板門店・南北米三者会合から見る非核化交渉の行方、カギは韓国
6月30日に板門店で行われた歴史的な南北米三者会合。米朝首脳の約1時間に及ぶ会談の結果と、南北米という枠組みから非核化交渉の行方を見通す。筆者はやはり韓国の役割が大きいと見る。
●米朝首脳会談の結果は「曖昧」
昨日6月30日の「三者会合」の意味については、昨日の記事で明らかにした。簡単にまとめると、平和協定と米朝関係、非核化や南北関係が複雑に絡まり合う朝鮮半島問題を解決するためには、南北米という相互補完の枠組みが必要というものだ。
これは過去の金大中時代(98年〜03年)にも存在したが、実際に三国首脳が向き合うには至らなかった。そうした中、史上初めて南北米首脳が一堂に会することで、朝鮮半島平和プロセスがこれまで越えられなかった壁の一つを乗り越えたという見方だ。
2019年6月30日「板門店・南北米三者会合」の読み方
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190630-00132319/
そしてもう一つ見逃してはならないのが、53分間にわたって行われた米朝首脳会談の内容だ。即席に近い会談であり、共同記者会見も共同合意文も無かったため、内容は会談後のトランプ大統領の「解説」と、北朝鮮メディアを通じて知る他にない。
まず、トランプ大統領は会談終了後に行った短い会見で「今後2〜3週間の間に米国と北朝鮮側がチームを構成し実務作業を進める。そうすれば会談が可能なのか分かる」とし、「大きく複雑な問題であるが、人々が考えるほど複雑ではない」と述べた。
また、「今日の会合はとても強固で生産的だったと考える。これからどうなるかは見守るべきだ。そして正しい結果を私たちは追求する」とした。いずれもとても抽象的なコメントだ。
一方、北朝鮮の朝鮮中央通信は1日、「金正恩国務委員長がトランプ米大統領と板門店で歴史的な対面」と報じた。
その中で「朝米両国の最高首脳は、朝鮮半島の緊張状態を緩和し、朝米両国間の忌まわしい関係にけりをつけて劇的に転換していくための方途的な問題」と、「それを解決するうえで歯止めとなる互いの憂慮事項と関心事的な問題について説明して全面的な理解と共感を表した」と会談内容に言及した。
さらに「朝米の最高首脳は、今後も連携を密にして朝鮮半島の非核化と朝米関係において新しい突破口を開くための生産的な対話を再開し、積極的に推し進めていくことで合意した」と会談を振り返った。表現は重厚だが、内容はやはり曖昧といえる。
●トランプ「2年半前」発言の真相
トランプ大統領はこの日、オバマ前大統領を意識した発言を随所で行った。
まず、午前中にソウルで行われた米韓首脳会談後の記者会見では、「これ以上のミサイル実験も核実験もない。韓国は完全に違う国になったし、日本も変わった。韓国と日本の空の上にこれ以上ミサイルが飛ばなくなった」とし、「オバマ大統領もこんなことはできなかった。金正恩委員長はオバマ大統領に会わなかっただろう。オバマ大統領は会議をとても望んでいたが成就しなかった」と述べた。
さらに、午後の金委員長との首脳会談前の冒頭発言では「私が大統領に当選する前、2年半前の状況を振り返ると、とても悪い状況だった」と言及した。これらは「私はオバマよりも優れている」という表現だ。
こうした発言は、6月26,27日と米国で民主党の討論会が開催されるなどの日程を受けた、次期米大統領選をにらんだものであることは間違いない。
ただ、ひとつ付言すると、これには韓国の影響もある。オバマ大統領の任期09年1月から17年1月というのは、南北関係が非常に悪かった時期と重なる。李明博(08年〜13年)、朴槿恵(13年〜17年弾劾罷免)という保守派の大統領は、核開発を重ねる北朝鮮との対話条件を高く設定してきた。
現在の統一部長官・金錬鉄(キム・ヨンチョル)は著書でこうした態度を「北朝鮮との対話を補償として考えた」と表現する。言い換えると、北朝鮮が先に何か譲歩してこそ対話が始まるという考え方だが、これは解決策として正しくなかった。互いの譲歩がないまま南北関係の完全な断絶、そして北朝鮮の核能力の一方的な強化という結果をもたらした。
これは17年5月の就任後から一貫して「無条件での対話」を訴えてきた文政権とは、大きく異なる姿勢だ。筆者が過去の記事を通じ何度も述べてきたように、現在の韓国の北朝鮮政策は「包容政策(太陽政策)」である。これは経済的・軍事的に余裕のある韓国が譲歩して、北朝鮮の改革開放を促進するという能動的なものだ。
つまり、オバマ大統領の時代は、韓国が対話に積極的でなかったため、その「とばっちり」をオバマ大統領も受けていた。米韓の歩調が合うことが、朝鮮半島問題においていかに大切かよく分かる実例だ。
●非核化の今後と韓国
