コルクがどんなふうに生まれるかご存知ですか? ポルトガルのSDGs×極上シャンパーニュ
「ブショネ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
「さあ飲もう」と、ワインボトルのコルク栓を開けたら不快な臭いがする。そんな経験はないでしょうか?
細菌などのせいで汚染されたコルク栓が原因でワインの質が劣化する現象のことを「ブショネ」と言います。
ごくまれに遭遇するものですが、超高級なワインでも起こりうること。
そうなってしまったらウン万円、ウン十万円というワインが飲めた代物ではなくなってしまうのですからなんとも残念なことです。
そのように最終的にワインの品質を左右することになるコルク。私たちは案外そのコルクについてよく知らないのではないでしょうか?
かく言う私もその一人でした。コルク栓がどのように作られるのか? そもそもコルクの原料って何?
仕事柄ワイナリーを訪ねる機会が多いにもかかわらず、それについての答えを持っていませんでした。
ところがこのたび、シャンパーニュメゾン「ルイナール」が主催するプレスツアーに参加するかたちで、コルクの生産地を実際に訪ねる機会に恵まれましたので、そこで見聞したコルクのお話をお伝えしたいと思います。
旅の様子はこちらの動画でもご紹介しています。ヴァーチャルツアー気分でどうぞご覧ください。
行き先は、ポルトガル。
と言うのも、世界のコルク製品の半分以上がこの国から産出されているのです。
パリからポルトガルの首都リスボン空港までは2時間半の空の旅。
目的地が近づくと、テージョ川の河口に広がるリスボンの街、世界遺産のジェロニモス修道院などが空からでも見えてきます。
リスボン、テージョ川と聞いて思い出されるのが、司馬遼太郎さんが書いた『街道をゆく』のシリーズ。『南蛮のみち』の一節です。その中で司馬さんはベレンの塔を「テージョ川の公女」と呼び、大航海時代の冒険家たちが無事にリスボンの港に帰還したとき、その高貴で女性的な美しさに深い感慨を覚えたに違いないということを独特の滋味深い文章で綴っています。
さて、コルク旅は、そのテージョ川をリスボンの対岸に渡ることから始まります。市街地の様相はたちまち一変し、葡萄畑や傘松が一面に広がる大地。そしてほどなく何十キロメートルにもわたってコルク樫の林が広がる光景が展開します。
世界第一位のコルク生産国であるポルトガルには、71万6000ヘクタールのコルク樫の林があり、それは国土の森林面積の22.5%にあたるそうです。他の産出国としては、スペイン、イタリア、フランス、モロッコ、チュニジア、アルジェリアなど。つまりコルク樫は、地中海沿岸地方の特産物と言えます。
コルク製品として使われるのは、コルク樫の表皮の部分。それが形を変えて、ワインボトルの栓をはじめ、建材、スポーツ用品、ファッション素材、はたまた航空機や宇宙開発の分野でも生かされています。
コルク樫は、一度表皮を剥ぎ取られた後も生き続けることができ、何度も繰り返し表皮を人間に提供しながら、200年もの樹齢を重ねることができるのだそうですから、なんとも強靭な生命力です。
表皮を剥ぎ取る作業は、現在でも昔ながらの方法が受け継がれていて、斧一本だけで行います。一見するととてもシンプルに見えますが、木の命を奪うことなく表皮だけを剥ぐには長年の経験が不可欠。まずは樹木を見極め、どの程度の力加減で刃を入れるのか…。どんな伝統技術もそうですが、一朝一夕にできるものではありません。
そもそもコルク樫は、樹齢25年にならないと表皮を剥がすことはできません。しかも毎年できる作業ではなく、いったん表皮を剥がした木は、9〜10年待った上でようやく2度目の作業をすることができます。つまり表皮が再生し、十分な厚みになるまでじっと待つのです。
さらに言えば、ワインボトルのコルク栓にするには、1回目、2回目に剥がされた表皮では品質がまだ十分ではなく、3回目の作業、つまり最低でも樹齢43年以上のコルク樫からしか得ることができないというものなのです。
ところで、地中海沿岸地方といえば、ここ数年、大規模な山林火災が毎年のように起こっています。これもまた地球の気候変化の影響で、夏季の極度な乾燥と高温によるものです。
