日産、暴走する社外取 浮上した新たな「ガバナンス問題」
日産自動車と仏ルノーの資本関係が対等になった。ロンドンにて2月6日、日産の内田誠社長兼CEO、三菱自動車の加藤隆雄社長兼CEO、ルノーのジャンドミニク・スナール会長、ルカ・デメオCEOが記者会見し、日産とルノーの資本提携の見直しおよび三社連合の今後の新たな展開などについて発表した。
今後は各社独自の判断で
資本提携見直しの主な内容は、ルノーが保有する日産株43・4%のうち、28・4%をフランスの信託会社に信託することで、出資比率が15%に下がるというもの。これにより、これまで日産が保有していたルノー株15%に議決権が生じる。両社がともに議決権を行使できる株を15%ずつ持ち合う対等な関係になったということだ。
株価の状況次第で将来、ルノーは信託した28・4%の株を売却するかもしれないが、その場合も日産が優先的に引き取る権利を有する。ルノーは日産の同意なくして第三者に売ることはできない契約になっている。
筆者はオンラインで記者会見を取材し、日産、ルノーの両社のトップの発言からは共通の考えがあることが分かった。それは、「今後は各社独自の判断で」といったものだ。
会見で内田社長は「フレキシビリティが増大した。各社が必要な時に必要なことができ、ビジネスチャンスをつかむことができるようになった」と述べ、ルカCEOも「それぞれの会社が最適で動いていける体制ができた」と語った。
こうしたトップの発言の背景には、世界で自動車産業が大きく変化していることがある。両社のCEOとして長らく君臨したカルロス・ゴーン氏が展開してきた経営手法が一部通じなくなってきた面があるとも言えるだろう。
ゴーン時代とは世界情勢が変わった
氏は世界市場を一つとみなして、コストと効率を重視して規模を拡大させる戦略を主眼に置いてきた。このため、強引に日産とルノーの開発を統合することなどを進め、最終的には両社の経営統合を目論んだ。
しかし、2018年にゴーン氏が会社法違反などの罪に問われ、すでに5年が経過し、その間に新型コロナによるパンデミックやロシアによるウクライナ侵略、物価高騰によるインフレなどによって世界経済の情勢が大きく変わった。
こうした中、環境規制とそれに対応する電動化の動きが急速に進んだものの、市場ごとに細かくその動きを見ていくと、そのスピードと内容が違っている。たとえば、欧州や中国ではEVのシェアが20%近くに達し、急速にEVシフトが進むが、ハイブリッド中心の日本はまだ1%に過ぎないし、米国もまだ1桁台だ。市場ごとに消費者の価値観も多様化している。
ウクライナ危機でルノーの経営が悪化
将来は世界的にEVシフトが進むだろうが、足下では細かく市場ニーズに対応していかないと、企業は収益を確保できないというのが現実だ。日産は欧米、中国、アジア、日本とほぼ世界の全市場で戦っているのに対し、ルノーは欧州中心。
こうした構造の中で自動車産業にも大きな変化の波が訪れ、ゴーン氏の経営のようにコスト・規模追求の一辺倒では、日産、ルノー共に成長が見込めなくなった。だから個社の戦略を最優先し、限定した地域やプロジェクトで三菱自を加えた3社が協力する形が現状ではベストという判断になり、今回の資本提携見直しとなったのだ。
さらに言えば、ロシア事業の比率が高かったルノーは、ロシアのウクライナ侵略を機にロシア事業から徹底したことで経営が悪化した。ルノーがEVなどの新会社「アンペア」と、エンジン中心の「ホース」に会社を分けるのも欧州中心に生き残っていくための策の一つだ。
日産もゴーン時代の拡大戦略が裏目に出て、19,20両年度は巨額の最終赤字を計上した。現在も「負の遺産」を清算すべく、過剰設備対策とブランド価値向上策を中心とした構造改革を展開中だ。
日産社内での激しい攻防 「破断しても急ぐな」と社外取
こうして市場と個社の経営環境が大きく変化する中で求められるのは、スピード力ある対応だろう。いくら戦略が正しくても、動きが遅ければ、その戦略自体が陳腐化するのがこのご時世だ。しかし、今回の資本提携見直し交渉では、日産側に意思決定の遅さに課題が残った。
収益に責任を負う内田社長は、業績回復と成長を最優先としているため、ルノーとの交渉で早期の妥結を目指し、次のステップに進みたい考え。ルノーも同様だった。しかし、日産の社外取締役の一部が「交渉が破断しても急ぐ必要はない」と主張し、早期解決を目指す内田氏と考えが食い違った。当初は22年秋頃に合意する見通しだったのが、年明けまでにずれ込んだ理由の一つが、一部社外取締役による執行に対する過剰な干渉にあると筆者は見ている。
社外取が執行のスピードを妨害
この交渉を取材していたあるメディアも「日産社内でも激しい攻防があった」と報じた。内田社長と対立したのは、筆頭社外取締役で指名委員会委員長の豊田正和・元経済産業審議官と、井原慶子・報酬委員長だと見られる。
特に豊田社外取締役は、内田社長を差し置いて、独断でスナール会長やルノーの筆頭株主であるフランス政府と直接交渉し、日産社内を混乱させた。日産にはまるで「2人のCEO」がいるかのようだった。
1999年に日産とルノーが資本提携した際にも、その後、ルノーが日産との経営統合を目論むなど日産への支配力を強めようとした際にも、その背後に仏政府がいた。もともとルノーは国営企業だったので、今でもトップ人事は仏政府の承認事項であることなどから、重要案件で仏政府に同意を求めるのは当然といえる。が、果たして執行トップであるCEOを差し置いて社外取締役がしゃしゃり出てくることなのだろうか。
このルノーとの交渉に限らず、今の日産では、通常の業務に関しても社外取締役、特に豊田氏と井原氏に根回ししないと、取締役会での決議で反対される可能性があるため、根回しに不要な労力を使っている、とされる。
日産は「ゴーン事件」に懲りて、社外取締役中心の指名委員会等設置会社に移行した。それは、ガバナンスを強化するための取締役会の改革が目的であり、社外取締役が執行の実務を担うものではないはずだ。
検証が求められる社外取の行動やガバナンス
こうしたガバナンス上の問題だけではなく、一部の社外取締役が執行に何でも関与したがる今の日産の体制が、意思決定や実行のスピードを遅らせているように見えてならない。
冒頭でも述べたように、ルノーとの資本関係見直しにより、日産は新たな提携先を探すことも可能になった。日産が再浮上するために新たな戦略を展開するだろう。それを確実にかつ素早く実行し、日産が本当に再生するためには、さらなるガバナンス改革が必要なのかもしれないと筆者は感じている。日産は企業として、今回の一部の社外取締役の行動を含めたガバナンスの問題について、しっかりと検証すべきだ。
日産の社外取締役では、豊田、井原の両氏はゴーン氏がCEOの時代の18年6月に選任され、ゴーン事件に対する監督責任もあったはずだが、指名委員会等設置会社に移行後もそのまま残っている。在任期間が5年近くになっており、そろそろ退任してもいいのではないか。
社外取締役の仕事は「利権」ではない。新しい視点で日産のガバナンスをチェックする局面が来ている。ただ、その社外取締役の人事を決めるのも指名委員会だ。今後、指名委員会が誰を新たな社外取締役に選ぶのかも見識が問われるところだ。