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CMを面白くしてくれるのは、「怪しいおじさん」たち!?

碓井広義メディア文化評論家

CMには、若き美男美女があふれています。もちろん、その訴求力は言うまでもありません。しかし、CMを面白くしている立役者は他にもいるのです。それが、おじさんたち。しかも、「怪しいおじさん」たちです。

●全保連「渡したくない」編の岸部一徳さん

持論の一つが、「岸部一徳さんの出演作にハズレなし」だ。

『医龍』(フジテレビ系)や、『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)などのドラマシリーズだけではない。映画『ハッピーフライト』の運行管理官、『十三人の刺客』の庄屋でも、存在感を示してきた。その場に立つだけで、あれほど“不穏な空気”を醸し出せる役者さんなど、そうはいない。同時に、岸部さんが出ている作品は、間違いなく面白いのだ。

全保連のCM「渡したくない」編で、岸部さんが扮しているのは賃貸物件のオーナー、つまり大家さんである。それも、かなりの心配性。入居者がちゃんと家賃を支払ってくれるかどうかが不安で、マンションの部屋の鍵を手渡すことが出来ない。

早く受け取りたい入居者の青年。そう簡単には渡したくない大家さん。結局、2人は鍵を握り合ったまま、カンフー映画さながらのアクションへと突入していく。スタントも交えた動きは本格的で、ワイヤーアクションの連続技に、唖然としながら笑ってしまう。しかも、岸部さんにはセリフがまったくないのだ。まるで往年のバスター・キートンである。

賃貸保障の全保連は、沖縄に本社を置く会社。これまでは知る人ぞ知るという存在だったが、岸部さんを起用することで、全国的な認知度アップを目指しているそうだ。

●アルペン「青い冬、はじまる バイト先にて」編の堀井憲一郎さん

“スキー場=恋の舞台”というイメージが一般化したのは、いつのことだろう。まず、1987年に公開された、原田知世さん主演の映画『私をスキーに連れてって』の存在は外せない。

そして、この映画以上に影響を与えたのが、89年に登場したアルペンのCMだ。CMソングの最初が、GO-BANG'Sの「あいにきて I・NEED・YOU!」。出演は、松本典子さんと真木蔵人さんだった。

さらに、アルペンの印象を決定づけたのは93年。とにかく広瀬香美さんの曲「ロマンスの神様」が衝撃的だった。その後も、「ゲレンデがとけるほど恋したい」や「真冬の帰り道」などが続いたが、やはり「神様」の強さには敵わない。

あれから24年。アルペンのCM「青い冬、はじまる バイト先にて」編で、懐かしいあの曲を口ずさみながら、スキー場でバイトをしているのは、永野芽郁(ながの めい)さんだ。雑誌「Seventeen」のモデルであり、昨年『こえ恋』(テレビ東京系)でドラマ初主演した新進女優である。

そこへ現れたのが、ロマンスの神様ならぬ、長髪&90年代風スタイルの思いきり怪しいおじさん。よく見れば、「ホリイのずんずん調査」などで知られる、コラムニストの堀井憲一郎さんだ。しかも臆面もなく、「スキーに連れてってあげる」などと誘ってくるではないか。しかし芽郁さん、ソッコーで「やだ!」と返事。実はこれ、芽郁さんが見た一瞬の幻想だったというのがオチだ。

先日、あるドラマ賞の審査会で、初めて実物の堀井さんにお会いした。ニコリともせず、鋭くて辛辣なコメントを、絶妙のタイミングで言い放つ、その”怪しいおじさん”ぶりが素敵だった。

時代は変わっても、スキー場が持つ非日常的ワクワク感は変わらない。この冬も、きっとあちこちのスキー場で、 “ゲレンデがとけるほどの恋”が生まれているに違いない。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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