今回のコルク旅で訪れたGRANDOLAという地区(リスボンの南東、車で1時間半ほど)でも、2017年に山火事が発生。鉄道線路の保線工事の時の火花が原因だそうですが、200ヘクタールが焼けてしまいました。
コルクには、断熱、防音、弾力性、圧縮性、液体や気体に対する不浸透性、腐敗耐性、リサイクル性などさまざまな長所がありますが、耐熱性は最たる特性の一つです。すっかり乾いた草原になってしまったGRANDOLAの地にも、その表皮の強さゆえに、かろうじて火災を生き抜いたコルク樫が点在しているのが印象的でした。
この地では目下、シャンパーニュメゾン「ルイナール」と「Reforest’Action」が農園を援助する形で、コルク樫の植林が進められています。
「ルイナール」は、2020年に発表した画期的なパッケージ「セカンドスキン」に象徴されるように、サステナビリティや環境問題について積極的にあらゆる取り組みをしているシャンパーニュメゾンですが、ここポルトガルでもこうして長期的かつグローバルな視野に立ったアクションを実践しているのです。
ところで、43年経たないとコルク樫からワインボトル用のコルクを得ることができないと上述しましたが、森を再生するというのは気の遠くなるような地道なプロジェクトです。
コルク樫が金銭的な価値をもたらさない期間が相当長いために土地の人びとが困窮する、とまではいかなくても、目の前の生活をどうするかという問題も軽視できません。
そのため、プロジェクトではコルク樫の林の生物多様性に着目。キノコ類や、地元特産のリキュールの原料にもなるベリーの一種、ストロベリーツリーなどを共生させることによって、現地の人々が多角的に現金収入を得られる取り組みも行なっているそうです。
ところで、冒頭の「ブショネ」の問題。
そういった不具合は天然素材につきもの、と、問題解決への積極的な取り組みが遅れたことは、コルク業界も認めるところ。結果、スクリューキャップなど代替クロージャーが出現し販路を拡大し続けていることはみなさんも実感されていることでしょう。
コルク業界にとってはいよいよ一大事ということで、ここ数年ほど様々な改善が重ねられているそうです。この旅では、コルク製品の世界的リーダーカンパニー「AMORIM」を訪ねましたが、最先端の研究や技術を導入して品質管理を徹底させています。
こうした大企業の取り組みは業界全体の意識改革を促すもので、共同コルク処理施設の新設など、小規模の生産者であっても最新技術を利用できるようになるなど、具体的な取り組みが効果をあげつつあります。
コルクはそもそも何千年も昔から人類と共生し、益をもたらしてくれた天然素材。コルク支持派側の視点からすれば、スクリューキャップや王冠などは後発の素材で、それらの優位性を示すためには今後より多くの時間をかけなくてはならないはず。対して、先にあげたような様々な長所をもち、何より100%再生可能、生分解性のあるという点で、コルクは昨今のSDGsを昔から体現してきたような資源といえます。
高級ワインの栓はやはりコルクという志向は今後も続くでしょう。それは最終的に製品になるボトルの栓としてだけでなく、シャンパーニュの製造途中の栓にも言えることです。
シャンパーニュ独特の泡が生成される瓶内発酵の過程では、現在ほとんどの場合、王冠の栓が使われているのですが、「ルイナール」の上級キュヴェでは、王冠が使われる以前の手法であるコルク栓に回帰しています。
それはSDGsの観点からというより、シャンパーニュのクオリティを追求するがゆえの選択。長い年月熟成させる上でコルク栓の方に利があるという確信に基づいた改革で、この秋リリースされた「Dom Ruinart」2010は、瓶内熟成時でも100%コルク栓が使われた記念すべきヴィンテージです。
しかも、そのコルクは単純な作りではなく、液に触れる部分には、コルク界のダイヤモンドと形容されるほど貴重なきめの細かい素材が使われているというもの。
実りの秋から年末年始にかけて、ちょっと贅沢なワインやシャンパーニュに親しむ機会が増えてくることでしょう。ボトルを開く時、コルク栓が使われていたら、ちょっと気にしてみてください。
美は細部に宿る、ではないですが、美酒もまた細やかな配慮の積み重ねが生むもの、と、実感されるかもしれません。