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『異端のチェアマン』を支えた『天日干し経営』 Jリーグ30周年に出版された2冊の「村井満」関連書籍

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
2014年から22年まで4期8年、Jリーグチェアマンの任にあった村井満氏。

 このほど、2026-27シーズンからのシーズン移行が決まったJリーグ。歴史的な決断がなされた2023年は、1993年にJリーグが開幕してから30周年に当たる。そんな中、前Jリーグチェアマンの村井満氏に関する、2つの書籍が出版された。

 ひとつは10月に発売された、村井氏自身による『天日干し経営 元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した』。そしてもうひとつは今月に発売されたばかりの私の新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』。前者はビジネス本、後者はノンフィクションである。

 村井氏のチェアマン就任直前の2013年、Jリーグは20周年を寿ぐ一方で、深刻な財務状況に直面していた。この年に決まった2ステージ制復活も、実は「目先の10億円」を確保するための苦肉の策であった。村井チェアマン就任後も、浦和レッズのホームゲームで人種差別的な垂れ幕が掲げられた「JAPANESE ONLY」事件、2シーズンでの2ステージ制廃止、DAZNとの大型契約とサービス開始、そしてコロナ禍による4カ月の中断と、まさに激動の8年間だった。

 20周年の2013年は財政危機のさなかにあり、30周年の2023年はシーズン移行の議論に揺れたJリーグ。この2つの周年をつないだのが、村井チェアマン時代だったのである。

『異端のチェアマン』執筆に関しては、村井氏には20時間以上の聞き取りをしており、Jリーグにも取材協力のみならずファクトチェックも依頼している。本書を成立せしめたものは、著者である私の力だけではなかった。村井氏の経営観の根幹をなす「天日干し」があればこそであり、それは本書を執筆中のJリーグにおいても間違いなく共有されていた。

 村井氏の著書のタイトルにもなっている「天日干し」とは何か? 実はこれこそが、日本のスポーツ団体のみならず、あらゆる組織に求められるものなのである。

初の著書となる『天日干し経営』を手にする村井氏。あえてライターは起用せず、自分自身で執筆している。
初の著書となる『天日干し経営』を手にする村井氏。あえてライターは起用せず、自分自身で執筆している。

■単なる情報公開ではない「天日干し」とは何か?

「天日干し」というのは、平たくいえば「情報公開」である。最後のソビエト連邦書記長、ミハイル・ゴルバチョフによる改革(ペレストロイカ)が、情報公開(グラスノスチ)と対を成していたように、村井氏のJリーグ改革も「天日干し」という名の情報公開が必要だった。以下、今年9月の村井氏へのインタビューから、ポイントとなる部分を抽出していく。

「組織の情報公開ということでいえば、IRや広報活動でオープンにするわけですが、その多くは差し障りのないものになりがちですよね。そうではなく、いいことも悪いことも、あるいは経営者の迷いや葛藤も含めて、すべてを『天日干し』にする。それは、自分にとって都合のいいことを発信するのとは、まったく逆の発想なんですよね」

 村井チェアマン時代のJリーグは、迅速な情報公開を心がけてきた。2014年の「JAPANESE ONLY」事件では、発生から中4日で浦和への制裁として無観客試合を決定。2017年にサービスを開始したばかりのDAZNで、最初の配信トラブルが発生した時には、中3日で謝罪と説明のための会見を行っている。

 もっとも、村井氏が語るところの「天日干し」とは、組織の情報公開だけでなく、個人のパーソナリティや考え方を完全に晒すことも意味している。それは彼が、サッカー界の外側の世界からやって来た人間であったことに起因する。チェアマンに就任する前の村井氏の前職は、リクルート・グローバル・ファミリー香港法人(RGF HR Agent Hong Kong Limited)の会長。サッカーのプレー経験は、高校時代までである。

「選手も監督もやったことのない、サッカー素人の人間がJリーグのトップになったわけです。そんな門外漢が、まったく未知の舞台で何かをやろうとした時、多くの人たちの協力を得られないとお話にならない。そのためには、自分の思想や哲学を積極的に晒していくことで、共感や支援を集めていく。どれだけの情報が集まってくるかも重要で、そのためには自室に籠もるのではなく、どんどん晒していく必要がありました」

 この発想があったからこそ、サッカー界のアウトサイダーだった村井氏は、Jリーグのチェアマンという重責を4期8年も務めあげることができたのだろう。そしてアウトサイダーゆえに、サッカー界のさまざまな常識に大胆なメスを入れ、一気呵成で改革を進めることができたのも事実。ただし村井氏は、敵対的な改革者ではない。Jリーグと関わる以前は熱烈な浦和サポーターであり、ゆえにファン・サポーターの心情に寄り添う施策も次々と実行している。

「サッカーは公共財で、多くの人に支えられているから公共のスタジアムで試合ができているわけです。ステークホルダーに対して、重要事項を伝えるというのは義務なんです。だからこそ『JAPANESE ONLY』事件の時は、躊躇なく情報を晒すことができました。もっとも、あの時はまだチェアマン就任直後で、怖いもの知らずだったというのもありましたが」

2020年の新型コロナウイルス対策連絡会議での村井氏。この年、Jリーグのオンライン会見は71回を数えた。
2020年の新型コロナウイルス対策連絡会議での村井氏。この年、Jリーグのオンライン会見は71回を数えた。

■組織の隠蔽体質に起因する不祥事はなぜ起こるのか?

