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Xmasにケーキ店でストライキ 「主婦」が計画した理由とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 世界的な物価高の中で、世界中で多くの人々が生活苦にあえいでいる。物価高に賃金上昇が追い付いていないことも世界共通で、労使紛争の火種となっている。特に影響が著しいのがもともと冬場の燃料費が高いイギリスだ。イギリスでは繁忙期のクリスマス期間を迎える中、「ストの波」が押し寄せているという。

 同国では看護師らを組織する労働組合では、10万人規模のストライキを20日に企画しており、各地の病院で手術や診療が中止となる見込みだという。また、鉄道、バス運転手や空港の荷物係、郵便配達員、入国管理当局職員もそれぞれストを通告している。過去数十年で最大規模のストライキが計画される中で、異例のクリスマスを迎えようとしているのだ。

参考:英、押し寄せる「ストの波」 Xマス期に鉄道や郵便など

 そんな中、日本でもクリスマスにストライキ予告をしていた職場があった(後述するようにストは結果的に回避された)。飲食店ではクリスマスは書き入れ時。もっとも人員が必要で、通常の売り上げの10倍に達する店舗も珍しくはない。特に今年は金曜(23日)、土曜(24日)、日曜(25日)というスケジュールであるため、通常以上の混雑が予測される。

 当然、スタッフへの負担も例年以上に大きくなる。だが、日本の飲食産業を支える労働者の多くは非正規雇用で処遇は低い。もし彼らの不満がクリスマスに爆発すれば、消費者への影響も甚大だろう。本記事では異例の「Xmasストライキ」が予告された背後にどんな問題が潜んでいるのかを探っていく。

クリスマス・ストライキ予告の発端とは?

 「Xmasストライキ」が計画されていたのは、タルトケーキのビュッフェが売りのデリスタルト&カフェ(全国24店舗)だ。問題の発端は、これまでクリスマスの期間についていた1時間当たり100円の「クリスマス手当」が、今年は廃止されると本社(フジオフードシステム)が通告したことにある(後述するように会社側はこの事実を争っている)。

 この通告に強い疑問を持ったのが、パート労働者として4年以上働く「主婦」のAさんだ。彼女によれば、デリスタルト&カフェの店舗は、ほぼパート・アルバイトだけで運営されているという。正社員は、複数の店舗を掛け持ちしている店長1人だけで、パート・アルバイトしか店舗にいないことも珍しくはない。新人育成やクレーム対応、予約管理、発注業務もパート・アルバイトでこなしてきた。非正規労働者が会社 を支えていると言っても過言ではないという。

「仕事中は、1日中立ちっぱなしなことはもちろん、タルトのビュッフェが入るランチから夕方はお客さんの出入りが止まらず、水分補給する間もなく動き続けなければなりません。このパートを始めてから、ハードな立ち仕事による腰痛の治療のため、整形外科への通院や痛み止めの服用が欠かせなくなりました」

 そうした働き方にもかかわらず、パート・アルバイトの賃金は、最低賃金ギリギリ。Aさんが働く神奈川の店舗では、入社からわずか20円しか上がっていない1120円(神奈川県の最低賃金は1071円)。クリスマス手当は、最低賃金ギリギリの低賃金で働いているAさんたちパート・アルバイトにとって唯一の手当だった。

 Aさんが呼びかけた「クリスマス繁忙手当」の廃止撤回を求めるネット署名はまたたくまに拡散し、賛同者数は、開始からわずか1週間で1万件を超えた。飲食産業を支える非正規労働者の苦境への共感は、クリスマスという象徴的なタイミングで社会に広がっていることがうかがえる。

参考(署名):物価高で超繁忙期なのに実質賃下げ?! デリスタルト&カフェで働くパート・アルバイトの「クリスマス繁忙手当」を廃止しないでください!

