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貴方の知らない「ハヤシライス」の世界

山路力也フードジャーナリスト
お店によって味も姿も違う、個性豊かなハヤシライスの世界へようこそ。

日本で生まれた「ハヤシライス」

「たいめいけん」(日本橋)の「ハヤシライス」。漆黒のドミグラスと山形牛が味の決め手。
「たいめいけん」(日本橋)の「ハヤシライス」。漆黒のドミグラスと山形牛が味の決め手。

 「ハヤシライス」は言わずと知れた「洋食」の一メニュー。洋食とは西洋料理の技法を用いて日本で生み出された、日本独特の食文化であり広義的には日本料理である。同じ洋食のカレーライスやオムライスなどと較べると、やや地味な存在ながらも根強いファンが多いのがハヤシライスだ。

 ハヤシライスという個性的な料理名の由来には諸説あり、一説にはハヤシさんが考案したからとも、ハッシュドビーフが訛ったからとも言われているが、文明開化期である1880年代(明治10年代)にはすでに洋食店などのメニューにこの名称が掲げられていたようだ。相性の良い食材である牛肉とタマネギを使い、洋食の基本ソースであるドミグラスを生かした味わいは、今も昔も老若男女誰にでも愛されている。

洋食店の魂「ドミグラス」が味を決める

「ハヤシライスは根強いファンが多い」と語る、たいめいけん店主の茂出木浩司さん。
「ハヤシライスは根強いファンが多い」と語る、たいめいけん店主の茂出木浩司さん。

 「ハヤシライスは創業当初からお出ししているのですが、製法などは一切変えていません。根強いファンが多いメニューだと思います」と語るのは、1931(昭和6)年創業、日本橋の老舗洋食店「たいめいけん」(東京都中央区日本橋1-12-10)店主の茂出木浩司さん。日本屈指の老舗洋食店の三代目である茂出木さんのハヤシライスへの想いは特別だ。

 「ドミグラスは洋食店の魂であり看板のようなものです。そのドミグラスがベースになっているハヤシライスは、その洋食店の味そのものと言って良いでしょう」。たいめいけんのハヤシライスは製法こそ創業当時のままだが、味は年々進化し続けているという。それはベースとなるドミグラスを進化させているから。さらに牛肉は脂が乗って味に深みを与えるものをと、現在は山形牛のヒレ肉をぜいたくに使うなど、素材もつねに新しいものにアップデートすることで、その時代その時代の嗜好に合った味になっているのだ。

スパイシーな大人のハヤシライス

 同じく洋食の人気メニュー「カレーライス」は、お店ごとに個性があってバラエティに富んでいるが、ハヤシライスはどこも同じというイメージを持つ人も少なくないだろう。しかし、ドミグラスの味やハヤシソースの味、具の選択、盛りつけなど、ハヤシライスもお店ごとの個性が出るメニューなのだ。

「ハヤシ屋中野荘」(中野)のハヤシライスはスパイシーなソースが特徴。
「ハヤシ屋中野荘」(中野)のハヤシライスはスパイシーなソースが特徴。

 中野駅北口の商店街から脇道に入ると、迷路のように入り組んだ路地にいくつもの飲食店が軒を連ねている。その中でも2009年のオープン以来、常に満席となっている人気の洋食店が「ハヤシ屋中野荘」(東京都中野区中野5-55-15)だ。

 店名の通り、看板メニューはもちろんハヤシライス。レトロなビジュアルで昔懐かしい味なのかと思いきや、「大人のハヤシライス」をイメージしたという個性的な味。牛肉がたっぷり入ったハヤシソースにはスパイスを多用しており、まろやかなコクとともにスパイシーな風味があとをひく。まさに大人のための逸品だ。

林さんが和の技法で作るハヤシライス

「銀座 囃shiya」(銀座)のハヤシライスは鰹出汁と野菜で作る個性的な一品。
「銀座 囃shiya」(銀座)のハヤシライスは鰹出汁と野菜で作る個性的な一品。

 同じく2009年にオープンした「銀座 囃shiya」(東京都中央区銀座3-8-13)は、和食と日本のワインを合わせる「ワイン懐石」を楽しめる大人の隠れ家。季節の朝採れ野菜を中心に素材本来の味をいかした優しい味わいの和食で人気の店だ。

 オーナーシェフの林マサルさんは長年日本料理の世界で腕を磨いてきた人物。ランチで何をしようかと考えた時に、常連客から「林さんなのだからハヤシライスにしたら」と、冗談のように言われたことがきっかけでハヤシライスを作ることにした。せっかく作るなら洋食とは違う、和食店らしいハヤシライスを作りたいと考えた林さん。囃shiyaのハヤシライスはその独創的な味わいが人気を呼び、銀座ランチの名物となっている。

 野菜を多用する和食の店らしいアプローチで作ったハヤシソースは、肉は使わずに鰹出汁と野菜で作られたもの。和食の技法でひいた鰹出汁と野菜出汁、味の仕上げには完熟のトマトを用いた。一般的なイメージよりも粘度が低くスープのようなハヤシソースは、林さんが修行時代に北海道で出会った札幌のスープカレーがヒントになっている。他にもカレーうどんに見立てたハヤシうどんなど、ハヤシライスの新たな可能性に挑んでいる。

 ハヤシライスとひと言で言っても、そのスタイルは色々。この夏はカレーライスばかりではなく、進化し続けているハヤシライスの世界を覗いてみてはどうだろう。

※写真は筆者の撮影によるものです。

フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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