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週末ウシクが勝てば井上尚弥のPFP1位は揺らぐのか?ヘビー級4団体統一戦まで2日

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ウシクの公開練習から(Mikey Williams / Top Rank)

3ヵ月の仕切り直し

 井上尚弥vs.ルイス・ネリの興奮から10日あまり経った。試合から4日後、米国の「ザ・リング」はパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングを更新。テレンス・クロフォード(米=世界ウェルター級3団体統一王者)に代わり井上をトップに復活させた。パネリスト(投票者)のコメントにもあるように井上とクロフォードではアクティビティの差が歴然だ。エロール・スペンス・ジュニア(米)とのウェルター級4団体統一戦で一世一代のパフォーマンスを披露したクロフォードだが、その後リングから遠ざかっている(復帰は8月3日・ロサンゼルス)。マーロン・タパレス(フィリピン)、ネリを撃破した井上の無双ぶりがより評価されるのは当然だろう。

 これでモンスターの最強ボクサーとしての地位はしばらく安泰かと思いきや、世界的にもっとも権威があるとされるザ・リング、同じく複数の識者の投票でPFPランキングが選定される米国のスポーツ専門メディアESPNとも現在3位を占めるオレクサンドル・ウシク(ウクライナ=WBAスーパー・IBF・WBO世界ヘビー級統一王者)があさって18日、サウジアラビア・リヤドでタイソン・フューリー(英=WBC世界ヘビー級王者)と4団体統一戦を行う。当初、2月17日に同地で行われる予定だった注目の対決はフューリーがスパーリング中に右目脇を深くカットしたことが影響し3ヵ月延期された経緯がある。

 後述するように小差ながら有利を予想されるフューリー(34勝24KO1分無敗)が勝っても井上の地位が脅かされることはないだろう。しかし近年、PFP争いで常に上位に食い込んでいるウシク(21勝14KO無敗)が「小が大を制す」スペクタクルな勝利を飾って4本のベルトを巻けば話は変わってくる。そしてその可能性は少なくない。

レジェンドの業績を追うウシク

 ロンドン・オリンピックでヘビー級金メダリストに輝いたウシクは、プロ転向後ヘビー級の次に重いクラス、クルーザー級(200ポンドリミット)で4団体統一王者に就いた。もしフューリーを下せば2階級で比類なきチャンピオンに君臨する。同じ偉業を達成したレジェンドに“リアル・ディール”(本物)ことイバンダー・ホリフィールド(米)がいる。そう、マイク・タイソン(米)と2度グローブを交え、第1戦で鉄人に11ラウンドTKO勝ち。第2戦は有名な「耳噛み事件」で失格勝ち。そのほかにもジョージ・フォアマン、リディック・ボウ(ともに米)、レノックス・ルイス(英)らと戦った戦士中の戦士である。

 クルーザー級からヘビー級へ進出したホリフィールドには体重差というハンディが付きまとった。それはウシクにも当てはまり、最近の試合を比較すると、270ポンド(122.47キロ)ほどでリングに上がる巨人フューリーに対し、ウシクは220ポンド(99.79キロ)ほどと約50ポンド、22キロから23キロの開きがある。いくら体重フリーのヘビー級といえども、その差は大きい。いや体重フリーだからこそと言い換えられる。

16日の記者会見で対面したフューリー(左)とウシク(写真:Mikey Williams / Top Rank)
16日の記者会見で対面したフューリー(左)とウシク(写真:Mikey Williams / Top Rank)

 それでもウシクはフューリーに劣らない体格を誇るアンソニー・ジョシュア(英)からヘビー級3団体統一王座を獲得し、リマッチでも返り討ちにしてベルトを守った実績が見逃せない。その功績がPFPランキングを押し上げた。エリートアマ時代から培ったスキルに加え、リングIQ、アゴの強靭さ、スピードとパワー以外の分野ではフューリーに比肩するか凌駕するものを兼備している。体格差からウシクが今回選択するのは接近戦とも推測できるが、彼が得意にするのは中間距離――というのが一般的な見方だ。

オッズはほぼイーブン

 ただウシクは昨年8月にポーランドで行ったWBAヘビー級レギュラー王者ダニエル・デュボア(英)との防衛戦でケチをつけた。デュボアのボディーブローがトランクスのベルトラインに当たり、キャンバスに倒れ込み休息時間が与えられた。通常、ベルトラインにヒットしたパンチはローブローと見なされない。その後試合は続行され、ウシクが9ラウンドKO勝ちを収めたのだが、デュボア陣営が提訴する事態になった。「ウシクは意外とボディーが打たれもろいのではないか」と今回の試合を心配する向きもある。

 オッズは、フューリーが最新試合で総合格闘技UFC元ヘビー級王者フランシス・ガヌー(カメルーン)にダウンを奪われる大苦戦を経験したことで接近。1ヵ月前あたりではむしろ若干ウシク有利の数字を出すブックメーカーもあった。それでもフューリーが持ち直し、アメリカ式の表記で-120、1.2―1でWBC王者が有利と出ている。

 でも予想はほぼ互角と考えていいだろう。繰り返すがウシクが勝つ確率は少なくない。ホリフィールドが持っていたカリスマ性がウシクにも感じられてならない。ウクライナ戦争という状況も味方しそうな雰囲気も漂う。

イノウエの勝利よりもインパクト絶大

 米国CBSスポーツのボクシング・メインライター、ブレント・ブルックハウス氏は最新の記事で「ウシクがホリフィールドの足跡を追って比類なきチャンピオンになる」と記した上で「フューリーに勝つことはイノウエやクロフォードがそれぞれ、どんな勝利を収めようとインパクトで勝るものがある。パウンド・フォー・パウンド・リストのトップに推進させるだろう」と記述している。現在CBSスポーツのPFPランキングでウシクは4位(1位:井上、2位クロフォード、3位サウル“カネロ”アルバレス=スーパーミドル級4冠統一王者)。フューリー戦の勝利で井上とウシクのポジションが逆転すると読んでいる。

 とはいえウシクはただ勝つだけでは井上の上に立つことは難しいだろう。印象的な勝利を飾ってもスコアカードの勝負なら、たとえ順位を上昇させてもトップ昇格は無理ではないか。体格と総合力の点で“怪物”と見なされるフューリーをストップすることがどうしても求められる。それは至難の業に思える。

ホリフィールドvs.タイソン第1戦(写真:The Fight City)
ホリフィールドvs.タイソン第1戦(写真:The Fight City)

 ホリフィールドがタイソンとの初戦で見せつけた勇気、神がかり的なパフォーマンスが要求される。またクロフォードがスペンスにTKO勝ちしたような、ぶっちぎりの試合を披露しないと達成できないはずだ。

 果たしてウシクは世界中のファンを魅了して最重量級とPFPのトップに立つことができるのか?その時、井上の順位は?サウジアラビアで鳴る運命のゴングまで48時間を切った。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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