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マドリード、バルサも倒したスペインの伏兵ラージョと川井健太監督のサガン鳥栖。”幸せ”な共通点

小宮良之スポーツライター・小説家
川井健太監督(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

ラージョがマドリードもバルサも破る

 今シーズン、ラージョ・バジェカーノが「サッカー」の可能性を示している。本拠地バジェカスで、レアル・マドリード、FCバルセロナを立て続けに撃破。予算規模で15倍以上の相手に互角の戦いを挑み、堂々と勝者になった。

 40歳でラージョを率いて3年目になるアンドニ・イラオラ監督が、戦術的にチームを鍛え上げている。プレーの質が高い選手が集められているのもあるが、一人一人の選手がどこにいて、何をすべきか、その練度が非常に高い。

 緊密にラインを保つことで相手を容易に入り込ませず、必然的にセカンドボールにも強く、守備は堅固。また、攻撃もそのポジションの良さを生かし、準備で勝ってボールを受け、その猶予でラインを破り、選手がボールを追い越しながら、人がゴールに向かって湧き出す。

 攻守一体で、サッカーの原点である連続性に優れているのだ。

仕組みの中で成長する選手

 とにかく攻守が途切れない。主体性が高く、選手が判断できるからだろう。監督が与えたプレー構造が出発点だが…。

 多くの選手が成長を遂げている。

 例えばマドリードの下部組織出身の左サイドバック、フラン・ガルシア、バルサの下部組織出身の右サイドバック、イバン・バリュウ、アトレティコ・マドリードの下部組織出身のFWセルヒオ・カメージョは、イラオラ・ラージョで真価を発揮した。さらに「芸術家タイプ」と言われながら突き抜けなかったオスカル・トレホ、ウナイ・ロペス、イシ・パラソンなど実力よりもセンスが先行していた選手が殻を破った。

「仕組み」

 それをイラオラ監督がチームに与えたことによって、選手が躍動を見せつつある。

 イラオラはラージョ監督1年目、2部から1部へチームを引き上げている。2年目の昨シーズンは最高4位まで躍進。3年目もほとんどの主力が残ったのは、「プレーする幸せ」を感じているからだろう。

「選手を成長させる」

 それは監督としてタイトル以上に評価される要素であり、その点、イラオラは今や屈指の若手監督だ。

イラオラと共通点のある川井監督

 Jリーグでラージョと状況が似ているのは、サガン鳥栖だろう。選手たちが能動的にプレーし、確実に成長を示している。イラオラと同世代、41歳の川井健太監督が率いるチームだ。

 なぜJ2でもがいていた選手やJ1でくすぶっていた選手が、輝きを見せているのか?

 川井監督も、「プレーを続けること」から始めたという。単なるボール回しでも、なんだかんだとすぐ止める選手が多かった。日常的にプレーの連続性を大事にする意識を徹底し、攻守一体のポジショニングや動きや判断の鋭さを磨いていった。仮説を立て、検証を重ねる中、少しずつ手ごたえをつかみ、パズルのピースを合わせるようにチームを組み立てた。

 ボールを持っていることがアドバンテージになる戦術を信奉するが、持っていなくても攻撃的な姿勢を出せる工夫も施している。

「練習における複雑性はなるべく取り除いています」

 川井監督は言う。

「ただ、選手に基準を与えることはしていますね。例えば『ニアに飛び込みなさい』と相手のストーンの前に入ることを伝える。なぜかと言うと、相手GKをニアに止められるからです。ニアに入らないと、GKが真ん中にいっちゃう。その基準は話します。でも、僕としては『この状況ならこっちがよかった』と超えてほしい。基準だけは強烈に伝え、『余白の部分で超えてこい』と転がしています(笑)」

日本サッカーのスタンダードに

 川井監督は「戦術家」のように括られることもあるが、むしろ「選手ありき」の人だろう。選手の力を無限だと考えている。だからこそ、クリエイティブな仕事ができる構造だけを整えているのだ。

 選手の成長は明白である。

 すでに退団したジエゴ、小泉慶、宮代大聖は市場価値が、瞠目に値するほど高くなっていた。田代雅也、岩崎悠人、原田亘は力を引き出され、長沼洋一、森谷賢太郎、堀米勇輝は子飼いの選手として抜群の適応力を見せ、西川潤、本田風智は殻を破りつつある。朴一圭は戦術を司る選手として成熟し、小野裕二、ファン・ソッコが続く。新入団の河原創、山崎浩介はすでにフィットし、 樺山諒乃介、横山歩夢はどう化けるのか。中野伸哉は雌伏の時だが、富樫敬真はケガから復帰次第、前線でチームをけん引するはずで…。

 ラージョの選手たちと同じように、鳥栖の選手もピッチに立つことに”幸せ”を感じている。

「自分は健太さんがやろうとしているサッカーで日本サッカーを席巻し、"日本サッカーのスタンダードにしたい"と思っているので」

 守護神である朴の言葉は、勇壮に響く。

 二つのチームの共通点で面白いのは、ラージョのスポーツダイレクターであるダビド・コベーニョが元ラージョのGKで41歳と若く、当時はまだ三十代で国内で2部監督経験のなかったイラオラに白羽の矢を立てた点だろう。鳥栖も37歳の小林祐三がイラオラと同じ”博打”で、女子チームの監督が長く、J1での経験がなかった川井監督を招聘し、成果を上げた。

 新時代を切り開くには、「若者」の感覚が必要ということか。

 サイズ感も似た両チームの台頭が、リーグを盛り上げる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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