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日産「ノート」はなぜ1位を取れたのか クルマの新しい「価値」とは 星野専務に聞く

井上久男経済ジャーナリスト
2016年11月に発売以来、快進撃を続ける「ノートe-POWER」(写真:つのだよしお/アフロ)

 日本自動車販売協会連合会が発表した2018年の登録車の新車販売車名別(軽自動車除く)で、日産自動車の「ノート」が13万6324台で1位となった。日産がこの分野において暦年ベースで1位となるのは初の快挙。上半期でも48年ぶりに1位だったことから年間を通じて好調だった。

 販売を牽引している大きな理由が、「e-POWER」技術だ。モーターとガソリンエンジン併用の「ハイブリッド技術」ながら、これまでのハイブリッドの概念を崩すもので、エンジンは発電機のみとして使い、駆動はモーターのみによることから、走行感覚は完全にEVであることが消費者に評価されているようだ。

 軽自動車も含めた国内販売シェアでは5位と苦戦が続く日産においては、一つの光明と言えるだろう。

「e-POWER」ではどのような販売戦略を駆使しているのか、なぜ消費者に受け入れられているのか。さらに今後の電動化戦略などを、日産で日本事業を担当する星野朝子専務執行役員に聞いた。(インタビューは昨年10月末に実施)

筆者のインタビューに答える日産自動車の星野朝子専務執行役員(撮影:岸本絢)
筆者のインタビューに答える日産自動車の星野朝子専務執行役員(撮影:岸本絢)

ハイブリッドだけど「EV」

――ノートe-POWERの販売が好調です。要因をどう見ていますか。

「一番最初に発売した時に、勢いよく売れたのは、電気自動車(EV)の新しい形という打ち出し方をしたことです。お客さまに『これは何だろう』といった不思議な感じを与えたことで、興味をもって買ってもらえたのではないでしょうか。日本のお客さまは新しいものが好きですから。発売から2年経っても、全く人気が衰えないのは商品が持つ『パワー』だと思います。

 最初に『電気自動車(EV)の新しい形』と打ち出しても、それほど売れないのではないか、技術的には『シリーズハイブリッド』ですので、『ハイブリッドの新しい形』と言った方がいいのではといった議論も社内にはありました。なぜならEVの『日産リーフ』が爆発的に売れてはいないからです。

 しかし、e-POWERは電気の力だけで走っています。エンジンは搭載していますが、エンジンは発電機のみとして使われ、電気モーターの駆動力のみによって走行しているという意味です。日産はEVを積極的に推し進めている日本では唯一の自動車メーカーなので、「EV」を前面に打ち出していこうということになりました。

 この2年近くは、お客さまに実際に乗ってもらうことを重視する営業戦略を大切にしてきました。販売店や試乗会に来ていただいて、乗ってもらえば、『わおーっ』といった感じで、その走りにびっくりする方が多くいました。エンジンは載っていても、走りは完全にEVですから」

アマゾンを使って試乗

――驚くような新技術があるわけではなく、価格もガソリン車より少し高く設定されている中で、これだけ売れているのは走りの良さということでしょうか。その走りの良さを理解してもらうために工夫したマーケティングはありますか。

「とにかく乗ってもらわないと、この商品の良さは理解していただけないと思いました。特徴の一つである『ワンペダル(アクセルペダルの踏み、戻しだけで加速と減速ができるシステム)』も実際に乗ってみないと、その快適性は体感できません。

日産のマーケティング部隊のチャレンジとして、各人が1年に一つは誰もやっていないようなマーケティングをする、ということがあります。そうした中で、たとえばアマゾンとの連携も誕生しました。一部地域では、試乗してみたいお客さまに対して、アマゾンがクルマを届けていたわけですが、『試乗を配達する』」という発想です(※注 この連携は現時点では終了)」

日産自動車グローバル本社(撮影:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
日産自動車グローバル本社(撮影:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

何台売るかよりも「何キロ乗せたか」

――いま、日本のお客さまは、複数の販売店を訪問して比較・検討しながらクルマを買うことがなくなったと言われ、購入前に販売店を訪問する回数が減ったようです。こうした課題への対策の意味もあったのですか。

「そうですね。クルマの販売は、まだインターネットを活用して最終決済までできませんが、それができるようになるくらい売り方もどんどん変えていかないと、お客さまの購買行動の変化についていけない時代になっています。

『NISSAN日産e-シェアモビ』という、使った時間で課金するカーシェアサービスを展開していますが、このサービスは運転免許証の写真をスマートフォンで送信して登録すれば、免許証をかざすだけでの画像認識でクルマのカギが解錠する仕組みになっています。『リーフ』と、『ノート』『セレナ』のe-POWERだけが対象です。EVの走りを体験してもらいやすくすることも狙ったサービスですが、我々の想定以上に利用者が増えています。お客さまは確実にカーシェアの方にシフトしている現実も見えてきています。クルマというハードを何台売るかという考え方だけではなく、お客さまを『何キロメートル乗せたか』という発想も重要になっています。

 現在、国内ではクルマを購入される方の平均年齢は50歳を超えているわけですが、このサービスの利用者は20~40代が約70%です。販売店でこれまでリーチできにくかった層です。そこで様々なマーケティング活動もできます。

 販売店にも『NISSANe-シェアモビ』のコーナーがあるのですが、他社のクルマに乗ってやってきて、何度か利用されているお客さまがいたので、営業担当者が声をかけたら、商談につながり、『リーフ』を買ってくれたそうです。営業担当者に説明を受けるよりも、自分自身で実際に確かめたいお客さまがいることも事実です。これもお客さまがEVの加速を体感して、面白さを知ってもらうことが販売にもつながっている事例の一つだと思います」