 Aさんか加盟する「飲食店ユニオン」(首都圏青年ユニオン傘下)は、集まったネット署名を会社に送るとともに、会社がこのまま賃金引下げを撤回しない場合は、12月23日にストライキと記者会見を行う予定だったが、スト直前の19日になって会社はクリスマス手当廃止の撤回を表明した。組合側はストライキと世論の「圧力」に会社が屈した格好だと判断しているという。

背景にある根深い非正規差別

 それにしても、企業にとって最大の書き入れ時であるクリスマスに行うストライキは、非常に「大胆な行動」だと言える。ただでさえクリスマスは人員を集めるのにどの店舗も苦労する。もし大規模にストライキが実施されれば影響は大きなものとなるだろう。彼女をストライキの呼びかけにまで突き動かした背景とは何だったのだろうか。

 実は、同社では以前から非正規雇用への差別が問題となってきた。新型コロナを発端とした大規模な休業期間について、フジオフードは正社員には100%の 休業補償を行う一方で、非正規労働者には休業手当を出さないという対応をしていたのだ。

 Aさんと彼女が加盟する飲食店ユニオンは、同社の対応は非正規差別を禁じる「パート有期雇用法」違反であると指摘。ところが、会社側は「正社員は兼業ができないため、収入が会社からのものに限定されるため、恩恵的に支払っている」と主張したという。また、「商業施設が休業したことが休業の原因である」とも主張し、休業手当の支払い義務がそもそもないとかたくなな態度をくずさなかったという。さらに、主婦の場合、給与が生活に直結していないことも手当てを出さない理由だとも会社は述べており、Aさんは強い疑問を抱いていた。

 コロナ下で同じように生活が苦しい中で、正社員にだけ休業手当を支払う会社にAさんが会社側の露骨な差別を感じたことは無理のないことだ。しかも当時、非正規雇用に対する休業手当を含め会社が支払った場合には国が雇用調整助成金によって100%の助成金を給付していた。つまり、非正規雇用を正社員と同じように救済しても、会社への負担はかなりの部分国によって軽減される状況にあったのだ。結局Aさんたちは国が直接休業した労働者を救済する「休業支援金」(本来の休業手当よりも額が減少する)を利用するしかなかった。

 Aさんは現在フジオフードに対し、「パート有期雇用法」に基づき未払い賃金を請求する訴えを起こしている。

職場における非正規の基幹化。

 さらに、Aさんらの不公平感を募らせているのには、すでにみたような最低賃金並みの時給であるにもかかわらず、中心的な業務を非正規雇用が担っているという事情もある。店舗は20人(同じビルに二店舗あり、合計約40人)が働いており、そのうち正社員は店長一人である。やや細かいが、非正規雇用の担当業務を下に列挙した(Aさんの訴状を参照)。

ホール業務全般:接客(案内、オーダー取り、会計、バッシング(片付け)等)、ドリンク作成、洗い物、テイクアウト対応、ケーキカット&フィルム巻き、クレーム対応

キッチン業務:フルーツのカット、ムース仕込み、タルト製造など

その他:電話応対、予約受付、朝(開店前)のレジ開け、レジ点検(間違っていた場合はその処理も)、在庫管理、発注、新人教育(業務内容の説明に加え、給与振込口座の届出書等の各種書類の書き方も含む。)、パート・アルバイト従業員間のシフト交替の調整、業務連絡(時間外。パート・アルバイト従業員固有の業務。)

 また、店長不在時にはAさんが「従業員の休憩時間の調整」、「テナントビルの開催する店長会や説明会への出席」、「衛生検査の立ち会い(被告が民間の専門機関に依頼する検査)」まで担っていたという。

 これに対し、唯一の正社員である店長に独自の業務内容は、「本社との事務的なやり取り」「本件店舗のシフト作成」、「パートやアルバイトの採用面接」だけで、これらの業務にかけていた時間は週に30、40分程度だったという。このわずか30分、40分の違いが、正規・非正規の待遇を分け、さらにはコロナ禍での休業手当という死活問題にも差をつけた理由だとすれば、Aさんの納得がいかないのにもうなずけるというものだろう。

