オートバイのあれこれ『V3センセーション。ホンダの2サイクルはこうだ。』
全国1,000万人のバイク好きたちへ送るこのコーナー。
今日は『V3センセーション。ホンダの2サイクルはこうだ。』をテーマにお送りします。
創業者・本田宗一郎氏の意向から、2ストロークエンジンにはほとんど手を出してこなかったホンダ。
そんなホンダが初めて作った2ストロークの市販オンロードスポーツモデルが、『MVX250F』でした。
MVX開発の背景にあるのは、2ストスポーツ車の人気の高まりです。
1980年(昭和55年)にヤマハの『RZ250』が登場したことで、2ストモデルに対する世間の関心がそれまで以上に大きくなりました。
ホンダはRZへ対抗するため、4ストロークVツイン(V型2気筒)エンジンの『VT250F』を開発したものの、そうはいってもやはり世間的には2スト人気が沸騰していて、これを鑑みたホンダはついに2ストのロードスポーツモデルも手がけることを決意。
こうして生まれたのがMVXだったのです。
MVXの開発にあたり参考とされたのは、1982年からWGP(世界グランプリ)に投入されたホンダのワークスレーサー『NS500』でした。
MVXのエンジンレイアウトはV型3気筒なのですが、これはNS500からフィードバックされたものです。
ただ、NS500ではVの字の前側が1気筒、後ろ側が2気筒になっていたのに対し、MVXでは前側2/後ろ側1となっていました。
NSとシリンダー配置が反対になった理由には諸説あるようで、「周辺パーツとのスペース的な兼ね合い」「後ろ1気筒のほうがシート幅を絞れる」「前2気筒のほうが整備性が良い」といった説が有力みたいですね。
エンジン以外の車体まわりに関してはVT250Fとよく似た構成で、ホンダオリジナルの『コムスターホイール』『インボードディスクブレーキ』『プロリンクサスペンション』等が装備されていました。
ホンダ初の2ストロードスポーツということで注目を集めたMVXでしたが、発売後はあまり良い評判は得られませんでした。
というのも、マフラーからのオイル飛散が他社の2スト車と比べひどく(=汚い・汚れやすい)、またエンジンの焼きつきがユーザーの間で続発しクレームが相次いだのです。
やはり当時のホンダは、2ストのノウハウがまだまだ足りなかったということなのかもしれません。
そしてまた、このMVXとほぼ同時期にヤマハから『RZ250R』、スズキから『RG250ガンマ』が現れ、これらライバルに世間の関心を奪われたこともMVXがイマイチ奮わなかった背景として挙げられるでしょう。
しかし、このMVXにおける挫折が、ホンダの「負けるもんか」魂に火をつけることになるのです…。