菅政権下で戦場記者が絶滅する理由―あの人物が続投、戦後初の暴挙
紛争地で取材を行うジャーナリストやカメラマン、いわゆる「戦場記者」は、日本においては「絶滅危惧種」だ。メディア不況や報道の内向き化、取材中のリスクの増大、「自己責任」バッシング等、既に戦場記者をめぐる環境はあまりに酷なものとなっている。そして、安倍政権の政策を継承する菅政権が戦場記者をいよいよ絶滅させることになるのかもしれない。
◯八方塞がりの戦場記者にとどめ
日本の戦場記者は「絶滅危惧種」。いずれ、本当に「絶滅」してしまうかもしれない。筆者はそう感じている。大手メディアは危険な現場から自社の記者達を連れ戻すようになり、フリーランスはメディア不況の中、取材経費に見合う報酬を得られなくなっている。そもそも内向き化が著しい日本の報道の中で、取材成果を発表する機会も大幅に減った。近年、紛争地で記者達が誘拐や殺害の対象となっている等、取材中のリスクも高まっている。
何より、日本の戦場記者達が直面する特有の問題がある。イラク戦争以降の「自己責任」バッシングの影響は大きい。紛争地取材に危険はつきものであるが、万が一、現地で誘拐などされようものなら、仮に生きて帰国できたとしても、本人のみならずその家族や親戚まで、政府関係者からメディア、そしてネット等で、執拗に叩かれる。ワイドショーで門外漢のコメンテーターがしたり顔で的外れな批判をし、SNSや個人ブログ等であることないことデマも吹聴される。ただでさえ八方塞がりな状況であるが、さらに安倍政権から菅政権へと、ある人物が続投することが、戦場記者達にとって大きなリスクとなるだろう。
◯「報道の自由」の敵が菅政権で続投
その人物とは、杉田和博氏。安倍政権で、内閣官房副長官を務め、菅政権でも役職を続投することとなった。杉田副官房長官は、戦後初となる報道関係者からのパスポート強制返納を指示した人物だ。筆者の友人で、フリーカメラマンの杉本祐一さんは、2015年2月、シリア北部コバニを取材する予定であったが、杉本さんを取材したメディアのミスにより、シリア渡航の予定が外務省が知ることになり、杉本さんの自宅に外務官僚と警察が押しかけ、パスポートの返納を強いた。この件について、福島みずほ参議院議員が外務省と警察庁に事実確認したところによると、
・2015年2月6日の午前中、杉田官房副長官が外務省に対して、官邸に説明に来るように要請。
・同日の午前中から午後にかけ岸田文雄外務大臣(当時)に諮り省内で協議。
・同日夕方、外務省の三好真理領事局長(当時)が官邸に行き、杉田官房副長官に説明。官邸の意向を踏まえ、その場で旅券返納命令を決定した
のだという。
杉本さんのパスポート強制返納が行われた当時、シリアで後藤健二さんと湯川遥菜さんがIS(いわゆる「イスラム国」)によって殺害されたばかりで、安倍政権は二人を救うための具体的な対応をしなかったことで批判にさらされていた。つまり、またシリアで日本人が誘拐・殺害された場合、政権へのさらなる批判につながることを恐れたが故の決定だった可能性が極めて高い。杉田官房副長官は「官邸の意向」を忖度して、杉本さんからパスポートを奪った、ということだろう。
旅券法19条には、「個人の生命や身体、財産の保護」のためであれば、パスポートの返納を命令することができる、とある。しかし、この命令は憲法第22条で保障された「居住移転の自由」を制限するため、慎重な運用が求められる。しかも、杉本さんのケースだと、憲法23条で保証された「報道の自由」、同条で尊重される「取材の自由」までが制限されるため、なおさら慎重さが求められた。だが、杉本さんは行政手続法13条に定められた「聴聞」、つまり、個人の権利を制限する処分を行う際、権利を制限される側の言い分をしっかり聞くという手続きが踏まれることはなかった。外務省の職員は警察官達と共に「応じなければ逮捕する」と杉本さんにパスポート返納を強要したのだ。
さらに、杉本さんにパスポートを強制返納させるほど、「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」(旅券法第19条1項4号)という状況であったのか、という点も疑わしい。杉本さんが目指していたのはシリア北部コバニ。当時、既にISから解放されており、治安は安定。クルド人部隊によるプレスツアーも行われていたのだ。
杉本さんは後日、パスポート強制返納及びイラクとシリアへの渡航制限の取り消しを求め裁判で争ったものの、東京地裁及び同高裁は、不条理なほど杉本さんの主張を一切認めない忖度判決。最高裁も杉本さんの上告を門前払いした。その後、杉本さんは失意の中、病に倒れ、2019年9月、亡くなってしまった。
◯人権が政権の気分次第で奪われる
問題は、杉田官房副長官や外務官僚らによるパスポート強制返納、渡航制限が悪しき前例になったということだろう。シリアでの3年4ヶ月の拘束に耐え、2018年9月に、やっと帰国したジャーナリストの安田純平さんも、誘拐犯に奪われたパスポートを、外務省が再発給しないという異常事態に直面している。「国に迷惑をかけたから当然」との声もネット等であがったが、安田さん解放のため身代金が支払われたという証拠は何もない。
また、シリアで拘束された米国人やフランス人、スペイン人等のジャーナリスト達の誰一人として、自国政府からパスポートを強制返納させられたり、発給拒否されたりしていない。具体的な根拠に基づく説明もなしに、憲法で保障されているはずの人権が政権の気分次第で奪われるという、ディストピア時代の幕開けを担ったのは、杉田官房副長官その人だ。
◯戦場記者は無用の存在か?
本来であれば、杉本さんや安田さんの受けた仕打ちに対し、政府に対し憤る声が上がるのが、本来、民主主義社会として或るべき反応だろう。だが、実際はメディア関係者すら本件については十分な行動を起こさなかった。日本社会が内向きとなり、報道の中で海外の紛争の扱いが小さくなる中で、戦場記者の役割も軽視されているのかもしれない。だが、「戦争で最初に犠牲となるのは真実」という諺通り、日本政府もイラク戦争において人々を欺いていた。自衛隊イラク派遣では、「人道復興支援」を隠れ蓑にして、実際には航空自衛隊は米軍兵士やその物資を輸送していたし、陸上自衛隊は反米宗教/武装勢力であるサドル派を監視活動を行っていた。兵站と諜報という戦争における重要任務を米軍のために担っていたのである。
つまり、日本政府は日本の人々を欺き、彼らが知らぬ間に戦争行為に加担していたのである。これは、非常に恐るべきことだ。こうした政府の暴走を監視するのも、戦場記者の役割だ。陸自の諜報活動については、筆者が現地取材でサドル派側の証言を得ており、それは後に開示された自衛隊イラク日報で裏付けられた。より多くの記者達が、より積極的に現地で取材を行っていれば、上記のような事実は、もっと早く明るみに出ていただろう。
かつて太平洋戦争において、ジャーナリズムが機能せず、日本の人々は具体的な事実を知らされないまま、ただただ戦争に協力させられ、駆り出されていた。改憲に執念を燃やした安倍政権、それを菅政権が継承するという中で、紛争地の最前線で状況を伝える戦場記者の果たすべき役割は、依然、重要だ。だからこそ、筆者は杉本さんのパスポートを奪った杉田官房副長官を絶対に許さないし、今後もその動向を注視していくつもりだ。
(了)
*本稿は志葉玲公式ブログから転載、一部加筆したものである。