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ヘビー級統一王者ジョシュア撃破のウシクに3階級制覇ロマチェンコの「影」

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ウシク-ジョシュア(写真:Mark Robinson/Matchroom B.)

クリチコ兄弟に続く3人目

 25日(日本時間26日)ロンドンのプレミアリーグ、トットナム・ホットスパーズのスタジアムに66,267人の観衆を集めて行われたヘビー級タイトルマッチは挑戦者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)が3団体統一王者アンソニー・ジョシュア(英)に3-0判定勝ち。スコアカードは117-112,116-112,115-113でウシクを支持。IBF・WBO・WBAスーパー王座を一気に獲得した。階級が一つ下のクルーザー級で全ベルトを統一し“比類なきチャンピオン”の称号を手にしたウシク(34歳)はヘビー級転向3戦目で快挙を成し遂げた。

 試合直前のオッズが2-1でジョシュア有利だったから大番狂わせとは言い難い。しかしサイズとパワー、そしてナチュラルウエートのジョシュアが明白な敗北を喫したことは少なからず驚きだった。序盤から後手に回ったジョシュアの対応策や精神面を指摘する意見があるが、「予想していた通りの試合展開に持ち込めた」と胸を張ったウシクの実力を素直に称えるべきだろう。

 勝利アナウンス後まもなくコーナーにかけつけたビタリ・クリチコ氏(元WBCヘビー級王者=現キエフ市長)から祝福を受けたウシクは、同氏の実弟ウラジミール・クリチコ氏(元ヘビー級3団体統一王者)に続くウクライナ3人目の世界ヘビー級王者に就いた。ウクライナといえば、フェザー級、スーパーフェザー級を制しライト級で3団体統一王者に君臨したワシル・ロマチェンコの母国。ウエートは離れているが、ロマチェンコとウシクはサウスポーという共通点があり、両者は五輪金メダルを(ロマチェンコは2大会連続)を獲得している。

パパチェンコの指導

 実際2人は親友で、ウシクはロマチェンコの父でトレーナーのアナトリー・ロマチェンコ氏の指導でトレーニングに励む兄弟弟子という関係にある。今回は何らかの事情で“パパチェンコ”ことアナトリー氏はコーナーに不在だったが、調整ではしっかりとウシクをサポートしたという。クルーザー級時代から無敵を誇ったウシクに対して「完璧と言われるスキルやスピードでジョシュアに対抗できるが、最後はパワーと体格でねじ伏せられるだろう」と多くの専門家たちが予想した。しかしロマチェンコ・ファミリーの薫陶を授かった男はロマチェンコが体重を40キロ増量して戦っているような錯覚を起こさせた。(ライト級のロマチェンコは61キロほど。ウシクは今回100キロ超を計測)。

 ロマチェンコはボクサーを志したキッズ時代、父から器械体操といっしょにバレエを習得することを命じられた。ウシクもそのいかついルックスとは不釣り合いにバレエを踊ったらうまいのではないだろうか。ステップの巧妙さやリズム感がそう思わせる。ヘビー級王者で“ダンサー”といえば、モハメド・アリの勇姿が浮かぶ。そして時代が近くなるとジョシュアの先輩格にあたるレノックス・ルイス(英)が強打と並びに絶妙なステップを駆使して相手のアタックをかわした。ルイスと並び称されることもあるジョシュアだが、この分野ではウシクが一枚上だった。

運動能力はヘビー級一か?

 重要なカギと推測された体格とパワーが勝敗の決め手にならなかったのはウシクが距離を掌握したことと運動能力&量で勝ったからだろう。これらを実践してきたのがロマチェンコだ。ロマチェンコには多彩なアングル取りという十八番が加わるが、ジョシュア戦のウシクも右のリードパンチをコネクトする場合などに工夫が見られた。ボクシング専門サイトのボクシングニュース24ドットコムは「ロマチェンコのステップが比較的小さい円なら、ウシクはもっと大きな円を描いて対応した」と指摘している。

 一方、英国のボクシング・アナリストのリー・ウィリー氏は「ウシクの勝利を予想した人でもAJ(ジョシュア)に対してアグレッシブに戦って勝つと思った人はどれだけいるだろう?」と自問自答。回答として「AJのチャンスはウシクが守勢に回り、リング狭しと動き回る時だった。逆にウシクのチャンスは脚を止め、AJと向き合う瞬間だった」と記す。一見、ウシクが終始アウトボクシングを貫いた攻防に見えたが、捕まえられなかったジョシュアのステップインの中途半端さとウシクの勇敢さを指摘する。

 同じくウィリー氏は「ウシクがコンビネーションで畳みかけたのは最後のシーンだけだったけど、多くの場面で彼は単発ながら左を巧妙にヒットした。それは右アッパーカットを繰り出すと見せかけ、相手の注意を逸らす効果が予めあったからだ。ウシクのスマートなプレッシングはAJのメンタル面とフィジカル面を分断させた」とソーシャルメディアで分析している。

親友ロマチェンコとカヌーでトレーニングするウシク(手前)(写真:The Odessa Journal)
親友ロマチェンコとカヌーでトレーニングするウシク(手前)(写真:The Odessa Journal)

大仏様のベストはこれらから……

 これらを総合すると、やはりロマチェンコのムーブメントや能力に行き着く。試合後のインタビューで「これは長旅のスタートに過ぎない。皆さんはまだ私のベストな姿を見ていない」と豪語したウシク。契約に記されたジョシュアとのリマッチあるいは10月9日にラスベガスで予定されるWBC王者タイソン・フューリー(英)vsデオンテイ・ワイルダー(米)第3戦の勝者との4冠統一戦がクローズアップされる。今回アゴの頑丈さも証明し、ヘビー級の新たな主役へ躍り出た。

 会見や計量でユーモラスな一面を見せ、ウシクの素顔は親しみやすいとの評判だ。一部の日本のファンから「大仏様」と呼ばれる男がフューリーやワイルダーを負かす日がやってくるかもしれない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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