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柔道の新ルールは日本人に有利か?東京五輪に向けてパワー柔道の潮流

溝口紀子スポーツ社会学者、教育評論家
パリ大会78キロ級佐藤選手(写真:ロイター/アフロ)

先週末にパリで行われた柔道・グランドスラム・パリ大会は、2020年東京五輪に向けて新ルールで行われた。とりわけ日本チームは男女14階級中、7階級を制し、新ルールにいち早く順応できていたようだ。

今回の新ルールの主な改正点は、

1)「有効」と「合わせ技一本」が廃止

2)男子は試合時間が5分から女子と同じ4分に短縮された。

3)指導の数に差があっても技によるポイント差がなければ延長戦

4)「技あり」の押さえ込み時間が15秒から10秒に短縮。

5)「反則負け」は指導4から指導3に。

以上のような大幅な変更となったが、大会中に目立った混乱はなかった。

なぜならほとんどの選手が事前にプレ試合を経験していたから。パリ大会の1週間前にヨーロッパオープンがポルトガルとブルガリア(ソフィア)で行われ、多くの選手が、パリ大会の前に新ルールの慣らすために出場していた。その中にはリオ五輪78キロ超級の金メダリストのアンディオールもいた。アンディオールは「先週、新ルールに慣れるため試合に出たので今回は混乱はなかった」と述べている。

新ルールになったパリ大会で7階級を制した日本にとって、新ルールは有利と言えるのか?

新ルール初体験となった日本男子60キロ級で圧勝した高藤直寿選手は

「一本勝ちが増えるルール。日本人にはすごく有利な改正」

出典:サンスポ

と語り日本人選手の大半は歓迎しているようである。

一方、100kg超級決勝で飯田選手に敗れたフランスのマレ選手は「試合がとても短くあっという間に終わってしまう感覚があった」と述べているように男子の試合時間がこれまでの5分から4分の短縮になったことにより時差の感覚になれず、時間配分、戦略に戸惑っていたようだ。

新ルールを利用した戦略とは?

新ルールに有利な選手とは、爆発的な力を持っている前半逃げ切りの型の選手である。一方で後半、相手のスタミナが切れた所を仕留めるスタミナ型の選手は不利なルールといえる。今後、世界柔道はますます先手必勝の「パワー柔道」の潮流になるだろう。つまり最初から瞬発力で一本をとるような技をどんどん勝負する選手が増えてくる。ダイナミック柔道を目指す、国際柔道連盟のビゼール会長にとっては満足のいくルール改定になったのではないだろうか。

とはいえ技の攻防が激しくなることで技のかけ逃げ(偽装攻撃)も、ますます巧妙になり、審判の判断が難しくなるだろう。実際、新ルールでは「指導」や「一本」の与え方に審判のばらつきが散見された。

とりわけ危惧するのは、ペナルティー(指導・反則)を与えるタイミングが遅くなったり、従前のルールでは「技あり」の評価であったのが、「一本」の評価になっていたり、選手よりも審判の方が新ルールに混乱しているようだった。新ルールによって、試合の流れを審判に依存する傾向に拍車がかかることにもなる。今後の審判の技術の向上、ルールの運用にも注視していく必要がある。

参考資料

Ippon TV

エミリー・アンディオール選手インタビュー

シリル・マレ選手インタビュー L'Esprit du Judo

スポーツ社会学者、教育評論家

1971年生まれ。スポーツ社会学者(学術博士)日本女子体育大学教授。公社袋井市スポーツ協会会長。学校法人二階堂学園理事、評議員。前静岡県教育委員長。柔道五段。上級スポーツ施設管理士。日本スポーツ協会指導員(柔道コーチ3)。バルセロナ五輪(1992)女子柔道52級銀メダリスト。史上最年少の16歳でグランドスラムのパリ大会で優勝。フランス柔道ナショナルコーチの経験をもとに、スポーツ社会学者として社会科学の視点で柔道やスポーツはもちろん、教育、ジェンダー問題にも斬り込んでいきます。著書『性と柔』河出ブックス、河出書房新社、『日本の柔道 フランスのJUDO』高文研。

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