北海道漁船転覆 第65慶栄丸に何が起こったか 今後の推移は? 19日朝追記、同夕追記
北海道のサンマ漁船「第65慶栄丸」が、納沙布岬沖東約640 km付近で連絡が取れなくなり、9月17日に付近で転覆した漁船が見つかった事故。毎年繰り返される漁船の事故。特に今回はなにが起こっているのか、今後どうなるのか、少し詳しく解説します。
事故の場所
事故の一報は、17日に関係する漁協から根室海上保安部に通報があったとのことです。
今回の事故は、北海道納沙布岬から東に640 kmも離れた地点で発生しています。納沙布岬は北海道でも東の端にあたります。海難事故の現場を示すときには、現場に近い日本の岬がよく起点に用いられます。640 kmは東京から青森くらいの距離に当たります。
漁船は29トンで、普通に見られる漁船19トンよりは一回り大きい船だと考えればよいです。外洋で操業する船ですので、様々なタイプの無線設備が搭載されています。距離的なことを考えると、短波などの無線で所属漁協と直接通話できないこともあり、衛星通信でやり取りすることもあります。
少し難しい話をすると、総トン数20トン以上の船舶は、基本的にGMDSSと呼ばれる海上保安通信のできる無線設備を設置することになっています。このような事故が発生した場合には、自船が無線や衛星通信で所属漁協や海上保安庁にGMDSSで遭難警報を通報する、あるいは仲間の船すなわち僚船が遭難警報を代わって通報するようになっています。そのため、日本のはるか沖で発生した事故でも、ただちに事故を知ることができるようになっています。
事故の形態
これまでわかっている情報を頼りに考えると、第65慶栄丸は現場海域にて、横から波を受けて横転するようにして、転覆したと思われます。
船は復原性を備えています。今回のように横から受けた波や風の力、あるいは旋回するときに発生する遠心力で船体が傾けられた際に元の姿勢に戻る性能です。ただし、その性能を超えるほどの傾きを受けてしまった場合、転覆します。
第65慶栄丸は転覆した後に船底を上にして浮いています。沈没はしていません。この場合、転覆はかなり短い時間で進行した可能性があります。そのため、乗組員が船外に逃げたか、船室にとどまったか、いくつかのパターンが考えられます。
甲板と操舵室にいた場合
短い時間であれば、甲板の乗組員は海に投げ出されます。操舵室の操縦者は操舵室に閉じ込められているかもしれません。前者であれば救命胴衣を着ているとすぐに溺れることはありません。後者は操舵室の水没していない部分で生存している可能性があります。
船室にいた場合
休憩等で船室にいたら、逃げ出す時間がなくて閉じ込められている可能性が高くなります。その場合も水没を免れている部分で生存している可能性があります。水密扉で部屋が閉め切ってあれば海水の浸入を抑えるばかりでなく、沈没までの時間を稼ぐことができるので、船室から出ずに救助を待つことになります。
救助はどのように進むか
遭難警報を受信後に直ちに第3管区海上保安本部の航空機が現場に向かいました。固定翼機と言って、一般的に言う飛行機です。現場に3時間ほどで到着し、付近の海上を確認、同海域で転覆している船を発見しました。固定翼機は、直ちに現場に到着し、捜索をすることはできますが、直接救助活動はできません。現場を特定するという重要な任務を遂行します。
もう少しゆっくりした速度で空から捜索するには回転翼機つまりヘリコプターが用いられます。ただ、回転翼機の航続距離には限りがあるので、640 kmも離れていると陸からは直接飛ばせません。そのため、PLH (ヘリコプター搭載型巡視船)と呼ばれる巡視船が現場に向かうことになります。速力25ノット前後(時速45 km前後)ですから、現場まで20時間近くかかることになります。
巡視船には潜水士が乗務しています。そして、東京羽田にある特殊救難隊の基地から隊員も向かっています。それぞれ現場に到着後、第65慶栄丸の船底にのり、まず船底をたたいて、生存者からの反応を確認することになります。反応が確認され次第、潜水をして船内侵入を試みます。
一方、僚船や付近を航行中の船舶も救助活動を行います。まず、救命胴衣を着用して浮遊している乗組員の発見と収容です。現場海域の水温が17℃程度です。この水温はギリギリの境目にあります。つまりこれ以上低いと低体温症が悪化し生存時間が限られてしまいます。これより高いと比較的長く生存できます。
僚船等は救命いかだの捜索も行います。救命いかだは、船に取り付けられており、遭難時に自動的に膨らみます。乗組員が船から離脱させるタイプと自動的に離脱し膨らむタイプがあります。カバー写真に外観写真を掲載しました。
今回の第65慶栄丸の救命いかだは「転覆状態で海上に浮かんでおり、引き上げたが人は乗っていなかった。慶栄丸には救命いかだが1隻しか積まれていなかった。(毎日新聞 9月18日)」ということで、救命いかだでの漂流には至らなかったようです。
ここまでのまとめ
今頃、海上保安庁潜水士による捜索が行われていると思われます。船内に残されていれば、船室の酸素量と船内温度あるいは海水に浸かっていれば海水温との戦いです。幸い転覆しても浮いていますので、早期に発見、救出に至るのではないかと期待し、事態の推移を見守りたいと思います。
19日朝追記
海上保安庁特殊救難隊の潜水士による捜索救助活動が開始されたようです。
同隊は全国の海上保安庁潜水士のなかでも特に優れた潜水救助技術を有する者から選抜された海難救助のスペシャリスト集団です。常に転覆船内の検索・救出訓練を行っており、乗組員の早期発見・救出が期待されます。
19日夕追記
海上保安庁特殊救難隊の潜水士による船内捜索は打ち切られました。船室にいなかったということになり、事故時に甲板に乗組員がいて、転覆時に海に投げ出された可能性が高くなりました。
これから周辺海域の捜索に切り替わります。巡視船による海からの捜索と、巡視船搭載回転翼機による空からの捜索です。回転翼機では赤外線カメラを使うことにより、周辺の海面温度より高い温度をもった人を効果的に発見することができます。
救命いかだが災害点よりかなり離れた海域で発見されているので、捜索も数十kmという範囲になるかと思います。巡視船の航続距離はかなり長いので、十分活動できると考えられますが、回転翼機は給油のため、頻繁に巡視船に戻ることになります。時間との勝負です。
運輸安全委員会の調査が始まりました。同委員会は、今回の海難事故で「何があったのか」を調査します。