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「理解超える」と苦言も 錯綜する天皇退位報道 ベールに包まれた宮内庁会見

楊井人文弁護士
宮内庁庁舎(Wikimedia Commonsより)

天皇陛下が昨年表明されたご意向に関して、年明け早々から政府の様々な方針が相次いで報道されている。皇室典範に退位の要件を定めることはせず[www.asahi.com/articles/DA3S12730193.html 特例法に「陛下固有の事情」を書き込む]、2019年1月1日に皇太子さまが新天皇に即位するとともに新元号を発表する秋篠宮さまを皇太子さまと同じ待遇に引き上げる、といった方針が伝えられている。

ところが、共同通信によれば、山本信一郎・宮内庁長官は1月12日の定例記者会見で、一部報道について「そういうことは承知もしていないし、理解を超えるとしか言えない」と発言。山本長官は、有識者会議で議論が続いていることを踏まえ「そういう時点で報道が出ていることは、非常にびっくりもし、全く理解できない」とも述べたという。単に「承知していない」というならともかく、「理解を超える」「全く理解できない」といった強い表現は、尋常ではない。

だが、山本長官の苦言は、共同通信が短い記事を配信した以外、全くといっていいほど報じられなかった。在京6紙は記事化せず、共同の記事を載せたのは静岡新聞など地方の数紙だけだった。(*1)

昨年8月、天皇陛下がビデオでおことばを発表した後、風岡典之・宮内庁長官が事実上更迭され、山本次長が昇格した後に官邸から内閣危機管理監の西村泰彦氏が送り込まれた。この人事は異例と伝えられた。この重要な局面において、政府(首相官邸)と宮内庁・宮中はきちんと連携がとれているのであろうか。

宮内庁は他の省庁とは異なる特殊性があるとはいえ、金融庁などと同様、内閣府に置かれた行政機関である。そのトップが、政府中枢の方針を伝えた一連の報道に強い反応を示したことを、見過ごしにしていいとは思えない。

すると今日(1月17日)、西村次長が定例記者会見で「1月1日は、皇室にとって大事な儀式などが続く極めて重要な日で、譲位、即位に関する行事を設定するのはなかなか難しいと考えている」と述べたと報じられた(NHKニュースなど)。メディアが大々的に報じた改元時期に関する政府方針は、宮内庁との調整を経ていない不確定情報であったことが、これで明白となったのである。【追記あり】

1月10日付産経新聞(左)が改元の日を特報し、翌日読売新聞など主要紙が追随した
1月10日付産経新聞(左)が改元の日を特報し、翌日読売新聞など主要紙が追随した

「上皇」呼称をめぐる報道も錯綜

天皇陛下が退位された後の呼称をめぐる先週の報道も、人々を当惑させるものであった。

政府が退位後「上皇」という呼称を使用しない方針を固め、「元天皇」「前天皇」といった呼称を検討していると毎日新聞が報じたかと思えば、同じ日の朝刊でそれとは逆の検討状況を[www.nikkei.com/article/DGKKASFS11H2W_R10C17A1MM8000/ 日本経済新聞が報じた]のである。その後まもなく、「政府首脳」が毎日新聞の報道を明確に否定したと産経新聞がニュースサイトで速報。だが、他のメディアは追わず、産経も翌日紙面化を見送った。(*2)

この報道が出た日の午前に行われた菅義偉官房長官の記者会見で、なぜか事実関係について質問した記者はいなかった。午後の会見でようやく質問が出たが、菅氏は「今、どっちが間違ってるとか正しいとかって報道の話でしたけれども、そこは議論はしてないというふうに承知していますので、どっちもどっちなんじゃないですか」と煙に巻き、それ以上誰も追及しなかった。真相は不明であるが、こうした報道が錯綜する中で、山本長官の苦言が飛び出していた。

公表されていない宮内庁記者会見の中身

実は、宮内庁長官は毎週、定例記者会見をしているが、全くといっていいほど報道されていない。いまやほぼ全ての省庁がウェブサイトで記者会見の記録を公表しているが、宮内庁の会見は公表されていない。したがってメディアが報じなければ会見の内容が明らかになることは、基本的にない。産経新聞が山本長官の就任会見(昨年9月27日)の一問一答をニュースサイトに掲載したのは注目に値するが、非常に例外的なことだった。

象徴天皇制は、いま重大な岐路に立っている。国民の関心も非常に高まっている時である。当事者である天皇皇后両陛下や皇室の方々を支える立場にある宮内庁の情報も、政府内の動向に劣らず重要なはずである。記者会見はその重要な情報源の一つであって、他の省庁と同様、基本的に公表されてしかるべきものである。内容的に新しい情報が出なくても、記者とのやり取りから何かシグナルが出ているかもしれない。

宮内記者会所属メディアは国民の知る権利に奉仕するために取材源にアクセスする特権を享受し、日々貴重な情報を得ているのだから、もっと積極的に伝えてもらいたいものである。

【追記】

主要各紙は1月18日、西村泰彦・宮内庁次長が前日の定例記者会見で1月1日に即位する案に難色を示したことを、朝刊1面などで大きく報じた。また、産経新聞は18日、ニュースサイトに西村氏の記者会見一問一答を掲載した

共同通信は、「政府関係者」の話として、政府が天皇陛下の退位の時期を2018(平成30)年12月23日の天皇誕生日とし、改元を翌年1月1日とする案の検討に入ったと報じた

(*1) 菅義偉官房長官は、改元日に関する産経新聞の特報があった1月10日午前の記者会見で「報道されているような事実は全く承知をしてない」と発言。翌日、主要各紙が後追い報道したが、その日の記者会見でも同様に答えていた。

(*2) 産経新聞は1月12日付大阪版夕刊では「政府首脳『前天皇』の称号否定」との記事を掲載していた。しかし、13日付東京本社版では掲載しなかった。

  • 注釈(*1)を追記しました。(2017/1/17 18:00)
  • 1月18日の各メディアの報道を追記しました。(2017/1/18 12:40)
弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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