Yahoo!ニュース

パリ刑事警察本部で性的暴行した元刑事2人に7年の禁固刑 例外的に正当な判決

プラド夏樹パリ在住ライター
フランスの重罪院は参審制(提供:アフロ)

フランスは日本と同じく、性的暴行事件に関する裁判で、これまでにあまり被害者の心の痛みに寄り添う判決が下されてこなかった国である。それでもMeToo運動の成果は、少しずつ社会を変えていっている。この1月31日、パリの重罪裁判所で、元エリート刑事2人が、旅行滞在中だったカナダ人女性に性的暴行を加えた罪で有罪判決を受けた。犯罪場所はなんと映画『メグレ警視』シリーズなどによく出てくるパリ刑事警察本部だった。

検察官は「人が隠そうとするもの、それこそがその人の本性である」というアンドレ・マルローの『反回想録』内の言葉を引用し、裁判の最初から供述を二転三転させ、おまけに、犯行現場を漂白剤で洗うなど証拠隠蔽した元刑事2人に7年の禁固刑およびそれぞれに2万ユーロを求刑。一般市民から選ばれた裁判員と裁判官は共同で(フランスの重罪院は参審制度をとっている)、求刑通りの判決を下した。

また?対ギャング、テロリスム特殊部刑事の不祥事

事件は2014年4月にさかのぼる。カナダ人旅行者のエミリー・スパントン氏は、夜遅く、セーヌ河のパリ刑事警察本部近くのパブで一人飲みしていた。そこに、仕事を終えたエリート刑事、ニコラ・ルドワン氏とアントワーヌ・キラン氏が現れ、3人は意気投合。網タイツにショートパンツ、ハイヒール姿のスパントン氏はすでに酩酊状態で、パブのバーテンダーは、彼女が自分から警官の一人の首っ玉に抱きついてディープキスをしていたのを目撃している。

そして刑事たちは近くにある自分たちのオフィスを見学しないかとスパントン氏を誘い、彼女はついて行った。その時、別の警官が、スパントン氏がかなりヨロヨロしながら階段を登っているのを見かけている。

ところが、彼女の言によれば、オフィスに入ると、突然、状況が変わったという。机の上に上半身を叩きつけられ、人数は不確かだが、数人に性的暴行をされた。怖くなり逃げようとしたがままならず、とにかく終わるのを待って、半裸で階下に降り、入り口にいた職務中の警官に被害を届け出た。

ところで、この事件が話題になった理由の一つに、まずは、メグレ警視シリーズといった映画や小説などによく出てくるパリ刑事警察本部内で起きた事件だということ。また、刑事2人が、BRIと呼ばれる対ギャング、テロリスム特殊部隊刑事だったということがある。人質を抱え込んで立てこもったテロリストを追い詰めて数秒で射殺し、人質無事解放といった仕事を専門とする輝かしいオーラに包まれている人々である。

しかしこの部署では、すでに別の刑事がマフィアから没収したコカイン約48.5Kgを盗んでドロンするという事件が過去に起きている。カッコイイ特殊部隊のエリート刑事というイメージは年々薄れ、今や、「しょーもない奴ら」という印象の方が強くなってきている。

性的暴行裁判としては例外的に正当

裁判中、スパントン氏は「あれは性的暴行だった。私は、あのようなセックスに同意していなかった」と主張し続け、被告側は「パブで彼女は自分から迫って私にキスをした。だから同意の上での乱行パーティーだと思っていた」と主張。しかし、これに関しては、被害者もパブにいた時点でかなりの酩酊状態だったので、「キスしたかどうか覚えていない。また、私を性的暴行したのは2人だったのか、あるいは同じ階上にいたもう一人も犯人で総勢3人、いや4人だったのかすらもはっきりしない、メガネも失くしたし……」とかなりあやふや。

それにもかかわらず、裁判が彼女に優位に進んだのは、事件後すぐ、警察に訴えることができたために(警視庁内だったので当然といえば当然だが)、被告のDNAがスパントン氏の下着と体内、皮膚上に残っていたという物質的証拠があったからだろう。また、スパントン氏が「たとえ私が彼らに夜10時にキスしたとしても、2時間後のセックスに同意したということにはならない。」と主張したことにも説得力があったと思う。

被告側は、スパントン氏が酩酊していたこと、抗うつ剤とドラッグ依存症歴があることを引き合いに出して彼女の言い分を不確かなものにしようとしたが、それも裁判官に聞き入れられなかった。だいたい酩酊状態の女性がした同意は、同意と言えないでしょう?

これまでの性的暴行事件では、被害者が「売春婦っぽい服装をしていた」、「飲酒していた」、「夜中に一人で歩いていた」などということが、「まともな女性ならそんなことはしない」という実に怪しげな理屈によって女性側に不利になることが多かった。しかし、今回は、網タイツにショートパンツ、ハイヒール姿というスパントン氏の服装が、「性的にだらしない女性である→だから性的暴行を受けてもしかたない」という被害者に対する断罪にならず、判決では、性的同意の有無だけに焦点が当てられた。

教訓は?

フランスで性的暴行を受けたら、病院ではなくてすぐ警察に直行するべし。警察の指示を受けた上での検査でなくては法的証拠とならないから、病院行きは二の次である。また、犯人のDNAが消えてしまわないように、検査まではトイレにも行かず、どんなに身体を洗いたくても洗ってはならない。しかし、被害を受けた人間にそこまで考える余裕はないのではないだろうか? 直接病院に飛び込んだ場合に、病院側から警察に連絡して、被害届を出せるようになるといいのだが。

今回の裁判は、これまでのフランスの性的暴行事件裁判史の中で例外的に正当だったと思う。22時に女性からキスをしてきても、0時に彼女がセックスすることに同意しているとは限らない、それとこれは別であるということがはっきりした裁判だった。「キスだけならOKだけどそれ以上はイヤ」ということだってあるのだから……。スパントン氏には辛い裁判だったと思うが、最後まで頑張った彼女に拍手!

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

プラド夏樹の最近の記事