アートCOがヤマトHCを連結子会社化 市場縮小と働き方改革で事業構造を再構築
アートコーポレーション(アートCO)とヤマトホールディングス(ヤマトHD)は、ヤマトHD傘下のヤマトホームコンビニエンス(YHC)の発行済み普通株式の51%をアートCOに譲渡することに合意し、7月20日に株式譲渡契約を締結した。2022年1月に譲渡手続きが完了するとYHCはアートCOの連結子会社になるが、ヤマトHDはその後も発行済み株式の49%を存続保有する。
これによって引越業界の再編成が始まるといった見方もある。だが、物流企業のM&Aや資本提携などは売上高や財務内容など定量的な面だけでは判断できない。引越業界の合従連衡においても定性的な面からの分析が必要である。
引越事業者には大手引越専業者、大手引越兼業者、中小引越専業者、中小引越兼業者、繁忙期だけの下請け小規模兼業者などのタイプがある
引越の市場規模を正確に把握することはできない。引越事業者には様々なタイプがあり、さらに繁忙期には下請構造が多層になるからだ。
引越には一般引越と法人引越がある。一般引越は家族単位と単身の引越がある。さらに一般引越でも転勤などでは会社が提携事業者を紹介したり費用を負担することもあるので、これも業界では営業区分として「法人引越」と呼んでいる。それに対して本来の法人引越は事務所の移転など大掛かりなもので、一般引越とは規模や内容が異なるために一般引越とは区分している。
引越事業者をタイプ別に分類すると、大手引越専業者(サカイ引越センター、アートCO)、大手引越兼業者(日本通運など、YHCもヤマトグループとしてみれば大手兼業者)、中堅引越専業者(引越社、ハート引越センター、アーク引越センターなど)、中小兼業者の連合体(全国引越専門協同組合連合会)、中小引越専業者、中小引越兼業者、繁忙期だけの下請事業者になる。
このうち大手専業者や中堅専業者の実績は比較的正確に分かる。だが、大手兼業者の場合には事務所の引越なども売上に計上されているので、一般引越の実績だけを判別するのが難しい。また、中小専業者や中小兼業者も把握が難しく、さらに繁忙期だけの下請事業者では多層構造による売上のダブルカウントもある。
そこで業界関係者の推計になるが、以前は6000億円という説もあった。だが年々、市場規模が縮小し、さらにコロナ禍の昨年と今年は企業の転勤も抑制されるなど、「4000億円から3000億円」と推計する業界関係者もいる。
また、最近の特徴は「引越件数はある程度あっても、1件の荷物のボリュームが少なくなってきている」(業界関係者)ことだ。クローゼットつき住居や、タンスでなく収納ボックスに衣類を保管するなど、全体的に引越家具が減っている。家電は、テレビは薄型だが大きくなり、冷蔵庫も大型化し、洗濯機も全自動で重くなっている。だが、家具の減少でトラックも4t車から3t車、さらに2t車でも良くなり、1件当たりの受注単価が下がってきた。
引越サービスのパイオニアのアートにとって引越売上トップは悲願、一方のYHCは代金過大請求問題の影響が大きく3期連続赤字に
この間にドライバーやアルバイトなど人手不足の深刻化や、労働時間短縮など物流業界を巡る社会的環境が変化した。そのため中小引越兼業者や繁忙期だけの下請事業者の中には、引越市場から撤退した事業者も少なくない。
代表的な事業者の売上高をみると、サカイ引越センターが891.8億円(2021年3月期、連結売上高は1003億円)、アートCOが699.9億円(2020年9月期、アートグループホールディングスの連結売上高は1155億円)である。それに続くのは中小兼業事業者連合の全国引越専門協同組合連合会で306億円(18組合132社の2020年12月末集計の単純合計)である。YHCの売上高は268.4億円(2021年3月期、大物家具輸送も含む)なので、アートCOと単純合計すると968億円規模になる。
