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新幹線オフィス車両に乗ってみた!【乗車体験記】

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

11月22日から東北・上越・北陸の各新幹線でスタートした「新幹線オフィス車両」ですが、新潟県上越市と東京を北陸新幹線で往復する生活を送っている筆者は、ちょうど良い機会だからと2度ほど利用してみました。

新幹線オフィス車両登場の背景

こういう車両が登場した背景はもちろんコロナ禍による需要の落ち込みです。

それも、ドル箱であった出張需要の激減。

出張のお客様というのは平日の需要が主で、仕事の都合で急遽の予定変更にも対応できるようにいわゆる「ノーマルチケット」を購入される傾向があります。

これに対して、観光のお客様というのは需要が一時期に集中すること、そしてかなり以前から予約を確定されるために、旅程変更が難しく割引率の高いチケットや旅行商品を購入される傾向があります。

鉄道会社としては、一時期に集中する割引需要よりも、平均的に利用が分散される正規販売金額のお客様の方が経営的にはありがたいですから、どうしても出張需要の回復を狙いたいところですが、10月の制限解除以降顕著に伸びているのは観光需要であって、利益率の高い出張需要はなかなか伸び悩んでいるのが実情です。

そして、その出張需要というものがリモート会議などの充実で、果たして以前のように回復するのだろうか? 

いや、もしかしたら以前の水準にまで回復することは難しいのではないか。このような話がささやかれているのですから、何らかの形で出張需要を喚起しなければならないところに来ています。

では、どうするか。

それがこの新幹線オフィス車両の導入です。

「新幹線の中でゆったりと仕事ができる空間を作りましたので、皆さん、ぜひご利用ください。」

こう呼びかけることで、少しでも出張の需要を喚起したい。あるいは、航空機などから新幹線へシフトしてもらいたい。こういう狙いがあるのです。

どういうサービスなのか

この新幹線オフィス車両は閑散時期の平日に東北・上越・北陸新幹線の8号車を1両オフィス車両として開放して、その列車にご乗車のお客様にフリースペースとしてご自由に利用していただくというもので、自分がどの号車に乗車していても、8号車へ移動すれば、乗り合わせた隣のお客様に迷惑がられることなくパソコンを使用して仕事や、あるいはZoomで会議にも参加できますよ、というものです。

あくまでもビジネスマンのお仕事スペースですから、小さな子供連れのお客様が子供をあやすために利用するなどということはできないようですが、それでも混雑する自由席車両を避けて、どう見てもビジネス需要とは思えないような方が乗車駅からいきなり乗り込んで来て、スマホをいじっているだけという場面も見受けられますし、私などもパソコンを開いて仕事を始めたとたんに睡魔に襲われて数十分間の爆睡モードに入りましたが、それでも車掌さんがやって来て、「お客様、こちらはお仕事のスペースですから。」と注意を受けることもありませんでしたし、「乗車券、特急券を拝見」もありませんでしたから、なかなかゆるい運用になっているようです。

かつて列車に存在した共用スペース

昭和の国鉄時代から歴史を振り返ってみると、列車の利用者に向けた共用スペースの代表選手としては食堂車が挙げられます。

昭和の時代の特急列車には、そのほとんどに食堂車が連結されていて旅の楽しみとしてにぎわっていましたが、この食堂車は昨今の観光列車に見られる予約制のお食事コースとは違い、その列車の座席を持っているお客様が自由に利用できるものでした。

例えば東京から仙台へ約4時間かかって走っていた「ひばり号」で、お客様が途中で「おなかが減ったな」と思ったら、食堂車へ移動してメニューから好きなものを選んで食事をして、済んだらまた元の自分の座席へ戻るというスタイルで、頃合いを見計らって、「食堂車の準備ができました。」「ただいま食堂車には空席がございます。」などと車内アナウンスが流れたものでした。

また、寝台特急ブルートレインでは廃止された食堂車のスペースを利用して、ラウンジカーやロビーカーとして誰でも利用できるスペースが編成中にありましたし、今でも、例えば観光列車「SLやまぐち号」のグリーン車の一部には共用スペースが設けられていて、グリーン車のお客様であれば自由に利用できるなど、鉄道の歴史の中では共用スペースというのは以前から存在していたものなのです。

