悟空」は重慶市内で合わせて2000台を投入するが、盗まれたり、破損したりで多くを失った。「1000台投入しても2、3か月後には100台しか残らない」ほどの損失率だったという。それを埋め合わせようと思えば、当然さらに金がかかる。

盗難や破損の損失は大きかったという
盗難や破損の損失は大きかったという

 損失以前に、そもそも自転車の投入量が少なかった。雷さんは、自転車の密度が不十分だったのが失敗の原因の1つと分析する。必要な時にすぐに自転車を見つけられなければユーザーは利便性を感じない。そこにOFOが大量の自転車を投入した。さらに豊富な資金力を持つOFOは無料キャンペーンを展開し、ユーザーを奪った。

 結局、想定したビジネス方式を確立する前に資金が尽き、去年6月「悟空」は倒産した。創業からわずか半年である。

「シェア自転車は大量の資金が必要です。うちのような小さなところでは続きません」

 雷さんは、今も手元に残している赤い車体の自転車を見ながら振り返る。

「多くのシェア自転車がまだ損している段階」と語る雷さん
「多くのシェア自転車がまだ損している段階」と語る雷さん

「うちは最後まで利益は出ませんでした。私の知るところでは、中国でこの業界ではまだ、多くの企業が損をしている段階です。まだ利益が出ない段階でシェアを広げ、さきに利用者を囲い込み、先頭に立ってからあとからゆっくり利益のことを考えるのです」

シェア自転車は投資頼み?

「投資や車体のコスト、損失率を考えれば、3年から5年のうちに利益を出すのは難しいと思います」

 シェア自転車の現状を趙香さん(28歳)はそう分析する。データ分析を専門とし、投資の助言などをするシンクタンク「易観」のアナリストである。アプリの使用回数のデータなどから試算した結果という。

「(シェア自転車が)健全に運営を続けるには、あと3年から5年の間は必ず外部からの資金が必要でしょう」

「3年から5年は外部の資金が必要」とアナリストの趙香さんは分析する
「3年から5年は外部の資金が必要」とアナリストの趙香さんは分析する

 つまり3年から5年の間は自前で稼げず、外部からの資金に頼って運営するしかない、というわけだ。

 シェア自転車はすでにOFOとモバイクの大手2社にほぼ淘汰されたといえるが、確かにここに至るまで2社とも巨額の投資を受け続けてきた。報道などから分かるだけでも、OFOは合わせて2400億円以上、一方のモバイクも1000億円以上の融資を受けているとされる。では、利益の出ないビジネスになぜ、それだけ多くの金が集まるのか。

「どうしてお金を投資し続けるのか?短期間ではおそらく利益は出ませんが、投資側の目的は利益のためではありません。今あるユーザーとシステムを入り口として、業務を広げていくのです」

大手シェア自転車には大量の資金が投入されている
大手シェア自転車には大量の資金が投入されている

 投資側にはベンチャーキャピタルのような投資会社以外にも、ネット販売大手なども含まれる。その狙いは、人の移動や外出に関わる業界に参入する糸口にしたいというのだ。シェア自転車が抱えるユーザーとデータの価値について趙さんは次のように説明する。

「そのデータでお金を稼ぐ方法には、想像の余地がたくさんあります。ユーザーが出かける時間にビジネスをしたり、いつも出かける目的地やルートに商業施設を作ったりサービスを提供したりなど。データを集めてビッグデータを分析し、今あるビジネスを様々に適合させていくのです」

 一方、ビッグデータを持つ側もその価値を十分認識している。OFOでビッグデータを管轄する邵毅さんもこう述べている。

ビッグデータの商業利用には大きな可能性があるという
ビッグデータの商業利用には大きな可能性があるという

「我々はユーザーの移動ルートを把握しています。例えば、お店の周りにどんな人がいて、どんな生活をしているかも分かるし、年齢や大体の消費能力も知っています。まだ模索中なので、細かくは言えませんが、(ビッグデータの)商業利用については、実際に大きな可能性があります」

 便利さを提供し、引き換えにユーザー情報を活用する。中国発シェアビジネスはどんな社会を見て走っているのだろうか。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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