日産は今年1月、バッテリー容量を増やして航続距離を伸ばしたハイパフォーマンスモデル「リーフe+(イープラス)」を発表(撮影:筆者)
日産は今年1月、バッテリー容量を増やして航続距離を伸ばしたハイパフォーマンスモデル「リーフe+(イープラス)」を発表(撮影:筆者)

「ブラックアウト」にEV

――世間一般では、モノを売るのではなく、感動や共感といったものを売る、いわゆる「コト消費」が重要だと言われていますが、e-POWERでも同じことが言えるわけですか。

「『コト消費』という意味では、『リーフ』はもっとです。18年9月に発生した北海道肝振東部地震で、『ブラックアウト』が起こりましたが、『リーフ』を購入したお客さまから『これまでの人生でこれほど買ってよかったと思うものはなかった』という声をいただきました。

災害が起こらないことが一番ですが、日本は地震が多い国でもあるので、万が一の時にEVが役立っています。『LEAF to Home』というシステムでは、EVのバッテリーが一般家庭用電源に早変わりします。40kwhのタイプで、4人が生活する一戸建て住宅で約3日間分の電力が供給できるほどです。近所の人に冷凍庫用電源としてお貸ししたとか、給湯器の電力として活用でき、シャワーが使用できたといった声もうかがいました。食品や薬を保管するための電源としても活用されたとも聞いております。

同じ容量を備えた蓄電池を買おうと思えば、1500万円程度するそうですから、価格的にもEVはお手頃なのではないかと思います。企業がビジネスを持続的に継続させるためのツールとしてEVが蓄電池としても利用され始めています」

ビッグデータが財産

――2010年に発売した日産リーフは国内販売で10万台を超えました。爆発的に売れているわけではありませんが、この数字の意義は何でしょうか。

「『リーフ』には、クルマのインテリジェント化機能の一つで、駐車時に必要な操作をすべて自動化している『プロパイロットパーキング』なども備わっており、クルマとしての完成度が高まっています。先述した『ワンペダル』機能も進化しています。

10万台の「経験」は重要で、お客さまからのクレーム情報を含め、お客さまの了解を得て、利用状況を無線技術で吸い上げることで、制御技術などの進化に役立てています。いわゆる10万台のビッグデータを活用して開発に活かせることは一つの『財産』だと感じています。

ただ、数字を追い求めることも大切ですが、二酸化炭素を排出しないで走行できるEVを社会に受け入れてもらえる努力をすることがもっと重要です。これは日産単独の努力だけでは不可能です。自治体や企業などとも連携して社会全体のインフラを変えていくような活動がポイントかと思います。すでに富士山や乗鞍岳などの一部地域駐車場では、EV以外は入れないところもあります。そういうところを増やしていきたい。

 駅の近くなどの公営駐車場にも充電器を増やしていく工夫をしなければなりません。実際、現在は全国にガソリンスタンドが3万か所ありますが、近い将来その数をEVの充電器が抜くでしょう。

 EVを普及させていくということは、敢えて言うならば、社会の常識を変えていくことだとも思っています。社会全体で二酸化炭素の排出を抑制しようという一種の運動のようなものが必要です。単に『リーフを買ってください』だけではEVは普及しません。日産は社会全体で電動化を推進する運動を総称して『ブルー・スイッチ』と名付け、こうした活動を強化しています」

日産は昨年9月、テニスの大坂なおみ選手(右)とブランドアンバサダー契約を結んだ(撮影:つのだよしお/アフロ)
日産は昨年9月、テニスの大坂なおみ選手(右)とブランドアンバサダー契約を結んだ(撮影:つのだよしお/アフロ)

余剰電力の見える化

――EVではクルマの売り方を変えていくことも重要では。二酸化炭素や排気ガスを出さないわけですから、住宅と一体化するEV、たとえば、書斎やオフィスとして使うようなコンセプトを打ち出し、家具屋でEVを売るような発想が必要ではありませんか。

「そうですね。自宅に備えた太陽光発電とセットで売っていくことも重要です。売電価格が下がって厳しい状況ですが、余った電力をどこかに貯めておく必要があるわけで、そこにEVが活用できます。地域全体で余っている電力の『見える化』のようなものを進めて、余っている時に充電をすれば、インセンティブがあるような仕組みも構築していかなければならないでしょう。ただ、こうした考えを日産という企業のマーケティング手法だけで普及させていくのは難しいので、『ブルー・スイッチ』のような活動が必要と判断したわけです」

電動車を倍増で反転攻勢

――ところで、日産の国内販売シェアは5位です。商品数が少なく、顧客の選択肢が少ないような気がします。

「これから電動化やインテリジェント化を一層強化して巻き返していきます。販売店の方が一番、e-POWERの商品力を感じています。『ノート』だけではなく、『セレナ』にも搭載する時に『大きめの車でも大丈夫か』といった声があったのですが、手ごたえを感じています。現在、電動車は国内で4車種ですが、2022年までにEV3車種、e-POWER5車種を国内市場に投入していきます」

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが提案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

経済ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を退社。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ・ショック』(講談社、共編著)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文春新書)『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(同)。最新刊に経済安全保障について世界の具体的事例や内閣国家安全保障局経済班を新設した日本政府の対応などを示した『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)

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