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新型コロナとトキメキとの狭間で、動き始めた大学授業 東京海洋大学の例

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
都心の大学でヨット操船の授業中。重要な指示だけはマスクをはずし明確に(筆者撮影)

 第3波かと警戒されている新型コロナウイルスの感染の広がりの中、感染防止策とトキメキをもって入学した学生の強い希望との狭間で、対面の大学授業が動き始めています。船にかかわる仕事に就きたい学生が主に集まる東京海洋大学にて、動き始めた授業を見学しました。

感染防止策の中での大学授業

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、全国の多くの大学では学生が集合する形での入学式が見送られ、一時はほとんどの授業がスマートホンやタブレットを使った遠隔授業に置き換えられました。この方式をリモート授業と呼んでいます。

 明治以来脈々と続けられてきた黒板とチョークを使った授業。これが今でも定番の中で、より進化して理解しやすい授業スタイルへ脱皮するチャンス。筆者の個人的な意見としては、この時期にリモート授業は試行錯誤の中で進化するべきだろうと思っています。

 その一方で、実験や実習に特徴のある学部では、そういった特徴に「トキメキを持って入学した」という学生が多く、実験や実習までリモート授業になってしまうと「何のために、この大学に入学したのか」と悩む羽目になります。

 実験や実習には危険が伴いますから、学生の安全管理に関してはそれぞれの学部で細心の注意を払っています。そのため、それなりのノウハウが蓄積しています。ところが、感染対策についてはノウハウの蓄積がなく、やはり試行錯誤の状態にあると言っていいと思います。ただ、リモート授業の試行錯誤と違うのは、人の命に関わる点です。「感染させてはいけない、ましてやクラスターが発生するなどとんでもない。」日頃の安全管理にさらに感染防止策がのしかかってきて、実験や実習を担当する教員にはたいへんな重圧です。

感染防止策のポイントは

 東京海洋大学越中島キャンパスにて、ヨット操法の実習があると聞いて、参加しました。筆者は勤務先でヨット部の顧問をしています。そのため、ヨット部の活動における感染防止策はどうあるべきか、勉強も兼ねた見学です。

 見学したのは、海洋工学部の学部授業「生涯スポーツ2 セーリングヨット実習」です。学部2年生30人が登録している選択授業となります。授業統括は田村祐司先生、実技指導は非常勤講師の西村一広さん、指導補助は大学ヨット部OB、そして大学院生がティーチングアシスタントに入って、7人の指導体制で安全管理は万全です。

 田村祐司先生(図1)に、お話をおうかがいしました。

図1 授業担当の田村祐司先生(筆者撮影)
図1 授業担当の田村祐司先生(筆者撮影)

斎藤「学生たちは生き生きとして授業を受けていますね。」

田村先生「はい、今日は3回目の授業です。すべて丸一日を使う授業で、だいぶ操船に慣れてきたように思います。今日は少し風がでているので、セーリングにはもってこいの日です。」

斎藤「軒並みリモート授業になる中、今回の実習の意義は?」

田村先生「リモート授業が多い中、学生の要望にできるだけ応えたいと思い、開講しました。最初はジョギングに置き換えようかと考えたのですが、それでは学生が本学を選んだ意義が薄れてしまいます。」

斎藤「この実習は、これまでも行われてきたのですか?」

田村先生「はい、数年前まで3年間ほど、お台場近郊の大きなプールを借りて実施していました。その施設が取り壊されてしまったため一時休止しましたが、本学のポンド(港)を使い、再開にこぎ着けたところです。今年は帆走実習という、カッターに帆をたててセーリングする授業が様々な理由でできなくなったので、ヨット実習はどうしても実現したかったところでした。」

斎藤「感染防止策で工夫したところは?」

田村先生「マスクの着用や手洗いは通常の感染防止策と同じです。ヨット1艇には学生とインストラクターの合計2人しか乗船しません。お互いが距離をとって同じ方向を向くので、飛沫対策には問題ないと思います。問題は、乗船待ちの状態です。どうしても学生同士が集まっておしゃべりをしてしまうので、図2のように距離をとって椅子を並べました。こうすれば、椅子に座って他の学生の操船を見ながらイメージトレーニングに集中できます。」

斎藤「安全対策はどうでしょうか。」

田村先生「幸い、ヨット部OBなどが全面的に協力してくれています。ライフジャケットの正しい着装指導はもちろんのこと、落水防止、岸壁衝突回避、万が一の落水にはレスキューボートが救助する体制を敷いています。さらに、大学のポンドの中で活動するため、他の船との衝突も回避できます。ライフジャケットはある企業の好意によりそろえることができました。」