 いくら仕事を覚えて店舗の運営に貢献しても、わずかな時給さえ上がらない。この絶望感が非正規労働者たちを覆っているのだ。

差別される非正規女性

 翻って社会全体を見渡しても、保育、介護といったケア労働や、飲食店、小売店などの接客サービス産業に占める女性非正規雇用の割合は非常に高い。産業を支えているにもかかわらず、いつまでも低賃金で将来を見通すこともできないと感じる労働者は確実に増えている。

 新型コロナ禍による休業も彼女たちを直撃した。野村総合研究所が2021年2月8日から2月12日の間に、全国20〜59歳のパート・アルバイト就業者64,943人を対象に実施した調査によれば、パート・アルバイト女性のうち約3割(29.0%)が「コロナ以前と比べてシフトが減少している」と回答し、そのうち「シフトが5割以上減少している」人の割合は45.2%(パート・アルバイト女性の13.1%) である。そして、新型コロナの影響によりシフトが減少しているパート・アルバイト女性のうち、7割強(74.7%)が「休業手当を受け取っていない」と回答しているという。

参考:首都圏青年ユニオン作成「シフト制黒書」

 パート・アルバイトのうち、「シフトが5割以上減少」かつ「休業手当を受け取っていない」人を「実質的失業者」と定義すると、2021年2月時点で、全国の「実質的失業者」は、女性で103.1万人、男性で43.4万人にのぼるものと推計されている。

 もともと低賃金、不安定雇用の上、新型コロナのような突発した事態が生じると「シフト減」によって、解雇・雇止めさせなしに収入が途絶えてしまう。あまりにも過酷な現実だ。

主婦の「ストライキ」の背後

 さらに、非正規女性の労働問題を深刻にしている事情は、彼女たちの収入が生活に占める位置が変化していることにある。従来、非正規雇用労働の中心を占めてきたのは「主婦パート」である。1970年代から一貫して増加を続け、現在も非正規雇用内の割合は最大である。

 「主婦パート」は「家計補助的な労働力」であるとされ、家計への影響が比較的少ないことから不景気時には積極的に雇用調整に活用されてきた。いわゆる「雇用の調整弁」とされたのである。こうした差別的待遇には以前から根強い批判がある。世界的に見ても、「主婦(非正規)」だからという理由でこれほど雇用が差別されてきた先進国は存在しない。

 だが、近年はこの構図も変化をしている。未婚やシングルマザーの女性非正規労働者が増加することで、非正規雇用問題が「貧困問題」に直結するようになってきているのだ。また、男性の平均収入が下がる中で、「主婦パート」の家計に占める位置も上昇している。主婦パートの収入なしには自宅のローン支払いができない、子供学費が支払えないといった家庭は決して珍しくはない。

 下図のように、男性の非正規雇用率は上昇を続けており、男性の世帯主収入も下落傾向にある。そのため、最近では「主婦パート」の収入を「家計補助的」というよりも、「家計分担的」と理解すべきだという見解も見られるようになっている。

図表:年齢階級別正規の職員・従業員の割合(男性、単位=%)

出所:総務省「就業構造基本調査」
出所:総務省「就業構造基本調査」

図表:男性世帯主収入(1ヶ月の平均)の推移(2000 年~2020 年、単位=円)

出所:総務省「家計調査」
出所:総務省「家計調査」

 新型コロナが広がる中で、NPO法人POSSEには非正規の女性から自分が働かないと世帯全体は回らなくなるのに、コロナを理由に解雇されてしまったといった相談が多数寄せられた。中には、「世帯収入の約3割をまかなっている」と家計をかなりの程度分担しているケースも少なくなかった。