引越は昔からあったが、運送会社は本業の片手間に仕事を請けていただけだった。それを引越サービスというコンセプトを明確に打ち出したのがアート引越センターで1976年である(寺田運輸の引越事業部門としてスタートし翌77年に分離して法人化)。その後、〇〇引越センターといった後発会社が次々に誕生した。このようにアートCOはパイオニア企業だが、引越セグメントでは長く売上2位の立場だった。アートグループホールディングス(アートGHD)、アートCO、アートバンラインの代表取締役である寺田寿男会長は、「引越市場では売上でもナンバーワンになりたかった」と率直に語る。同時に「小倉昌男さんの当時からヤマトさんとは何らかの形で協業したかったが、とても自分からは声を掛けられなかった」という。また、とくに悔しかったのは「自分も構想していた『らくらくパック』を先に出されたこと。そこでアートは『おまかせパック』を考えて商標登録した」。
一方のYHCは1985年にヤマトホームサービスとして設立された。当初はリサイクル事業、家庭用紙や食品販売事業などだったが、2003年にヤマト運輸の引越事業を継承して現社名に改称し、グループの引越部門を担ってきた。単身引越を得意としていたが2018年の引越代金の過大請求が大きなダメージになった。2019年3月期は売上高334億円で77億円の損失、20年3月期は278億円で100億円の損失、21年3月期が268億円で56億円の損失である。
このような中で一昨年秋ごろに寺田会長が第三者を介してヤマトHDの長尾裕社長にコンタクトを取り、昨年1月に面談が実現。その結果、両社は昨年10月に引越市場における顧客の利便性の向上に向けた協業の検討開始を発表した。その後、今春の引越繁忙期における協業の成果などを踏まえ、両社の持つ強みを活かすことでより高品質で効果的な引越サービスの提供、その他の相乗効果が得られると判断して今回の株式譲渡契約の締結に至った。
相乗効果でアートは単身引越をYHCは家族引越の拡大を目指し、さらにアートは2マン宅配で半世紀にわたる引越専業者の最大の経営課題の解決を図る
アートCOは単身引越により力を入れる。小さな引越ではヤマトグループのネットワークを活用することで、高品質なサービスをリーズナブルに提供することが可能になるからだ。一方、YHCはアートCOのノウハウを活かして家族引越の営業を拡大する。家族引越はアート、単身引越はYHCと役割分担しお互いに件数拡大を図る。
さらにYHCの2マン宅配は、アートバンラインだけでなく、アートCOにとって大きな魅力だ。人口減少により引越市場は縮小が予想されるが、家具や家電量販店、ネット通販会社の大物宅配などは今後も市場拡大が見込める分野だからである。アートCOには電気工事部門があり、全国に協力事業者がいて受注の翌日には電気工事ができる体制ができている。これは家電の2マン宅配では強みだ。
「YHCの2マン宅配を引越閑散期にアートCOが手伝うことで、引越を始めて約半世紀にわたる最大の経営課題をやっと解決することが可能になる」(寺田会長)。引越専業者の最大の経営課題とは年間を通した人と車両の稼働と売上の平準化だ。
全日本トラック協会の調べによると、2019年度の大手6社の月別受託件数の構成比は3月が15.2%、4月が11.3%になっている。2カ月で年間件数の4分の1以上を占めるが、実際には3月中旬から4月上旬の実質1カ月間に引越が集中しているのが実態だ。
そのため引越専業者は繁忙期にムリをしても取れるだけ受注してきた。だが、受注件数を増やすほどサービス品質が低下してトラブルやクレームが増える。それでも仕事を取らなければならないのは、1年間食べるためには繁忙期にできるだけ収入を得ることが必須だったからだ。
だがアートCOは2017年春の繁忙期に受注目標を前年より少なく設定し、同年8月からは定休日制も導入した。そのためボトムアップがより大きな課題だったのである。YHCの2マン宅配を閑散期に請けることで、引越のノウハウを活かしながらボトムアップが図れる。また、中元や歳暮期には宅急便の手伝いも可能だ。
これによって定休日を設け、繁忙期の受注抑制でサービス品質を維持し、年間を通した人と車両の稼働を平準化することで生産性を向上して働き方改革を推進する。アートGHDは「引越市場が縮小する中で、引越ノウハウが活かせる一般物流の2マン市場での拡大を狙う」(寺田会長)という戦略を打ち出した。
以上のように、アートCOによるYHCの連結子会社化は、市場縮小が進む中で収益構造の転換を図るのが狙いだ。引越サービスが始まって半世紀が経ち、アートCOに限らず引越専業者は社会の変化に対応した経営構造への転換が必要になってきた。その結果によっては、引越業界の再編成になるかも知れない。