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サーミ先住民が語る、ノルウェー社会の見えない抑圧

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
2024年2月6日、オスロ市庁舎でサーミの日のお祝い 筆者撮影

ノルウェーにおける先住民サーミのコミュニティは、独自の文化や言語を持ちながらも、長い間差別や同化政策の影響を受けてきました。

最新の報告書『マイノリティ・ストレスの経験』では、サーミが抱える具体的な問題とストレスについても言及されています。

サーミの人々は、歴史的にノルウェー政府の同化政策に苦しんできました。この政策は、サーミの言語や文化を抑圧し、ノルウェー社会への同化を強制するものでした。これにより、サーミのアイデンティティが脅かされ、多くの人々が自分たちの文化を守るために闘ってきました。

ノルウェー語が主流の社会、言語の壁

現在、サーミがいかに日常生活や公共サービス利用において多くのストレスを感じているかが、以下のように指摘されました。

サーミ語を話す人々は、公共サービスや医療機関で言語のバリアに直面しやすいです。ノルウェー語が主流であるため、サーミ語を話す人々はコミュニケーションに困難を感じることがあります。

私たちは「見えない存在」

マジョリティや特定のグループによって、あるいは公的制度の不備によって、「自分たちが積極的に非可視化されている」とマイノリティは感じています。

サーミ人においては、サーミ人としてのアイデンティティや文化が不可視化されていることに「苛立っている」ことが報告書で強調されました。

同時に、民族衣装などの「明らかにサーミっぽいもの」を身につけていなければ、周囲の人々が「サーミ人として見ない」傾向が強く、このことがアイデンティティに影響を及ぼしています。

またサーミ人は「北極圏フィンマルクという地域にしか住んでいない」という印象操作により、南部出身のサーミ人は「まるで南サーミ人の生活様式が非可視化されているかのよう」「フィンマルク出身ではないと、サーミの一員と見なされないみたい」と報告しています。

認めてもらうために、「トナカイ飼育」を強調

トナカイ料理の伝統を守るために、オスロのサーミコミュニティで開催されたトナカイの薫製(くんせい)教室。後ろのテントはサーミ人の移動型住居ラヴヴォで、中でたき火して薫製も可能 筆者撮影
トナカイ料理の伝統を守るために、オスロのサーミコミュニティで開催されたトナカイの薫製(くんせい)教室。後ろのテントはサーミ人の移動型住居ラヴヴォで、中でたき火して薫製も可能 筆者撮影

サーミ人の生業として典型的な「トナカイ飼育」を隠していた時代もあれば、サーミであると証明するためにトナカイ飼育を強調しなければならない時もあります。

「トナカイの飼育についてなど、友人には理解されないと思い、子どもの頃から隠していたことを思い出した」

「ノルウェー人のために自分がサーミ人であることを証明しなければならない。『私はトナカイの飼育をやっている』とか言って」
P95

民族衣装を着るまでは「目に見えないマイノリティ」

サーミだと知ってもらうために、サーミ人が使う指輪や衣服を「シンボル」として使うこともあります。

「例えば、銀の指輪をするようにしている。他のサーミがその場にいて、私が銀の指輪やイヤリングをしていたり、ウールのショールを羽織っていたりするのを見たら、他のサーミは『ああ、あの人もサーミなんだ』とわかるから」
P181

サーミであることを否定される

サーミ人ではない近親者が、サーミの血を引く親戚をマイノリティの一員と見なさない体験もあげられました。

「私の母親やその親戚がいる地域のコミュニティでは、親戚はみんな、私がサーミ人であること、父がトナカイを飼育していることを知っています。でも、母方の叔父や叔母に質問されたときは、いつもステレオタイプな質問を受けます。『あなたはサーミ人だから、何かしなくちゃいけないね』。でも、私がサーミのものを身につけたり、サーミの政治についてFacebookに書き込んだり、私が気になることを書いたりすると、彼らは一種の侮蔑的なコメントをしてくるんです」
P112

