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新型コロナが怖くて予防接種しないとどうなる? 小児科医が恐れる感染症の怖さ

堀向健太医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

新型コロナウイルス(SARS-Cov2)の情報が連日報道されています。

多くの保護者の方々は、お子さんの感染を心配されていることでしょう。

そして最近、予防接種や乳児健診の延期を希望される方も増えていることを感じています。

お気持ちはよくわかります。

しかしはたして、予防接種の延期はするべきなのでしょうか?

『感染症の広がりやすさ』を示す、『基本再生産数』という指標があります

写真AC
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『基本再生産数』という、感染性のある病原体がどれくらい広がりやすいか表現するための基準があります。

たとえば、基本再生産数が1.5であるとすると、その感染症が治るまでに1.5人に感染させてしまうという指標です。つまり、1以上であれば流行が広がり、1未満であれば流行が収まるということです。

この基本再生産数に関して、季節性インフルエンザでは1.28、2009年の新型インフルエンザでは1.46、1918年のスペイン風邪(これもインフルエンザ)は1.8という報告があります(※1)。

そして、新型コロナウイルス感染症の基本再生産数は平均3.28という報告があります(※2)。

(※1)BMC Infect Dis 2014; 14:480.

(※2)J Travel Med 2020; 27.

かなり高く感じますね。

しかし実は、その基本再生産数がもっと高い感染症は、たくさんあります

たとえば、麻疹(はしか)の基本再生産数は12~18、百日咳では12~17と推定されています(※3)。

(※3)砂川 富正. 臨床とウイルス 2016; 44:40-6.

でも現在、麻疹に対して、新型コロナのような報道はありませんよね(実は怖いウイルスなのですが)。

なぜでしょう?

そう、予防接種があるからです。

この基本再生産数は、同じ感染症でも状況によって数値が変わってきます。

たとえば、予防接種をしている人が多い環境では小さくなりますし、人の移動が多い場合では大きくなるのですね。

もし、予防接種率が下がってくるとどうなるでしょうか?

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では、予防接種率が下がってくるとどうなるでしょう?

歴史が示しています。

2014年、米国のオハイオ州で麻疹が大流行しました。その地域には、昔ながらの生活を守り続けている方々のコミュニティが点在しており、予防接種率がきわめて低かったからです。麻疹は、予防接種率が低い人々を狙い撃ちにしたのです。その流行は、10000人以上へのワクチンの実施や患者の隔離により、ようやく収束しました(※4)。

麻疹の流行を抑えるには、場合によっては95%以上の予防接種率が必要とする報告もあるほどで(※5)、少し接種率が下がるだけで流行が起こる可能性が上がってきます。

(※4)Am J Epidemiol 2018; 187:2002-10.(日本語訳)

(※5)J R Soc Interface 2010; 7:1537-44.(日本語訳)

実際、日本でも麻疹はいまだに一部の地域で流行がときおり起こっています。

2019年にも、接種率が下がった大阪市や三重県で集団発生しています(※6、7)。

(※6)大阪市ホームページ(2020年5月3日アクセス)

(※7)IDWR 2019年第19号<注目すべき感染症>麻しん 2019年第1〜19週(2020年5月3日アクセス)

麻疹は、実はきわめて恐ろしい病気です。

感染したお子さんの3割で中耳炎、肺炎、脳炎などの合併症をおこし、そのうち脳炎は0.05%~0.1%発生して大きな死亡原因になります。さらに麻疹が治ったと思っても2~10年後に、SSPEという神経の破壊を起こす病気にかかる可能性もでてきます。これらに対し、特効薬はありません(※8)。

(※8)星野 直. ICUとCCU 2017; 41:387-93.

麻疹だけではありません。現在子どもたちに使用されているワクチンは、『特別な治療法が少なく(もしくはなく)』『過去多くの子ども達の健康を脅かした』感染症ばかりです。

そう、現在の新型コロナと同じなのです。

以前友人がTwitterで、昔の医学書の紹介をされていました。

戦前の小児感染症についての本で、日本において1年間に麻疹(はしか)で1万人、百日咳で1万人、ジフテリアでも3000人以上が亡くなっていたのだそうです。今以上に感染症の恐ろしさを感じていたに違いありません。

新型コロナが流行すると他の感染症に対するリスクが大きくなる理由は、他にもあります

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みなさんは、ボーダーの格好をしたのっぽの青年を、たくさんの人から探しだす絵本をご存知ですよね。

あの青年、たぶん周囲にだれもいなければ簡単に見つかります。しかし、似たような格好をしたひとがたくさんいるなかに紛れ込むと、とたんに見つけることが難しくなります。

たとえば、新型コロナの流行が大きくなっているときに麻疹にかかったらどうなるでしょう?

普段なら簡単に見つかる麻疹が、見つけにくくなる可能性がでてくるのです。

イタリアやスペインでは、感染が拡大するにつれて医療崩壊が起こり、新型コロナにおける死亡率が高くなりました。

実は、その医療崩壊をきたしたイタリアやスペインの医師数は日本よりも多いのです。

2017年における人口1000人あたりの医師数は、イタリアで4.0人、スペインで3.9人に対し、日本では2.4人に過ぎません(※9)。

(※9)医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-

日本での医療崩壊は、より簡単に起こりうるかもしれないのです。

そして医療崩壊が起きた場合、『普段どおりの医療』を受けられなくなる可能性は高くなることを意味します。

そうなる前に、過去、新型コロナとおなじように恐れられた感染症に対する武器、すなわち予防接種を受けておくことはとても重要です。

お近くの小児科医に、ご相談ください

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新型コロナに対して皆さんが頑張られたことで、結果として今シーズンのインフルエンザも抑えられたのではないかと推察されるような報告もみられるようになりました(※10)。

(※10)Sakamoto H, et al. Jama 2020.[Epub ahead of print](日本語訳)

感染症の流行がかなり抑えられているといえるでしょう。

そのため、今のところお近くの小児科は、それほど混み合っていない可能性があります。

もちろん、いわゆるクラスターを作らないようにすることは大事です。事前に連絡をすれば、多くの場合は感染症のリスクのある方と分離していただけると思います(受診時間を分けている場合が多いようです)。

ご心配なお気持ちは、とても良くわかります。

でも、予防接種の時期は推奨通り受けていただき、新型コロナ以外の感染症の心配をより減らしていただければ嬉しく思います。

医学博士。大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。大学講師。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療研究センターアレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5600人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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