21年間、静岡県立清水東高校サッカー部の監督を務めた勝澤要氏が5月5日に永眠した。享年85。

　上の写真は1983年1月8日、第61回全国高校サッカー選手権大会決勝で清水東高校が、山梨県代表の韮崎高校を4-1で下して優勝を果たし、胴上げされる勝澤氏の姿である。

　スピード感に溢れ、両サイドを抉るマリンブルーのユニフォーム、清水東のサッカーは美しかった。そればかりでなく、静岡県内有数の進学校で、インターハイ予選時までレギュラーだった選手が現役で東京大学に合格するほどの名門校だった。＜文武両道＞。口で言う程、容易いことではない。だが、生徒たちにそれを実践させたのが、同校の卒業生でもある勝澤氏だった。　

　筆者と勝澤氏の出会いは2013年。その前年末、大阪府立桜宮高校の男子バスケットボール部顧問が、キャプテンを務めていた17歳の少年へ暴力指導を繰り返し、自殺に追い込むという事件が起こった。日本から消えない暴行教師たちに対して、警鐘を鳴らせるのは勝澤氏が適任だろうと清水を訪ね、インタビューさせて頂いた。

　勝澤氏は、「一体、何を目的とした指導だったのでしょうね…」と語りながら、「私も選手に手を上げてしまったことがあります」と、1983年の優勝時を振り返った。

　「ストライカーはエゴイストでなければ務まらない部分がありますが、当時の点取り屋は我儘が過ぎました。ユース代表にも選ばれ、自信があったんですね。パスミスした後輩を睨みつけたり、自分が奪われたボールを全力で追わなかったり、不平・不満ばかり述べたり。全国大会に乗り込む直前、彼をやめさせる決意で『皆の心が伝わらない。お前のような選手とは、一緒にやれない』と告げたのです」

　その折、勝澤氏に頬を張られた61回大会の背番号10、エースストライカーだった青島秀幸氏は、現在清水区内矢倉郵便局長として勤務する傍ら、保護司としても活動している。

　青島氏は、その件について言う。

　「メキシコ・ワールドカップで得点王になったゲーリー・リネカーは、『99%の不満と1％の満足を感じてプレーしている』と発言しましたが、僕らはいいボールがこないと仕事にはならず、喜びはゴールだけなんです。静岡県大会では各校のDFの激しいマークに苦しみ、活躍できませんでした。ストレスが溜まって、不貞腐れちゃったんですね。

　どこかで、先生に殴られるのを待っていたような部分がありました。あの時の教えが無かったら、サッカーをやめていたかもしれません。本当に、自分にピッタリの指導者でした。勝澤先生の教えを忘れずに、これからも生きていきます」

　監督に殴られ、自分を取り戻した青島氏は、全国大会の舞台で2度のハットトリックを演じ、清水東高校の全国高校サッカー選手権大会初Vに貢献した。

　生前、勝澤氏は話していた。

　「改心した青島が決勝戦後に見せた涙を、私は忘れられません。ただ、彼の"変え時"はあの時だと感じたとはいえ、私は教育現場で暴力を振るってしまった。若かったと慚愧に堪えません。もし、今、同じ状況に立たされたら、言葉で諭しますね。彼が理解できるまで、何度でも言い聞かせます」

　30年も前の出来事を、折に触れて自問している勝澤氏の姿に筆者は打たれた。その後、掛川西高校、熱海高校の校長、熱海市教育長などを歴任し、どんな生徒にも人間性を高めるために最大限の努力をしろと説いた。

　青島氏のみならず、教え子たちは師の言葉を胸に、それぞれが今後の人生を歩んでいくのだろう。合掌。