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カフェが田舎を救う? その集客力は地域づくりの力になる

田中淳夫森林ジャーナリスト
元保育園の園舎を利用した「タルマーリー」と渡邉夫妻

 鳥取県智頭町。古くからの林業地として知られるが、その中の田園風景の中にタルマーリーはある。野生酵母や自家採取のこうじ菌でパンを焼きビールを自家醸造して、ピザも出すカフェだ。メニューにはイノシシバーガーなるジビエもあった。

 ここが、大変な人出なのだ。私が訪れたときは、開店と同時に人があふれ、パンを購入する列ができ、カフェの席も埋まる。建物は元保育園だったから敷地も広いし部屋数も多いのだが、すぐ満員になった。

 実は、タルマーリーの店主・渡邉格さんと麻里子さんは、ちょっとした有名人である。2013年に出版した『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』という本がヒットして、韓国や中国、台湾でも翻訳出版されて評判になった。とくに韓国では日本以上に売れて、わざわざ店を訪れる人も少なくないという。

 本では現在の強欲な資本主義経済を疑い、マルクス経済学などもひもときながら、腐らない貨幣経済ではなく、腐る(循環する)経済をパン屋でめざすといい、「菌本位制」を唱えている。東京から千葉、岡山、そして智頭へと店の場所を変えたのも、菌の発酵にもっともよい土地を探したからだという。

「本を書いたときは私もとんがっていましたから。今はもう少し丸くなりましたね」と格さんは笑う。

 ただ私にとって興味深かったのは、この田舎のパン屋・カフェに訪れる客たちだった。

 ほとんどは地元というより岡山市や京阪神などの都市部、なかには首都圏からも訪れていると聞いたからだ。もともと小さな智頭町はもとより人口減の続く鳥取県は、商圏としては小さい。しかし、一つの店がこれほどの集客力を持てることに驚かされる。

 智頭町には、ほかにもちょっとびっくりするほどカフェがいくつもある。

 戦前の山間集落の佇まいがそのまま残る「板井原集落(県の伝統的建造物群保存地区)」は、住人がいない“消滅集落”なのに、その中にあるのがカフェ歩とり

 ほかにも住民が10人ほどの限界集落にあるパン工房アイや、行き止まりの山間集落にある純喫茶・花祥庵、そして小さな集落の古い郵便局の建物を利用した野原のカフェぽすと(現在はコミュニティスペースとして営業)も人気だ。またカフェというには大きすぎるが、山奥の大きな滝や渓流を含む広大な敷地を持つ古民家レストランみたき園には圧倒される。

 智頭町は知る人ぞ知るカフェのメッカなのだ。私もすべてを訪ねたわけではないが、町はそうした店をまとめて「森カフェ」と呼んで売り出し中で、全部で10を超えるようだ。そして電動の超小型モビリティを貸し出して森カフェを巡る事業も行っている。

智頭町の限界集落・新田にあるパン工房アイ
智頭町の限界集落・新田にあるパン工房アイ

 過疎地なのに行列のできる店があるというのはすごいことだ。ただ、意外とそんな店は田舎に結構あることに気づいた。

 昔から田舎でも流行る店の種類としては蕎麦屋があった。美味い蕎麦が食べられるところには遠路訪ねていく客が少なからずいるからだ。人里離れ林道のどんづまりのような場所なのに、客が押し寄せるのだ。

 蕎麦以外も人気を呼ぶアイテムはある。私は、智頭町以外で薪釜炊き豆腐のカフェとか地域特産品によるアイスクリームカフェも訪ねたことがある。昔の小学校の教室の佇まいのままのカフェもあった。また私の地元の棚田地帯にはスリランカ・レストラン&カフェがあって、いつも大賑わいだ。

 カフェの集客力はバカにできない。その地域に行ったらそのカフェに寄る……ではなく、その店に行くのを目的としてその地方に行く客が少なくないのだ。

和歌山県田辺市龍神村の豆腐カフェるあん
和歌山県田辺市龍神村の豆腐カフェるあん

 店を開くのは移住者が多いのだが、面白いのは旅の途中でカフェに寄った人が惚れ込んで、その土地に移り住んだという人も少なからずいることだ。

 実は冒頭のタルマーリーでも、店が大きくなると、そこで働く人も増えてきた。彼らはタルマーリーに憧れて、この地に移り住んだのだという。

 なぜ、田舎のカフェに人が集まるのか。

 店に魅力(商品である飲食物や店主の人柄、店の佇まい、そして店周辺の風景などの環境……)があるのはもちろんだが、私が訪ねたところは店そのものが人々を結ぶ地域づくりの拠点になっていると感じさせられた。店主の人脈は広く、地元民も遠方の人も引き寄せ、交流させる力がある。やはり口コミの力なのだ。

 だから過疎地でも、関係人口(その地に住んでいなくても、地域と多様な面から関わる人々)を増やす方策に、カフェは非常に有効なようだ。

 タルマーリーの場合は、地域の産業にも影響を与えたようだ。発酵は自然栽培の素材の方が上手くいくと地域の人々に伝えたところ、自然栽培を行う農家が広がり出したというのだ。タルマーリーで使われる米や野菜など素材の多くが地元産の有機無農薬栽培になったという。また改築にも地元のスギ材を多用し木の風情が店全体を包む。それがまた地域の魅力になりつつある。

 すでに旅の要素・魅力は、名所旧跡ではなくなったとよく言われる。モノ消費(物品購入)からコト消費(体験)に移ったと表現されるが、カフェは食べ物などの物品を購入してもらいつつ、店に滞在する体験を楽しんでもらう、複合的な魅力がある。なにより田舎のカフェは、土地と結びついたストーリーが生み出せる場である。

 もちろん一時期人気を呼んだとしても、カフェの営業を続けるのは簡単ではないだろう。だがカフェには地域の魅力の窓口となり、田舎を救う力があるかもしれない……。そんな風に考えると楽しい。

(写真は、すべて筆者が撮影)

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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