 ところで2023年という年は、組織の隠蔽体質に起因する不祥事が、相次いで発覚した一年であった。ビッグモーター、ジャニーズ事務所、宝塚歌劇団、最近ではダイハツの長年にわたる不正が大きなニュースになっている。「世の中の不祥事というものは、トップが身内で周囲を固めると起こりやすい」というのが、村井氏の持論である。

「企業の不祥事って、トップの独断で起こるのは稀だと思うんです。普通は役員がいて、役員会を経て決定されるものですから。ただし、そのメンバー構成が身内で固められていたり、忖度が起こりやすい関係性だったり、たとえば『この人に引き上げられた恩がある』みたいな感じですよね。そういう人ばかりだと、どれだけ役員がいても意味がないんですよ」

 なぜ、こうしたことが業界を超えて起こってしまうのか? 村井氏が指摘するのが「同質性」。組織を作って事業を展開する時、われわれはどうしても気心の知れた人間を集めたがる傾向がある。村井氏は「同質性そのものが問題ではないんです」としながらも、こう続ける。

「組織内で学閥を作ってしまうと他大学卒の人は入りにくいし、男性ばかりだと女性が入りづらくなる。仲間同士で経営したほうが、確かにやりやすいでしょうけれど、そのリスクを知っている人を社外取締役に入れるべきでしょうね。利害関係も貸し借りもない、おかしいことにきちんと異議申し立てができる人がいれば、それは『天日干し』になるわけです」

 不祥事が発覚した時、経営者はメディアの前に立つことに消極的となりがちだ。記者会見をなかなか開催しなかったり、開催しても質問できる記者を選別したり、そんな光景を私たちはたびたび目にしてきた。しかし村井氏の「天日干し」の発想に照らすなら、むしろメディアからの批判こそが組織の強靭化につながる。

「メディアって、たくさん情報を持っているじゃないですか。自分で取材して、調べて、その分野でずっと情報を蓄積している。そうしたメディアから批判を受けるのであれば、われわれが求めるべき情報はそこにあると考えるべきです。逆に、御用記者を囲い込んで世論をコントロールするというのは、今の時代にはそぐわない。であるならば、メディアからの指摘に耳を傾けて、経営に活かしていったほうが絶対にいいわけです」

現在は日本バドミントン協会の会長である村井氏だが「サッカーのことが頭から離れたことはない」と語る。
現在は日本バドミントン協会の会長である村井氏だが「サッカーのことが頭から離れたことはない」と語る。

■「Jリーグは変わることを恐れていない」

 単なる情報公開のみならず、それによって得られた情報で組織を強靭化していく。それが、村井氏が考える『天日干し経営』である。そうした姿勢は、私のようなフリーランスの取材者に対しても、何ら変わることはない。『異端のチェアマン』執筆に際し、私は村井氏に20時間に及ぶインタビュー取材を行ったが、守秘義務に抵触するもの以外、すべての質問に対して「天日干し」で答えていただいた。

 そんな村井氏は、今年6月に日本バドミントン協会の会長に就任。ここでも「天日干し」による組織改革を行っているが、一方で「1日たりともサッカーのことが頭から離れたことはない」と断言する。

「今のJリーグについては『みんな頑張っているな』と思いながら見ています。だからといって、私のほうから何かしらのサジェスチョンをするつもりもないし、たとえ自分がやってきたことと反対の方針が打ち出されたとしても、そのことで気分を害することもありません。私自身、先輩チェアマンたちがやってきたことと、真逆のことをやってきたわけですから(笑)」

 昨年の3月15日、Jリーグチェアマンは4期8年の任期を終えた村井氏から、現職の野々村芳和氏に代わった。サッカー界の外側から来たビジネスマンから、初の元Jリーガーチェアマンへの政権交代によって、Jリーグは理念を遵守しながらも大きく変容しつつある。それでも村井氏の見方はポジティブだ。

「Jリーグは変わることを恐れていないと思います。現状維持は、停滞を意味する。それはJリーグの隅々まで行き渡っていると思うんですよ。トップが変わるということは『変わることを恐れていない』という(組織としての)メッセージでもあります。もしも私が、そのまま5期も6期もやってしまったら、結果として『村井のやり方』で固定化されてしまう。それは一番、よくないことだと思います」

 このインタビューから3カ月後、Jリーグは前述のとおり、シーズン移行という歴史的な決定を下した。この件について、村井氏が表立ってコメントすることはないが、それでも確実に言えることがある。「理念の遵守」と「現状維持の打破」こそがJリーグの基本姿勢であるならば、おそらく今のチェアマンが村井氏だったとしても、同様のアクションを起こしていただろう──。『異端のチェアマン』の著者として、そう確信する次第だ。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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