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トップ選手とスポーツ記者の「見る能力」は、どこがどう違うのか。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

スポーツ報道に関わる人や、観戦するファンは、トップアスリートと同レベルのパフォーマンスをすることはできない。

「する」ことについては、トップ選手とスポーツ記者やファンとの間に大きな違いがある。たとえコーチであっても、「する」ことについては、トップアスリートとは差があるケースのほうが圧倒的に多いだろう。

では、「見る」ことについてはどうだろうか。

コーチは、選手がよりよいパフォーマンスができるように、どこをどのように変えるのか、調整するのかを見極める力が必要だ。スポーツ報道でも、選手の動きをよく見て、アスリートの視点になり代わって、視聴者や読者に伝えることが求められる。ファンは、選手よりも自分の方が”見えていたのではないか”と感じることがあるかもしれない。

2008年、ローマ大学が、「プロ選手」「コーチ・スポーツジャーナリスト」「一般学生」が、スポーツのプレーをどのように見て、どのように予測しているかの研究結果を発表した。

バスケットボールのフリースローの映像をコマ送りにし、それぞれの時点で、フリースローが決まるか、外れるかを予測してもらった。

当然のことながら、フリースローが入るか、外れるかの予想を最も的中させたのはプロ選手たちだった。コマ送り映像のどの時点でも、プロ選手たちの予想は、コーチ・スポーツジャーナリスト、一般学生を上回っていた。

プロ選手たちがコーチ・スポーツジャーナリストと最も差をつけたのは、フリースローの動きが始まる時、まだ、選手の手からボールが離れていない時点での正答率だったという。

プロ選手たちは、ボールの軌道という予測材料がない時点でも、一般学生はもちろんのこと、コーチ・スポーツジャーナリストよりも、フリースローが決まるか外れるかを予想できた。このことから研究者は、プロ選手は、ボールの軌道ではなく、映像のなかの選手の身体からヒントを得ているのではないかと考えた。

また、コマ送りにしたフリースローの映像を見ているときに、この3つのグループの被験者の脳内がどのように反応しているかも調べた。

これによると、3つのグループとも映像を見ているだけで、脳の運動系が反応していることが分かったが、一般学生はより一般化された反応だったそうだ。一方、プロ選手とコーチ・スポーツジャーナリストとともに、ボールをシュートするときの動きに関係する脳の特定の部位が反応したという。

さらに、プロ選手は、コーチ・スポーツジャーナリストよりも、手からボールが離れるときの小指の角度をコントロールする筋肉に関係する脳の部位がより反応したそうだ。

ヒトの脳には、ミラーニューロンというものがあるそうだ。ミラーニューロンは他人が行動するのを見ているときでも、自分が行動しているときと同じように活性化する神経細胞のこと。脳内で、鏡のように他者の行為を自分のものとして再現することから、ミラーニューロンと呼ばれている。

スポーツを見ているときにも、このミラーニューロンが発火している。

自身の身体でパフォーマンスをしているプロ選手のほうが、他者の動きを細部までより正確に脳内で再現しやすいことは、この研究結果にも表れている。

しかし、そのスポーツの競技経験がない、少ない場合でも、自分がプレーしているのと同じように感じることはできるという。

『ミラーニューロンの発見』(マルコ・イアコボーニ、早川書房)には、「私たちが選手の動作を理解できるのは、脳内にその動作のひな型があるからで、このひな型は自分自身の動きにもとづいてできあがっている。厳密には違う動作であっても、同じような運動特性をもち、同じような筋肉を活性化させるから、選手のような技能がなくても脳内の「鏡」も選手を映し出し、選手になりきることができるのである」と書かれている。

バスケットボールの競技経験はなくても、何かを箱に投げ入れるという動きの経験はある。テニスをしたことがなくても、ラケットを振り下ろすような腕の動きの経験はある。そういった身体経験に置き換えれば、ミラーニューロンが活性化してより脳内で選手の動きを再現できそうだ。

選手の心身により近づくスポーツ指導や、スポーツ報道、スポーツ観戦とはどのようなものか。脳のはたらきからアプローチするのもおもしろいと思う。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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