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五輪CM辞退やメダル噛んだ市長に抗議… 物言うトヨタ、広報戦略のすごみ

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロスポーツ)

1年延期された上、緊急事態宣言下での東京オリンピック2020は8月8日閉幕しました。振り返ってみると、今年に入ってからは森前オリパラ会長の女性蔑視発言や辞任時の混乱、国民の半分が開催に反対する、緊急事態宣言の発出、無観客開催、オリンピック選手へのSNSでの誹謗中傷と様々な問題提起や試練のあった大会であったと思います。筆者もたびたびロイターやブルームバーグから、東京オリパラ広報がうまくいっていないのはなぜなのか、どうしたらいいのか、と質問を受けてきました。なかなか適切な答えも見いだせず、寄せ集め組織広報の難しさを指摘することにとどまっていたのですが、今回はトヨタ自動車の発信したメッセージに焦点を当ててオリンピックに向き合う企業広報のあり方を深堀りします。

最初の注目点は、国内でのオリンピックCMをとりやめたこと。トヨタはオリンピック最高位のスポンサー契約を2015年から2024年まで結んでいます。企業にとってオリンピックはまたとないプロモーション機会。なぜ中止にしたのでしょうか。その理由について、トヨタは「大会開催における混乱で国民に理解されていないため。開会式など公式イベントにも豊田章男社長を含めた同社関係者は出席をしない」と発表しました(7月19日)。

「大会開催における混乱」とは何を指しているのでしょうか。開催判断や決定のタイミング、プロセスについての説明のことではないかと推測します。政府が東京に4度目の緊急事態宣言を発出したのは7月8日。観客を入れるかどうかの判断も関係者間で揺れ動き、6日まで5,000人までの有観客であったところ、小池都知事の発した「無観客を軸に」が影響したらしく、8日に無観客が決定されました。これら決定までの「裏話」はNHKで詳細が報道されていますが、そこから推察されるのは国民への説明不足。理解促進のための努力を尽くしたとは言い難く、責任あるリーダーが不在に見えます。トヨタのCM中止と開会式不参加の表明はこれら一連の混乱への抗議ではないでしょうか。国民に寄り添う意味で自らも開会式に参加しないと表明する決断には心を打たれます。

次の注目メッセージは、選手の金メダルを噛んだ河村たかし名古屋市長への抗議。トヨタ自動車に所属するソフトボールの後藤希友さんは、河村市長を8月4日に表敬訪問しましたが、その際、後藤さんが金メダルを市長の首にかけたところ、市長は後藤さんの許可なくいきなりマスクを外して金メダルをガブリと噛むといった信じられない行為をしたのです。その上、こともあろうに噛んだ部分を拭き取りもせず、そのまま本人に返すという不衛生極まりない行動でした。この唖然とする行為に当然のことながら全国から抗議が殺到。

これに対してトヨタは即座に行動。豊田章男社長名で抗議文を出しました。「今回の不適切かつあるまじき行為は、アスリートへの敬意や賞賛、また感染予防への配慮が感じられず、大変残念に思う。河村市長には、責任あるリーダーとしての行動を切に願う」とする内容でした。通常、社員に起きた事に対して社長がメッセージを出すことはあまりありませんが、断固たる態度を示すことで社員、アスリートを守りました。この抗議は、社員もアスリートも心強く受け止めたことでしょう。

これに対して河村市長らが5日にトヨタ本社を訪れ、河村市長は車で待機したまま副市長が河村市長の謝罪文を受付に預けたとのこと。これも行動がずれています。まずは、後藤さんに謝罪するべきなのですが。

企業広報とは、商品発表だけではなく、このように中止の判断や抗議を通じて企業の考え方を示すことができます。苦境の時も順調の時も社会問題のある際にも思い切って考えを述べることそのものが、社員を励まし、企業に誇りを感じさせることにつながるのではないでしょうか。今回のオリンピックでは、性的マイノリティー表明といった社会性あるメッセージも選手から出され、オリンピックをばねに様々なことを乗り越えようとする動きがありました。すぐにネット炎上するなど、なかなか意見が言いにくい社会で息苦しさを感じることがありますが、選手だけではなく、企業の社長による社会的メッセージは、確実に社会の雰囲気を変えていく力になりそうです。

<参考サイト>

NHK 東京オリンピック ”無観客”決定までの舞台裏

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210709/k10013130431000.html

NHK政治マガジン 競技場から観客が消える 五輪直前どう決まったのか

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/63578.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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