筆者はこうした点を根拠に、米朝非核化交渉の進展は韓国抜きでは進まないと主張したい。その理由は、南北合意に隠されている。ここでいくつか「包容政策」に詳しい韓国の専門家の見解を紹介したい。
海軍将校出身で南北関係に精通した金東葉(キム・ドンヨプ)慶南大極東問題研究所教授は自信のSNSで「北朝鮮は今年2月のハノイ米朝首脳会談の決裂の一因を、昨年9月の南北首脳会談の結果が履行されるよう努力しなかった韓国に求めて、そこに失望を覚えている」と分析する。
金教授が注目するのは「平壌共同宣言」の5条2項だ。
「北側は米国が『6.12米朝共同声明』の精神に従い相応措置を採る場合、寧辺核施設の永久的な廃棄のような追加措置を続けて行う用意があることを表明した」という内容について、韓国が米国を説得する「約束」を果たさなかったという見方だ。このため「北側は平壌共同宣言全体が無力化したと考えている」というのだ。
[全訳] 9月平壌共同宣言(2018年9月19日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180919-00097442/
しかし文大統領は、先月26日に世界主要通信社6社との間で行った書面インタビューで、こう答えている。
質問:昨年10月にヨーロッパ歴訪の際に「北朝鮮の非核化が、後戻りできない段階に到達したという判断できる場合、非核化を促進させるため、制裁緩和が必要だ」と発言した。大統領の考える「後戻りできない段階」とはどの程度なのか、また、その措置が行われた時の制裁の水準はどの程度のものなのか。
答:ハノイ会談で寧辺核施設の完全な廃棄が議論されたことがある。寧辺は北朝鮮核施設の根幹だ。プルトニウム再処理施設とウラニウム濃縮施設を含んだ、寧辺のすべての核施設が検証の下で完全に廃棄されるならば、北朝鮮の非核化は後戻りできない段階に入ったと評価できる。(後略)
先日の記事で言及したように、この発言は韓国で波紋を呼んだ。「完全な非核化イコール寧辺の廃棄なのか」という疑問が寄せられたのだ。これに対し青瓦台は「完全な非核化を指すものではない」としながら、「どの段階が後戻りできない時点なのかを決めることが交渉の核心になる」と答えている。
こうした韓国の立場について、やはり南北関係に詳しい崇実大政治外交学科の李貞チョル(イ・ジョンチョル)教授は「米国に対し『寧辺核施設の放棄から始めること』を受け入れるよう強く求めているに等しい。韓国としては覚悟の発言だ」と解釈する。
つまり、二人の専門家の考えを総合すると韓国はこれまでの南北・米朝合意を尊重しつつ、寧辺核施設の完全廃棄を突破口に交渉を進めようとしていると理解できる。そしてその途中で開城工業団地の再開など、韓国がリスクを負う形での制裁解除を求め、次のステップに進むという考えだ。
米朝理解は困難
これまでの米朝対話を見ていると、双方の妥協はあり得ないように思えることが多い。米国は核施設、大量殺傷兵器(WMD)、弾道ミサイル発射施設などの全廃棄をまず北朝鮮側が飲む「ビッグディール」から始めようとするが、「武装解除」とも取れるこの要求を北側が受け入れるかは未知数だ。
前出の金教授はこうした状況について先月29日、やはりSNSを通じ「北朝鮮に最終段階の具体的な姿(上記内容)を要求するのならば、米国もこれに相応する具体的な措置を明らかにしなければならない」と言及した。
今後、米朝の実務会談が行われるが、双方ともこうした「溝」を埋めるのは容易ではない。双方の立場を知る韓国がリスクを取る形で、非核化を促進していくことになるしかないのではないかと筆者は考える。
●板門店における「三者」の対話
青瓦台は1日、「平和に向かう人類の歴史の里程標、南北米三首脳が板門店で出会いました」という名の映像を公開した。
この中で、興味深い三者の姿と対話の様子が紹介されている。映像の2:05からの対話を翻訳する。
トランプ:私が大統領に就任した時、朝鮮半島にはとても多くの葛藤があった。しかし今は完全にその反対になりました。私と金委員長すべてにとって栄光で、私たちはよく協力してきました。文在寅大統領にも感謝します。
金正恩:とても明るい前途を展望できるこうした瞬間を作るのに、大きな貢献をしてくれたお二人に感謝の言葉を伝えます。
何かが解決したような、大げさで感傷的な演出をしている映像だ。だが現実には北朝鮮への経済制裁は維持されており、非核化は一歩も進んでいない。前述したように、それぞれの思惑も異なるだろう。
ただ一つ言えることは、死活問題であるという理由から、韓国がこの中で最も非核化に積極的であるという点だ。非核化は長いプロセスにならざるを得ない。そしてその一番の近道は、北朝鮮が門戸を開くことに他ならない。
そのために韓国政府としては、今できることをやっているのだ。韓国の粉骨砕身の先にしか、非核化は存在しないだろう。