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住宅購入の大誤解(1) ホントなの?「中国人が現金持参で、新築を買いにくる」

櫻井幸雄住宅評論家
キャスター付きスーツケースに現金を詰めて、マンションを買いに来る中国人が多い?(提供:イメージマート)

 住宅購入に関して、誤った情報が広がりやすい。

 たとえば、中国人が数億円の現金を旅行用大型バッグに詰めて新築マンションを買いに来る……私はそんな姿、みたことがないのだが、本当なのだろうか。

 念のため、都心の新築マンション販売センターのいくつかに確認してみた。もちろん、そんな事実はなく、失笑を買うこともあった。

 「そんなこと、あるわけないでしょ」である。

 なぜ、あるわけないでしょ、なのか。冷静に考えると、その理由が分かる。

今、多額の現金を海外に持ち出すことは……

 まず、「あり得ない」のは、数億円の現金を中国から日本に持ち込むこと。

 世界的にマネーロンダリングに対する規制が厳しくなっている現在、日本円で100万円、米ドルで1万ドルを超える現金を海外に持ち出すことも、外国に持ち込むことも容易ではない。犯罪との関連を疑われたら、多額の現金を没収されることもあり得る。

 その問題をなんらかの方法でクリアしたとして……数億円の現金を運ぼうとしたら、キャスター付きスーツケースが数個必要。それらをガラガラと押す中国人がマンション販売センターに殺到したら、どうなるか。噂になって、犯罪者が狙うだろう。いまどき、そんな不用心なことをする人はいない。

 さらに、無事に数億円を販売センターに持ち込んだとして、不動産会社が受け取るのか、という問題もある。

 数億円もの大金を受け取っても、安全に保管する場所が販売センターにはない。販売センターの多くはプレハブづくりで、大型金庫を備えていない。その気になれば簡単にドアや壁を破られ、強奪されてしまうからだ。

 すぐに銀行に預ければよい、と思うかもしれない。が、販売センターに会社の通帳やキャッシュカードがあるはずもなく、とりあえず、社員個人の口座に入れるようなことをしたら、横領を疑われてしまう。

 そもそも、今の金融機関は事前連絡なしで数億円もの大金を持ち込んでも預かってくれない。ここでもマネーロンダリングが疑われるからだ、同様に、不動産会社も多額の現金を持ち込む客に対し、マネーロンダリングを疑うので、お引き取りいただくのが通常の対応となる。

 参考までに、基本的なことを記させていただくと……。

 新築マンションでは建物ができあがった後に、代金支払いと登記が同時に行われる。代金の振り込みが行われる日に登記が変更されて、引き渡し完了となる。

 だから、建物が建設中の販売センターに多額の現金を持ち込んでも何も起こらない。申し込み証拠金として、数万円〜10万円程度を受け取ってもらえるだけなのである。

 「中国人が現金を持って、数億円の新築マンションを買いにくる」のが、いかに荒唐無稽であるか、お分かりいただけただろう。

中国人が新築マンションを買いあさる、も誤解

 昭和時代のテレビドラマや映画では、家の権利書を強奪され、「マイホームを失った!」と嘆くシーンがよくあった。

 実際には、権利書を取られただけで家を失うことはなく、登記を変更されなければ大丈夫なのだが、「権利書を取られたら、大変」という誤解が世間一般に広まっていた。だから、そのようなシーンが多発したわけだ。

 同様の誤解が、今の世の中でも生じている。

 前述した「中国人が現金で新築マンションを買いに来る」という誤解はその1つ。さらに、「値上がりした都心の新築マンションを買っているのは中国人ばかり」というのも誤解だ。

 誤解なのだが、マスコミにも信じている人が多いため、都心の新築分譲マンションで記者発表会を開くと、必ず「外国人、特に中国人のマンション購入者はどれくらいいるのか」との質問が出る。

 答えは、どの不動産会社も「中国人の購入者はいません」だ。

 意外と思う人が多いのではないか。

 中国人は間違いなく、日本のマンションを買っている、と。

 確かに、マンション購入者に中国人は多い。しかし、繰り返すが、新築マンションは買っていない……ここに、見解の相違が生じる原因があった。そのことを説明したい。

中国人が好むのは中古のマンションやアパート

 まず、一口に中国人といっても、大陸の人ばかりではない。台湾の中国人もいるし、香港の中国人もいる。そのうち、台湾と香港の中国人は以前から日本の新築マンションを購入していた。が、その数は決して多くはない。

 一方、大陸の中国人は新築マンションを狙わない。彼らが好むのは中古のマンションや一戸建て、そして木造アパート。割安であったり、格安の物件をさらに値切って購入するのが彼らの流儀だ。

 中古ならば、格安物件がみつかるし、値引きにも応じてくれる。しかし、新築マンションは軒並み値段が高く、値引きにも応じてくれない。大陸の中国人にはおもしろみのない物件なのである。

 大陸の中国人がさかんに買っているのは中古物件で、新築マンションとはジャンルが異なる。不動産市況において新築と中古はまったく別の動きをするため、不動産に詳しい記者であれば、中国人がさかんに中古マンションを買っても、新築マンションに影響は出ないと知っている。

 つまり、「中国人が中古を買う」ことと「新築マンションが値上がりする」ことに関連はないのだ。

 ところが、不動産の取材歴が浅い若手記者だと、中古マンションも新築マンションも同じ「マンション」だと思ってしまう。

 さらに、古い木造アパートの一棟買いも新築マンションの区分買いも同じだと考えてしまうので、「新築マンションの価格が上がったのは、中国人がマンション(中古マンションや中古アパート)をさかんに買ったから」と論じてしまう。

 しかし、実際のところは「中国人は新築マンションを買っていない。だから、新築マンションの価格が上がったことに関与していない」のである。

 不動産や住宅に関しては、事実とはいえない報道が多い。

 以前も、大家が建物の手入れをしなくなったため、ボロボロになったアパートを撮影して、「分譲マンションもいずれ、こうなる」と紹介したテレビ番組があった。区分所有者が管理組合を結成する分譲マンションと、個人が所有するアパートはまったく別物という認識がないのだろう。

 困ったものである。

 「中国人が数億円入りのスーツケースを持ち込み、都心の新築マンションを買いあさっている」という話は事実ではないが、話としてはおもしろい。おもしろいから広まってしまう。

 そういった誤解を解くため、これからも住宅購入に関する真偽がはっきりしない話を紹介し、実際はどうなのかの検証を行ってゆきたい。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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