図2 なるほどの感染防止策。自分の順番が回ってくるまでは、一定間隔に配置されたパイプ椅子に座って他の学生のヨット操法を見学する。丸一日の授業なので、立っているのに疲れて座りたくなる習性にうまく合わせた(筆者撮影)
図2 なるほどの感染防止策。自分の順番が回ってくるまでは、一定間隔に配置されたパイプ椅子に座って他の学生のヨット操法を見学する。丸一日の授業なので、立っているのに疲れて座りたくなる習性にうまく合わせた(筆者撮影)

安全対策のポイントは

 コロナの時代といっても、安全対策の手を緩める訳にはいきません。

 今回の講師陣には大学ヨット部OBが勢揃いしました。例えば、西村一広さんはプロセーラーでアメリカズカップ元日本代表です。経験豊かな講師陣がインストラクターとして1艇に1人ずつついて、学生に説明をしました。講師の話を横から聞いていましたが、「船は舵が壊れたらアウトだ。だから舵を壊さないように、接岸する側とか進路を譲る側とかが決まっている」といった筆者でも知らなかったうんちくを聞くことができました。

 大学OBの村橋俊之さんに、実習に使ったヨット(図3)について話をうかがいました。

斎藤「このヨットはどういった種類に分類されますか?」

村橋さん「セーリングカヌーという分類になります。例えば子供が前に、お母さんが真ん中に、お父さんが一番後ろに乗船するような使い方がされます。ファミリー向けですね。今日は真ん中にインストラクターが座り、学生が舵を取ります。」

斎藤「このヨットを扱うことで、学生はどのようなことを学びますか?」

村橋さん「船との対話です。気軽に扱うことのできるヨットですが、そうそう自分の思い通りに舵がとれません。風の強さと向きを考え、少しずつ舵をきるような丁寧さが求められます。また、ヨットの中の重さのバランスの取り方によっても進む方向が変わります。こういう体験の積み重ねが大型船を操船する時の安全管理の感覚を養っていきます。」

 

図3 ヨットの取扱い説明の様子。手前がヨットの後方にあたる(筆者撮影)
図3 ヨットの取扱い説明の様子。手前がヨットの後方にあたる(筆者撮影)

 学生たちは狭いポンドの中を帆走実習します。時々進み過ぎてしまって、狭い場所に入り込んだりします。そうしたヨットを救出するのがレスキューボートの役割です。8馬力の船外機をゴムボートに取り付けて、OBがポンドの中を忙しく回ります。

 図4は、ヨットの舵に不調が発生し、レスキューボートが復旧のために近づいている様子です。衝突を避けるため、エンジンを使った操縦からオール漕ぎに変えています。手慣れたものです。

図4 レスキューボートによる安全管理。都心の高層ビルに囲まれた実習も学生には人気だ(筆者撮影)
図4 レスキューボートによる安全管理。都心の高層ビルに囲まれた実習も学生には人気だ(筆者撮影)

参加学生の感想は

 参加していた学生の1人である永井陽香さん(海洋工学部海事システム工学科2年)に話を聞きました。

斎藤「今日の実習の率直な感想は?」

永井さん「先週の2回は、風が全く吹かなかったのでカヌー状態でした。ところが今日は風があって、セーリングを実感できます。」

斎藤「永井さんにとって今日の実習の意義は?」

永井さん「私は航海士を夢見て、この大学に入りました。だから、こうやって船に乗って実際に操るとトキメキを感じるのです。」

斎藤「どういうトキメキですか?」

永井さん「自然と協力しながら航海する魅力です。温かみを感じることができます。でも時々自然の脅威を感じて緊張することもあります。このコントラストを体感するからこそのトキメキです。このトキメキは実習があるからこそ得られます。」

斎藤「感染防止策についてはどう思いますか?」

永井さん「この実習では、風が通り抜けるので換気の点では安心しています。部屋の中のように換気が気になるような場所での実習だと、やはり不安があります。」

さいごに

 新型コロナウイルスの感染防止策はさらに徹底されなければならない状況になりました。その一方で、トキメキをもって入学した学生の強い希望も叶えていかなければ、特徴をもった各大学の存在意義にかかわってきます。対面の大学授業はどのようなところから再開していくべきか、しばらくは模索が続きます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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