 今回のストライキ発案者であるAさんは、高校を卒業後、アパレル会社で正社員として2年間勤務。しかし、拘束時間が長く、体を壊して続けられなかったという。その後は体に負担がかかりにくい仕事を探して、派遣など職を転々とし、再び正社員としてブランドショップ直営カフェに勤務した。だが、この職場も3年間働いた末に、過重労働から離職。繁忙期は朝の出勤から終電上がりというロングシフトや、 夜中や明け方までの作業に追われることもあったという。

 Aさんは 2012年に結婚し、その後2人のこどもを授かった。Aさんは子育てをしながらデリスタルト&カフェで働き始めたが、夫は単身赴任している関係で家計を圧迫している。そのため、Aさんの収入は保育園の費用、水光熱費など、Aさんと子供の生活費の大半を賄っているという。

 だからこそ、Aさんは「仕事を覚える中で賃金を上げていくべき。働く時間は正社員より短いが、仕事はほとんどを担っていたのに、昇給制度がないことはおかしい。労働の対価として賃金を支払え」と訴えて会社と労使交渉をしてきた。そうした中で、クリスマスの手当てすら撤廃しようとし、ストライキの決意にまで至ったということだ。

非正規ストライキの効果は?

 最後に、非正規のストライキの「効果」についても考えてみよう。

 冒頭に紹介したように、今回のXmasストライキは会社側が折れることで回避された。いわば、ストライキをせずに、その力をちらつかせるだけで、労働者側は目的を達成することができたということになる。

 仮に労働者側ストライキを行ったとしても、その行為は労働組合法で保護されているため、会社側がペナルティーを科すなどの妨害行為は不可能だ。もちろん、他店舗からの応援を呼ぶなどして対処することはできるだろうが、繁忙期のクリスマスではどの店舗も忙しく、おのずと限界がある。

 非正規雇用がすでに店舗で「中心的」な位置をしめているからこそ、非正規労働者のストライキは会社にとって「重大な脅威=交渉力の源泉」となるのである。極端な例でいえば、牛丼チェーンなど「ワンオペ」で働いている労働者がストライキを打てば、即座に営業できなくなる。エリア担当の正社員が対応するかもしれないが、同時に複数店舗でストライキがおこされればお手上げだ。

 このように、非正規依存だからこそ、非正規のストライキは効果を発揮する。彼らに依存しているのに、逆にないがしろにするような状況が続けば、海外のように頻繁なストライキで店舗運営が不安定になるということも十分に考えられる。

 さらに、今回はストライキの効果を巧みに拡大する戦術もとられていた。Aさんの店舗の中では大学生のアルバイトが多く、「ストライキを表立って応援とはいえない雰囲気」があったというが、繁忙期に手当てがなくなることに不満を持つ者も少なくなかった。

 そこで、ストライキに加わらないまでも、「クリスマス期間のシフトを出さないようにしよう」というやり方で説得していったところ、実際に半数ぐらいは出さなかったのだという。「シフト制」という会社にとって都合の良い仕組みが、かえって会社のアキレス腱になった格好だ。これが決め手となって、会社は飲食店ユニオンの要求をのむしかなくなったと、Aさんたちは考えている。

おわりに

 すでに日本は非正規労働者に依存する社会である。今回計画されたクリスマス・ストライキは、これからはじまる非正規労働者たちの権利要求の発端に過ぎないのかもしれない。非正規労働者に依存しながら、非正規労働者をないがしろにする。このような状況がいつまでも続くはずはないだろう。

備考

なお、フジオフード側に取材を申し入れたところ、電話で「首都圏青年ユニオンの主張には誤りがあり、会社はユニオンに対し抗議をしたのでユニオンから事情を聴いてもらいたい。クリスマス手当の廃止はしていない」との回答があった。これについてユニオン側に問い合わせたところ、会社側の「抗議文」およびクリスマス手当の廃止を一方的に通知する旨の店長からのLINEを確認することができた。店長が会社の決定なしに通知を行ったとは考えにくく、会社側の「抗議文」は正当ではないと思われる。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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