『北斗の拳』の名セリフ「おまえはもう死んでいる」とは、いったいどんな状態か?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
青春時代に熱狂したマンガといえば『北斗の拳』である。
北斗神拳の使い手・ケンシロウが「あたたたたたたたたたた!」と叫んで相手を連打し、静かに言う。
「経絡秘孔を突いた。おまえはもう死んでいる」
相手は「な、何だとォ!?」などと言い返そうとするが、次の瞬間、その言葉は「あべし!」「たわば!」などという断末魔の悲鳴に変わり、体が大爆発。まことに爽快であった。
そんな『北斗の拳』が大ヒットしたのは、筆者が大学生の頃だった。友人たちと「週刊少年ジャンプ」を回し読みして、試験の後など「おまえはもう落第している」「やっぱし!」などと言い合っているうちに、筆者は本当に留年してしまったのだった。ぬははひほ~。
ほろ苦すぎる青春の思い出に身をよじっている場合ではない。
当時から気になっていたのは、ケンシロウの言う「もう死んでいる」の意味だ。これはどういうことだろう?
すでに死んじゃってる人にそう言ったところで、相手には届かないのだから意味がない。わざわざ「おまえはもう死んでいるんだよ!」と言い聞かせなければならない相手がいるとしたら、それは成仏できない地縛霊くらいだろう。だが、相手はいまこの瞬間まで元気に戦ってきた屈強な男なのだ。
すると、科学的にも国語的にも「おまえはもうすぐ死ぬ」と表現するのが正しいのではないだろうか。
◆「もう死んでいる」とは?
「おまえはもう死んでいる」とは、科学的に考えるとどういうコトなのか?
「人間は、首を切られても3秒は意識がある」という話を聞いたことがある。ホントかどうかは、首をちょん切られて生還した人がまだいないのだから、確かめようがない。
しかし、科学的に考えれば、血液に酸素や養分が残っているうちは、脳は活動できるはずだ。3秒かどうかは別にして、この短い時間が「もう死んでいる」状態ということにならないだろうか。
いや、脳が活動しているあいだは「まだ死んでいない」というべきかもしれない。死ぬのは確実だが、まだ辛うじて生きているのだから「もう死んでいる」わけではない。「もうすぐ死ぬ」は生と死の境界をまだ超えていないが、「もう死んでいる」はその一線を越えてしまったことを意味するはずだ。
すると、ケンシロウにやられたヤツらは、生死の境界を越えながら、いまだ生きていることになる。う~む、まるで禅問答のようだが……、あ。待てよ。
自然界にもこれとよく似た現象がある。
学校の理科では「水は0度で凍る」と習う。ところが、純粋な水を静かにゆっくり冷やしていくと、0度より低くなっても凍らないことがある。「過冷却」と呼ばれる現象で、水としても、もう氷になりたいのだが、何かきっかけがなければ氷の状態に移れないのだ。
逆にいうと、きっかけさえ与えれば、たちまち氷になる。過冷却の水をかき回したり容器を叩いたりすると、その刺激でサーッと凍り始める。
すでに限界を超えているのに、本来そうあるべき姿にならない。
ひょっとしたら、経絡秘孔を突かれた人々も、この過冷却と同じ状態に陥っているのではないだろうか。もう死んでいてもおかしくないのに、実に危ういバランスで、生きていたときと同じ状態が保たれている……?
「過冷却」に倣い、筆者はこれを「過死亡」と名づけたい。
そしてこの推論が正しければ、過死亡から真の死亡へ移るにも、何かの刺激が必要なはずだ。
思うに、その刺激を与えているのは、経絡秘孔を突かれた人たち自身ではないだろうか。ケンシロウに「おまえはもう死んでいる」と言われて、何か言い返そうとするからいかんのだ。それが刺激となって、過死亡が真の死亡へ……。
◆生き延びる方法は?
そういうことなら、ケンシロウに秘孔を突かれた人々にも、生き延びる道はある。真の死亡に移行するきっかけを与えなければよいのだ。
「おまえはもう死んでいる」と宣告されても、言い返さない。過死亡のまま、じっと耐える。過冷却の水も、放っておけば温度が上がって、ただの水になるのだから、そのまま一晩も寝れば過死亡は解除される……はず。どうだ、この仮説はっ!?
……と、ここまで書いて、筆者は気がついた。
北斗神拳は、一子相伝。その奥義を受け継ぐのは常に一人であり、ケンシロウも、同じ時期に修行した4人の兄弟のなかからただ一人選ばれて、秘伝を授けられた。他の兄弟は、同じように修行したのに、奥義を教えてもらえなかったわけだ。
それほど厳しい秘密なのに、筆者がこんなところで勝手な推測を書き散らしちゃってもよいのかな?
もし推測が当たっていたら、一子相伝の掟によって経絡秘孔を突かれるかも……。ああ、オソロシや北斗神拳。