ノルウェー人とは異なる存在として扱われることが多いため、サーミの若者は特に自己評価が低くなる傾向があります。

「醜い」存在として、隠される

父親がサーミ人である回答者は、サーミ人ではない母親から「私のインド娘」と、母の友人に紹介されたときの感情的な反応について語りました。

いや、だから(母親が自分をインド娘と呼んだとき)実際に動揺しました。その場から立ち去ろうとして、「オーケー、いったい何だったんだ?」と思った。でも、恥ずかしくなって......そう、だって......そう、サーミ人としては......ちょっとね......サーミ人は少ないから、一人のサーミ人が間違いを犯すと、それを犯した人全体が......そう思ってしまうんだ......だから、その場を離れたとき、「くやしい、毛深いからって、何も我慢できない、コメントも我慢できない」って感じました。うん、私はすぐに気分を害してしまうんです。

そして、家に帰る途中、私はそれについて説明を受けました。
「でも、私はインド人をかわいいと思っているから、そう言ったのよ。それに素敵じゃない。茶髪だしね」とか、そういうステレオタイプ的な特徴とかを、いろいろ言われました。
それでさらに腹が立ちました。「サーミは素敵じゃないもんね」と私は感じたからです。
それから母はしばらく考えて、「そうだ、いや、あんなこと言うべきじゃなかったかもしれない」という雰囲気になりました。母は「その時、その場で、とても素敵で、しっくりくると思ったんだ」とも説明しました。私はそもそもインド人という言葉を使うこと事態に嫌悪感を感じるのですが、母はこう言い訳したんです。「でも彼らは醜い民族じゃないでしょう」って。でもサーミ人は醜くて臭いと言われてきたじゃない、と。焚き火の匂いとか、そういう匂いがすると。
つまり、私たちは醜いと見られているということです。だから、母がそのように説明しようとしたことは、私にとって、何の助けにもなりませんでした。
P77,103

このエピソードに関しては、「マイノリティの肌や髪が敵意の目印として、あるいはフェティシズムの象徴として機能している。いずれにせよマイノリティのアイデンティティに望まぬ注目を集めることになる典型的な例である」と報告書で指摘されています。

ノルウェー政府の周知不足で、サーミ人は知られていない

マイノリティを代表する責任が、肩にのしかかるストレス

ノルウェー政府がサーミのトナカイ放牧地に風車を立てていることに抗議するサーミ人 筆者撮影
ノルウェー政府がサーミのトナカイ放牧地に風車を立てていることに抗議するサーミ人 筆者撮影

ノルウェーが大々的にサーミ人に対して行ってきた同化政策などを可視化させない結果、ノルウェー国内や国外で「サーミ」という言葉がそもそも知られておらず、誰かに会うたびに「教育しなければいけない」ストレスもあります。

「SNSで積極的に活動しようとすると、サーミ人について言及したときに、『おや、この人たちは、どういう人たちなんだ?』ということになる。誰もサーミ人のことを聞いたことがないから。だから説明しないといけない。『ああ、あのね、ノルウェーという国は……、ノルウェーは先住民についてあまりオープンにしていないから』と」
P98

このように多くのサーミの人々は、文化や歴史に対する理解が不足していると感じています。足りていないのは、公共サービス提供者や一般市民に対する教育と意識啓発です。

執筆後記

このような相手を権力者が非可視化するテクニックは、ノルウェーでは「抑圧テクニック」とも言われています。自分の土地で国からの圧力で「見えない存在」にされることが、いかに苦しいかは、日本でもマイノリティの立場に立ったことがある人は想像ができるのではないでしょうか。

「ノルウェー政府がサーミ人の歴史や文化を教育制度に十分に盛り込まなかったから、多くの人がサーミのことをよくわかっておらず、偏見と差別につながっている。

知らないという人たちに『教育しなければいけない』ストレスと責任を背負っている」という意見は、筆者が普段から取材するサーミの若者たちが頻繁に口にすることでもあります。

今、若いサーミの世代は、サーミがいかに植民地主義の犠牲になってきたか、いかに今も差別と抑圧が続いているかを、InstagramやTikTokを使い、積極的に世界へ英語で発信しています。

このような責任感を背負いながら、サーミの若い世代は毎日を送っているのです。マジョリティだったら送らなくても済んだことです。

本当にノルウェー政府が反省をしているなら、この世代の「教育しないと」という重圧が少しでも減るように、教育支援や差別対策をするべきでしょう。さて、そういえば日本政府は、マイノリティに対してどうのようなことをしているでしょうか。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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