新幹線オフィス車両の現状

まだ始まってひと月も経ちませんから知名度はいま一つのようで、私が乗車した2回の北陸新幹線では、前後の車両はかなり埋まってきているにもかかわらず、8号車はほぼガラガラの状態でした。

下り金沢行「はくたか」9号車の利用状況。窓側はほぼ埋まり、通路側も埋まってきています。(えきねっとから)
下り金沢行「はくたか」9号車の利用状況。窓側はほぼ埋まり、通路側も埋まってきています。(えきねっとから)

編成を見ると8号車はもともと発売対象になっていないことがわかります。(えきねっとから)
編成を見ると8号車はもともと発売対象になっていないことがわかります。(えきねっとから)

その8号車「新幹線オフィス車両」の車内です。隣が混みあっているのに、この車両はガラガラです。
その8号車「新幹線オフィス車両」の車内です。隣が混みあっているのに、この車両はガラガラです。

それでも、旅慣れたビジネスマンの皆様方は最初から8号車に乗り込んで来て打ち合わせをしながらパソコンを開いたり、リモート会合をしたり、あるいは熱心に資料作りをされているような光景を目にしています。

もっとも、8号車では座席などの内装そのものはまったく手が付けられていませんし、車内Wi-Fiも通信量が増えると速度が遅くなったり、Zoomで会議中に突然切れたりすることもあるようですから、自分でテザリングする必要性もあるようで、オフィスとしての環境としてはそれほど優れているものではありません。

これは、あくまでも閑散時期に空いている空間を利用していただくものですから、週末や年末年始の繁忙期などでは8号車はそのまま指定席車として使用するため、座席配置の変更などはできないのですが、それでも、隔離された静かな空間でパソコンやスマホを使って仕事ができるのは、なかなか粋な計らいだと筆者は考えます。

今後どうなるか

コロナ禍で新幹線がガラガラになったこと。

回復の鈍い出張需要を何とか喚起したいこと。

これが新幹線オフィス車両の発想の原点ですから、コロナ禍からの需要が回復し、かつてのように「黙っていても満席になる」ようになれば、おそらくこの共用スペースとしてのオフィス車両の役割は終了し、別の形に進化していくかもしれません。また、コロナ禍からの回復が思うようにいかなければ、鉄道会社はおそらく編成を組み替えて短編成化に向かうでしょう。

この新幹線オフィス車両は、需要に合わせて小まめに編成を組み替えることができない固定編成の新幹線ならではのものですから、かつての例を見てみると、食堂車や寝台列車のロビーカーがそうだったように、利用者が低迷すれば編成からその部分を除いていくというストーリーが見えています。

だとすると、誰でも利用できる共用スペースとして大手を振ってパソコンを広げ、スマホを使えるこの新幹線オフィス車両というものは、今のうちに利用しておく価値があると筆者は考えます。

年末に向かって混雑し始めた新幹線。
年末に向かって混雑し始めた新幹線。

但し、この車両はあくまでもオフィス車両ですから、需要が混みあう週末や閑散期は設定されていませんし、グループ利用などで談話室代わりに使用することなどはできませんのでご注意ください。

オフィス車両としての支援グッズやサービスなども登場してきているようですので、ソフト面で充実して利用者が増えることを期待しています。

会議の資料作成が間に合わなくても、とりあえず列車に乗ってしまえば何とかなる。

これなら航空機に対抗できるかもしれませんね。

どうやって使うかは、ご利用になる皆様方次第ということです。

ご利用方法などの詳細は鉄道会社のホームページにてご確認ください。

https://www.jreast.co.jp/shinkansen-office/

※本記事はJR東日本の東北・上越・北陸新幹線(一部JR西日本)のサービスについて記したものです。東海道新幹線など、その他の新幹線のサービスとは一致しておりません。

本文中に使用した写真は筆者が撮影したもの、シートマップ等はえきねっとからのものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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